第39話 水都騒乱 同期生
後輩の申し出に僕は頷く。
「ありがとう。あ、別に君達が中でもいいよ? 今なら武功を挙げ放題だ」
「…………あえて、あえて、聞きます」
「うん」
テトが目を細めた。猜疑の色。
眼下では、イェンが張り切り突撃を繰り返し、騎士達を攪乱している。数ヶ月会わない内に強くなったみたいだ。
流石は、西方ルブフェーラ公爵家幕下でも『激戦場、死戦場であればある程、奮い立つ』と謳われた武門チェッカー伯爵家の三男坊。順調に育っているようで何より。
テトが口を開く。
「今回の相手は何ですか?」
「えーっと……『蘇生』の乱造品を使ってくる暗殺者、ララノアの魔工技術を流用している魔導兵、人為的に召喚された双翼の悪魔。この流れからして、次に出て来るのは」
「もういいです! ……先輩」
「よし! それじゃ、テト。聖堂内へ行ってイェンと悪魔を倒してきておくれ。『悪魔殺し』なんて、中々挑戦する機会もないよ?」
「い・や・で・すっ! こ、こんな話、イェンに聞かれたら……私には、故郷へ帰って、小さいけれど、私だけの魔道具屋のお店を持つっていう、野望があるんです! あ、悪魔……悪魔って……無茶言わないでくださいっ。私は一般人なんですっ!?」
「大丈夫! 君達なら出来るさ」
「……先輩の意地悪! 薄情者っ!! 後輩を虐めるのは大罪なんですよっ!!!」
「褒められると照れるなぁ」
「ほ・め・て、いませんっ!!!! いいですか? 大体ですね、何処かへ行く度、事件に巻き込まれるのは」
「――……テト?」
「!?!!!!」
静かな声。
僕の前で両手を握りしめ、文句を言っていた後輩の少女は、錆びついた機械のように、ゆっくりともう一人の先輩である紅髪の少女へ視線を向けた。
リディヤが詰問。
「元気そうだけれど、こいつに挨拶をして私へ挨拶がないのは――もしかして、わざとかしら?」
テトの小さな身体が、ピン! と伸びた。
身体を震わせながら、頭を深々と下げる。
「いいい、いえっ!!! リリリリ、リディヤ先輩、お、お久しぶりです。ほほ、本日は御日柄も良く」
「良くないわね。テト」
「は、はいっ!」
「とっとと、あの連中を畳むか聖堂内の連中を粉砕するか、決めなさい」
後輩少女は、リディヤへ敬礼。
宣言する。
「外側は任せてください! けちょんけちょんにしておきますっ!!」
「本当に?」
「ほ、本当です」
「出来なかったら、そうね――……うふ★」
「な、何ですか? な、何をされるんですかっ!? また、リディヤ先輩対私達四人で模擬戦ですかっ!?!! わ、私は、ま、まだ、まだ、死ぬわけにはっっ!!!」
「大丈夫よ。……そうね、少し可愛い恰好をして、イェンと一緒に王宮で踊って」
「!?!! わわわ、私とイェンは、そそそそんな関係じゃ、なくて、ですね……うぅぅぅぅ……」
「はいはい」
頬を染め、その場で羞恥に悶える後輩の少女。それを見て、満足気なリディヤ。
僕は肩を竦め呆気に取られている教え子達へ目配せ。『研究室の日常なので気にしないように』。
右肩のアンコさんが反応した。そろそろ、来るか。
リディヤと視線が合う。
「外はテト達に。二人じゃ少しキツイけど」
「三人なら問題ない」
二人でテトを見やる。
後輩は俯き、うじうじ。
「……ええ、そうですよね。分かってました。私は何時だって貧乏籤なんです。こういう時に限って、あの子もいないし……」
「先生!」「兄様、姉様、戦列が!」
僕達の会話にティナとリィネが割り込んできた。
眼下、混乱を回復させ戦列を立て直した聖霊騎士団。練度が高い。
それに対峙するのは、僕とリディヤの大学校の後輩である。イェン・チェッカー。流石に一人では無理だ。
僕は後輩の少女へ告げる。
「それじゃ、僕等は突入するね。あまり無茶は」
「先輩達じゃないから、しませんっ! ――お気をつけて!!」
「ありがとう。リディヤ、カレン、ティナ、リィネ!」
「とっとと、行くわよ」『はいっ!』
「テト、任せるよ!」
瞬間、アンコさんが一鳴き。
視界は闇に包まれた。
※※※
「テト、任せるよ!」
応える間もなく、眼前で先輩達の姿がアンコさんの『闇』に飲まれ、掻き消えました。
……まったく、相変わらず先輩は酷い人です。
可愛い後輩と久しぶりの再会なのに、いきなり騎士達――しかも、悪名高き聖霊騎士達の相手をさせるなんて!
まったくもうっ! もうったらっ、もうっ!!
でも――……『任せるよ!』。
お気に入りの帽子を深く被りなおし、杖を強く握りしめ。懐から十数枚の呪符を取り出し、騎士達へ放り投げます。
同時に、尖塔を飛び降り――飛翔魔法を発動。
騎士達がざわつき、罵詈雑言を浴びせてくる。
「! な、何だっ!?」「黒い……翼!?」「翼を持つ者……? まさかっ!」「撃て、撃ち殺せっ!!」「油断するなよっ! 少女の姿をしていても、人にあらずっ!!」「血河の向こうへ去れ、魔族めっ!!」
「……ひっどいなぁ」
思わず愚痴が零れる。
私は魔族じゃないし、きちんと王国の戸籍も持ってるのに。
――昔の私なら、この時点で泣いてしまっていたでしょうね。
でも、今の私は違う!
呪符に込めておいた魔法を発動。
『!』「油かっ!」
騎士達の上空で次々と破裂し、薬剤が撒き散らされる。戦列後方の隊長格らしき大男が呻いた。
私は杖の先端に炎属性上級魔法『灼熱大火球』を四連発動。
戦列目掛け、投射。
騎士達は一斉に耐炎防御魔法を発動する。
――次の瞬間。
『!?!!』
大火球が変化し、大水球へ。
――別属性への欺瞞。先輩に習った技術。
防御魔法は間に合わず、上空で炸裂。
先程、撒き散らした薬剤と反応。戦列内で炸裂し武器や防具、騎士達を吹き飛ばす。
う~ん……もう少し、威力が出てほしいかも?
イェンの隣に降り立つと、呆れた口調で注意される。
「…………テト、やり過ぎだろう」
「そうかな?」
基本的に重装備の魔法騎士はこの程度では死なないし、まして、相手は聖霊騎士。
手加減した上級魔法数発じゃ足止めが精々だと思う。
杖を振り、魔法を紡ぎ、とっておきの呪符を取り出し準備。
馬上槍を構え、再突撃の態勢を取った私の同期生が聞いてくる。
「アレン様には何と言われたんだ?」
「あ、バレてたんだ」
「当然だ。主君の位置、分からずして、何が騎士か!」
「普段は常にまかれてるけどねー」
「それも当然だ。何しろ、あの御方は、何れ王国の、いや、大陸全土に名を轟かせる英雄になられるのだからな。俺如きでは――テト、待て。今のは違う、違うのだ。俺は卑下したわけではない」
「え~? あと、様付けとか主君呼びとかも先輩に駄目って言われてるよね? これを教えたら……ふふ♪」
「テ、テト……内緒にしておいてくれ……」
途端に狼狽する騎士の少年。こういう時は年相応で可愛い。
もっと、からかいたくなくなるけど――私達は警戒を強める。
戦列が割れ、現れたのは奇妙な人型の存在。
巨人族よりもやや背が低い程度の背丈、兜を被り、重厚な鎧と巨大な楯と剣。数は十体前後。
……先輩が言っていた魔導兵、ですか。
隊長格が叫んできます。
「貴様等が何者かは知らぬ! だが――我等の邪魔をする、それ即ち、聖霊の邪魔をすることと同じ!! しかも、魔族ならば言うまでもなしっ!!!」
「……何だと?」「イェン」
激高しかけた優しい私の騎士様を押さえ、私は笑みを隊長格へ向けます。
「私は魔族じゃないですよ? というか、自分達のすることなすこと、全部、正しい、と思えるなんて……思考がお花畑で羨ましいです。貴方達は血河の会戦で、人類を滅亡の淵に追い込んでおいてなお、そういう思考が出来るんですね?」
「なっ! き、き、貴様っ!! 我等を、聖霊教を愚弄するかっ!!!」
「王国西方、魔王領と接している地では一般教養です――東方では違ったみたいですけどね?」
「……返す言葉もねーっす」
突如、私達と戦列との間に『闇』が出現。
その中から沈んだ声がし、直後、閃光。
魔導兵の大楯に直撃し、紫電を散らし後退を強いました。
イェンが勝ち誇り鼻を鳴らします。
「ふんっ! 貴様が一番最後だぞっ!!」
「こういうのは後から来る方が強いんすよ? これだから、常時突撃バカは」
出てきたのは魔法士姿の少年でした。手には斧槍を持っています。
髪は薄金髪で前髪だけ淡い紫。イェンよりも背が高いです。
この人は私とイェンの同期生。王国四大公爵の一角にして、王国を混乱に陥れたオルグレン公爵家の四男坊――ギル・オルグレンです。
斧槍をくるりと回し、私へ目配せ。
「テト、久しぶりっすね。俺だけ先発したっす。で――二人の結婚式は何時になったんすか?」
「ギル! わ、私とイェンはそういう関係じゃないって、何度言えばいいのっ!」
「へーへー。……同情はしねーっすよ?」
「……無論だ。俺は、俺は、必ずやっ!」
「……終わったら、愚痴くらいは聞くっす」
「……俺も貴様の愚痴くらいは聞いてやる」
男の子同士で頷き合い、通じ合っています。
この二人、仲が良いのか悪いのか分かりません。
――だけど。
私は杖を構え、馬上槍を握りしめ、ギルは斧槍を回し、それぞれ、魔法を紡いでいます。
「イェン、ギル――先輩からの伝言です。『任せるよ』です!」
「「っ! ――了解!!」」
二人は息を飲み、直後、ニヤリ、と大きく笑いました。
きっと、私も同じ顔。魔力が活性化するのを実感します。
魔導兵、そして、数百の騎士達が向かってきます。
私は帽子を再度深く被りなおし杖を向け、宣言しました。
「悪いですけど――うちの研究室で一番偉い人の御命令なんです。貴方達を聖堂内には行かせませんっ! ここでけちょんけちょんにしますっ!!」
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