第45話 水都騒乱 災厄殺し 中

「さて――まずは自己紹介を致しましょうか」


 そう言うと、そのメイドはスカートの両裾を少し持ち頭を軽く下げた。

 戦場にそぐわない笑顔。

 私をまず見た後、殉教者達を見渡す。


「私、王国リンスター公爵家がメイド長を務めております、アンナと申します。皆様におかれましては、そのような粗雑極まる『蘇生』の魔法式を発動されている以上、最早、助からぬ身とは存じますが、お見知りおきくださいませ。それにしても、そのような魔法式を埋め込まれるなど……お可哀想なこと……」

『っ!!!』

「……動揺するな。魔法式が未完成であることは先刻承知の筈。だからこそ――その身を捧げることに意味がある」


 騎士達が激高しかけたのを押さえる。

 隊長格が同調。


「その通りだ。……ヴィオラ様」

「戦列を整えよ」

「はっ!」


 騎士達が乱れた戦列を整えていく。その数五列。未だ、戦意は挫けていない。

 それにしても……このメイド、何者だ?

 ここまでの『盤面』は、全て我が主の読み通りとなっている。

 侯国連合の強硬派達を焚き付け、わざわざリンスターとの講和がまとまりそうなその時に無理な内乱を起こさせ、混乱に乗じ古き聖堂下の『水竜』の骨を奪取。今まで、検証を重ねてきた各種技術を用い、人為的な『竜』の起動にも成功した。

 特にニッティ程度の『血』で起動実験が成功したことは快挙だ。我が主はさぞ、お喜びになられるだろう。

 同時に……仕方ないこととはいえ、多くの犠牲を出したことをあの御方はお嘆きにもなるだろうが。

 

 しかし、ここまでくれば――我等の戦略的勝利は揺るぎようがない。


 骨竜は無理な魔法式で動かしている以上、何れは力尽きるだろうが、ニコロ・ニッティと名も知らぬ少女の命を犠牲に出来ないあの『鍵』は手加減せざるを得ない。

 骨竜が水都中枢を破壊することが出来れば……王国、特にあの恐るべき蛮族共、リンスターを長期に渡って拘束出来る。あの馬鹿な北部の侯爵達や、統領代行も少しは抵抗するだろう。

 

 時間は我等の味方なのだ。

 

 王国が、此度の動乱の後処理に手間取れば、手間取る程……我等の悲願成就に、ひいては、我が主が希求されている


『無駄な争いなき、弱き者が死なずに済む世界』


 へと近づいていく。

 そう――あの御方は、聖女様は仰っている。

 『奇跡』をこの目で見た私達、真の信仰者達からすれば、それだけで信ずるに足る。だが――メイドは小首を傾げた

  

「ん~私、貴女方とはよくよく殺し合ってきましたけれど……魔王戦争時代でもここまでの非道、致してはいないと思いますが? 使えば確実に死ぬ粗雑な魔法式に、身を人外へ落とす変換式。そして、悪魔を用いた人為的な竜の遺骸の起動方法。しかも、年端のゆかぬ少年の心に付け込んで……恐ろしいことをなさいますね。大方、我がリンスター家の足止めが大目標の一つと存じますが、やり過ぎでございます。『悪いことをすると、竜がやって来る』という古よりの言い伝え、最早、死語であることは私も承知しておりますが、あの無様を極めた血河決戦においてでさえ、貴女方の先達はただただ純粋に信じておられただけだったのですよ? 『聖霊がそれを望んでいる』と。まぁ結果は知っての通り、犬死に……前々から思っていたのですが、これはお犬さんに失礼ですね。無価値な死が量産されただけとなりましたが。尻ぬぐいをしたのは、リンスター公爵家とハワード公爵家。そして――あの誰よりも勇ましく、優しく……だからこそ、遣い潰されてしまわれた『流星』様でございました。話が逸れました。ヴィオラ様? で合っていますでしょうか? 不躾ながら御忠告申します。貴女様がお仕えしている主は――本当に、人間でございますか? 一度、血の色を確認した方がよろしいかと」

「貴様っ!」

「…………その者を滅せよ」

『諾!!!』


 騎士達が戦意を漲らせ、騎士剣、長槍を大楯を構えながら突き出す。

 私は怒りで震える右手で首下の聖印を握りしめ、心を落ち着かせる。

 メイドは首を振った。


「……残念でございます。結局、貴女方とは殺し合う運命なのでございますね。私、か弱い乙女なので、このように多くの殿方に求められても手加減は出来かねるのですが」

「一斉射撃用意!」

『諾っ!!!!』


 騎士達が魔法を展開。

 ――メイドがほんの少しだけ左手の指を動かした。


『!?!!!』


 戦列の騎士剣、長槍、大楯が両断。

 更に最前列の騎士達が分厚い騎士鎧を叩き切られ、出血。

 『蘇生』の魔法式が蠢き、傷を埋めていくも、動揺が広がる。

 ……先程、と同じか。


「続けて参ります★」


 悲鳴が大量生産される。今度は、二列目までの大楯が切断。

 だが、騎士達は退かず。隊長が吠える。次々と傷が癒え、攻撃魔法を発動。


「我等は既に殉教者なりっ!!! 異端者には屈せずっ!!!」

『我等、既に殉教者なりっ!!! 異端者には屈せずっ!!!』

「う~ん……数百年、捻りも何もないのは、良く言えば伝統でございますが、悪く言いますと――『いい加減、新しいことを考えろよ、バカか?』でございますね★」

『っ!!!!!!!』


 憤怒と共にメイドへ叩きつけられる百を超す攻撃魔法は、一発も女に届かぬまま切断。次々と消失していく。

 私は一つの魔法を紡ぐ。

 隊長が命令を変更。


「縛鎖用意!」

『諾っっ!!!!』


 騎士剣と長槍をから、やはり百を超す各属性の『鎖』が放たれる。

 聖霊教徒が得意とする代表的な魔法だ。


「申し訳ありませんがそれも見飽きております」


 鎖の一つ一つがバラバラにされ、虚空へ消えていく。 

 ――だが、見えた!

 私は命令を発する。


「土属性魔法――粘着性の泥を使え。さすれば、奴の攻撃を封じられる」

「おやおや?」

『諾っっっ!!!!!』


 次々とメイドへ向かって、粘着性の泥が放たれる。

 メイドは、初めて後退。迫る泥が切断されていくも


『!!!!!』

「やはり、な」


 私は紡いでいた魔法、光属性魔法の『光域重結界こういきじゅうけっかい』を発動。

 泥で重くなり、空中に縦横走っていた『絃』を捕捉する。

 メイドが重たそうに両手を挙げ、拍手。


「中々の目をお持ちのようでございますね」

「……貴様が何者なのかは知らぬ。だが、我等の信仰を、我が主を愚弄したこと、万死に値するっ!!! 今、ここで死ねっ!!!!」

「ん~残念ながら、私はリンスター家のメイド長。そして、メイドは主の許可なくば死ねないのでございます。ですので、謹んで御断りいたします」

「では、死ね!」


 騎士達が一斉に魔法を発動。

 メイドは依然として微笑んだまま。

 

 ――閃光、そして爆音。

 

 凄まじいまでの悪寒。全力で魔法障壁を展開しながら、後方へ跳躍。

 頬を何かが掠め鮮血が噴き出し、フードが切り裂かれる。

 顔を上げると、五列目までの騎士達が血塗れになり、膝をついていく。

 私の前にいた隊長も、剣を地面に突き刺し、荒い息を吐いている。

 騎士の一人が呻く。


「何故だ? どうして、あの状態から、反撃出来る? 『絃』は封じた筈だっ!」

「私、『絃』使いとは名乗ったことはございません。な・ぜ・か、皆様、そう思い込まれるのでございます。不思議でございますね♪」

「! 貴様……貴様、まさか、わざと!」

「さぁ? どうでしょうか?」


 くすくす、と嗤うメイド。

 そのメイド服には、傷どころか、泥すらついていない。

 既に殉教の覚悟を決めた筈の騎士達は、傷を再生しながら立ち上がるも、明らかに戦意が衰えている。

 メイドの視線が私を捉えた。

 

 ――再度、凄まじい悪寒。


 騎士達へ光魔法の障壁を張りつつ、主より授かった転移魔法の呪符を用い、近くの塔の上へ跳躍。

 隣にそびえ立つ複数の塔から土煙。そして


「……化け物め」


 塔は半ばから切断。

 騎士達は……今の一撃で、半数以上が再生するまでもなく即死したか。

 隊長から、風魔法で通信が入る。


『ヴィオラ様、我等はここまでです。後は計画通りに!』

「……先に逝って待っていろ。私も何れ行く」 

『はっ!』


 通信が途切れた。

 騎士達はメイドへ立ち向かわず


『!!!! ……貴方方の主は、何を、何を考えているのです? こ、このようなこと!』


 メイドが今日初めて、狼狽する声。

 ――生き残った騎士達はその場で自らの胸を抉り、骨竜へ向かって心臓を捧げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る