第46話 水都騒乱 災厄殺し 下

「!!!! ……貴方方の主は、何を、何を考えているのです? こ、このようなこと!」


 私達の後方で、アンナさんの狼狽する叫び声が聞こえました。

 ……天下のリンスター公爵家メイド長にして、万戦錬磨。リディヤ先輩と先輩が全幅の信頼を置かれているメイドさんが、狼狽? しかも、この嫌な複数の魔力は……。

 とてもとても気になります。しかし、現状では見ている場合じゃありません。

 眼前では骨竜をリリーさんとロミーさん。そして、次々、滴り落ちる血と灰から生み出て来る小さな骨竜をイェンとギルが押さえ、私の少し前に立ったリィネさんが炎魔法で援護中。

 先輩達はまだ障壁の中です。

 戦況はほぼ互角ですが……敵は削っても削っても再生してきます。リリーさんとロミーさんの攻撃力はとんでもない水準ですが……足りません! 

 死んでる竜でこれなら、生きてる竜はどれ程の……骨竜が大咆哮。


『オオオオオ!!!!! 我ガ同胞タチヨ!!!!! 汝ラノ献身、ウケトッタリィィィィィィィ!!!!!!!』

「「「「!!!!」」」」


 骨竜の身体全体から血と灰の触手が生まれ、四人に後退を強います。

 二人のメイドさんは、右へ。私の同期生達は左へ。

 リィネさんの炎魔法、私の呪符も強大な魔法障壁によって阻まれ届かず。

 しかも


「……自分の、生み出した眷属を喰っている?」


 触手は骨竜を守護していた、小骨竜にも襲い掛かり、捕獲。吸収していきます。更に、触手は私達を回り込み後方へ。

 アンナさんの注意喚起が飛んできました。


「皆様! 全力にて防御を!! ここは私が」

「させぬっ!!!」

「!?」


 目線を向けると、灰色ローブを着ている魔法士がメイド長さんへ、無数の魔法矢を放ち妨害します。

 しかも、前方展開だけでなく周囲を包囲するように、です。

 歴戦の魔法士ならばあり得ないことではありませんが……ここまで大規模なものは中々見たことがりません。

 勿論、アンナさんにそのようなものが通じる筈もなく、魔法矢は届くこともなく切断、貫通――落とされていきます。

 ですが、相手の魔法士の目的はメイド長さんの時間を奪うこと。

 その後方では――騎士達が自分達の心臓を掲げ、それを触手が喰らおうとしています。


「っ! ど、どういう悪趣味ですかっ!?」


 私は呪符を握り放とうとし


「テト!!!!」


 イェンが私の名前を呼びました。

 触手に一瞬、気を取られていた私を狙い骨竜が大顎を開け、禍々しい毒の息吹を放ってきました。

 リィネさんは剣を振り下ろし『火焔鳥』を発動。


「私は、私はっ! 絶対にっ! 負けませんっ!!」


 更に遅れて左手で小さな刃――暗器を引き抜き、やや小ぶりの『火焔鳥』を放ち増した。

 息吹と二羽の炎鳥が拮抗。

 以前、先輩達と一緒に解決した、腐鬼の事件でも感じた腐った肉が焼ける、気持ち悪い臭気が立ち込め、煙が視界を奪っていきます。

 手で視界を覆いながら、観察します。触手は何を……。

 そんな私を守るように、騎士が目の前に立ちました。


「……イェン、過保護だと思います」

「主に似たのだ。許せ」

「……別に、いい、ですけど」

「御二人共! 戦闘中です!!」「そうすっよっ! それが許されんのは、アレン先輩とリディヤ先輩だけっすっ!! ……けっ! いちゃつく彼氏彼女なんて、グリフォンに頭を噛まれるべきなんす」

「「…………」」


 リィネさんとギルから的確な突っ込みが飛んできました。

 イェンと顔を見合わせます。うぅぅぅ……。

 息吹を食い止めみんなが私の前に再度、集まってきます。

 後方をちらり。

 既に騎士達の身体は何処にもありません。喰われたのか……それとも灰となったのか。

 超高速で崩れた塔の周辺を飛び交い、激しく戦闘をしているのは、アンナさんとあの魔法士でしょう。

 眼前では煙。

 ですが――そこに隠れている骨竜の魔力が、更に上がっていきます。


 こ、こんな、こんな魔力……身体が震え、立っていられません。

 そんな私を、私の騎士様は抱きかかえてくれます。


「――大丈夫か?」

「う、うん」

「……テト、イェン、あと、リィネの嬢ちゃん。ここはもう退いていい局面すよ? 俺は、ほら、兄貴達がやらかしたんで、ここで先輩達に恩を売っておかないと御先真っ暗なんで残るっすけど。――あれは洒落にならない」


 ギルが口調とは裏腹に真面目な提案をしてきました。

 確かに、この魔力……私達では……。

 でも、でも!


『テト、任せるよ』


 ――私はイェンから離れ、息を深く吸い吐きます。

 長杖を構え、皆さんへ目線。


「先輩達が戻って来るまでは私達の御仕事です。もう少し頑張りましょう!」

「無論だ」「……仕方ないっすねぇ」「テト様は~アレン様に似てますねぇ♪」


 イェンとギル、それにリリーさんが同意。

 ロミーさんとリィネさんは、軽く頷き、得物を構えた。

 副メイド長さんが眼鏡のつるを弄り、朗らかに宣告。


「皆々様、御悦びください。竜と悪魔はこの世における最強種。ですが、遭遇することは極めて稀。戦いたくても戦えない相手と言えましょう。ですが――」


 大金槌の石突が地面に突き刺さり、震えます。

 土煙が少し晴れ、肉を纏った巨大な脚が見えました。


「今、私達の眼前にはその『竜』がおります。ここで、あれを倒せば」

「『災厄殺し』。大陸中に名を轟かす新たな英雄となる」


 リィネさんが剣と暗器を構え、炎と氷と雷の障壁に覆われている先輩達を見ます。

 ――私達では無理でも、先輩なら……本物の天才魔法士たる『剣姫の頭脳』なら、必ず、倒せる筈です。


『ハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!! ワレ、ゼッタイムテキノチカラヲエタリィィィィィィィ!!!!!!!!!!』

『っ!!!!』


 水都全体に届くかのような哄笑。

 それだけで、煙が一気に晴れる程の衝撃破が通り抜けます。

 建物が壊れる音。アンコさんが住民達を退避させてくださっているので、人がいないことだけが救いです。

 後方の古き聖堂は既にボロボロ。幾つかの塔は崩れ落ち、見る陰もありません。

 巨大な前脚が地面を陥没させます。


 ――私達の前に、受肉した灰色の『竜』がその巨大な姿を現しました。


 唯一、頭部だけは変わらず。血で濁った水の中で、少年が膝を曲げ目を瞑っています。

 私達は陣形を再編。

 対して、竜の胸に浮かんだ男が嘲ります。


『バカメェェェェェェェ!!!!! イマサラ、キサマラテイドデドウコウデキルモノカァァァァァァ!!!!!!! マズハ貴様だ……死ネェェェェェェェェ!!!!!!!!』

『っ!?』


 竜の頬が大きく割け、奥の鋭い牙まで露わになります。

 その奥から、先程のそれとは次元が異なる息吹が放たれました。水の圧縮魔法式……しかも、狙いは私!?

 各人、全力で魔法を超高速発動。

 ロミーさんが分厚い石壁、リリーさんが炎障壁、ギルが雷障壁、私は数十枚の呪符で結界を張ります。

 

 が――石壁は切断され、炎壁も少し拮抗したものの貫通。雷壁が消失、結界も切り裂かれていきます。


 私の身体能力じゃ……躱せない。

 それに対して、イェンとリィネさんが超反応。

 息吹へ立ち塞がります。

 私は悲鳴。


「だ、駄目っ!!!!」


 悲鳴。思わず、目を瞑ってしまいます。

 

 ――けれど、その後、何も衝撃がやって来ません。あ、あれ?

 

 恐る恐る、目を開けます。

 すると、そこにいたのは――腰が抜け、ぺたんと地面に座ります。


「せ、せんぱいぃ……お、遅いんですよぉ……」


 イェンとリィネさんの前に立っていたのは、私の人生を変えてくれた大恩人にして、実質的な魔法の師――王国最高の大魔法士だと私は思っている、アレンさん。

 息吹は何処にも見えません。消失させたようです。

 普段と異なり、何故か可愛らしい紅の獣耳と尻尾。それに、髪の所々には鳥人のような蒼色の羽。

 

 ――……内在している、魔力の桁が見えません。


 私は、身体を震わします。

 それは恐怖ではなく歓喜。

 

 魔法制御において他の追随を許さない先輩に有り余る魔力。


 そんなの、そんなの……無敵じゃないですか!

 先輩が振り向きました。


「ごめん、少し手間取った。後は僕と」

「私がやるわ」「む! リディヤさん、ここで決着をつけてもいいんですよ! そうですよね? カレンさん!」「…………兄さん、かわいぃ、です……」


 炎・氷・雷障壁が消え、リディヤ先輩、ティナ・ハワード公女殿下、そして、ぽ~としているカレンさんが歩いてきます。みんな、とてもとても上機嫌です。

 先輩が、手を軽く降ろしました。 


『!?!!!!!』


 轟音と共に、灰竜が地に伏しました。

 四肢が雷魔法で拘束されています。……魔法式が暗号化されていて、分かりません。

 先輩が淡々と告げます。



「さ、終わりにしましょうか。……早くしないと、本物の『災厄』がやって来かねませんしね」

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