第47話 水都騒乱 名もなき大魔法

「グガガガガガガ。コ、コノテイドノ拘束デ、我等ガ信仰をオシトドメルコトガデキルトオモウナァァァァァァァ!!!!!!」


 灰竜が雷の拘束を外そうと藻掻く。それだけで地面が鳴動。

 しかし――拘束は外れず新たな小竜も生まれない。

 僕は右手を振り、灰竜を囲むように炎と氷の二重結界を発動。

 魔法式がまるで生きているかのように地面と空中を走り、精緻極まる結界が形成されていく。「綺麗……」魔女っ子な後輩が呟いた。

 僕はテトを立たせながら質問。


「魔力で把握はしているけれど」

「……はい。仲間を喰らいました」

「……そっか。テト」

「謝らないでください。私、嬉しかったんですから」


 後輩の少女が僕の謝罪を先んじて封じる。

 イェンに彼女をゆだねると同様に頷き、ギルは『そうなった、テトは譲らねぇっす! 先輩の勝ち目はねーっす!』ほぉ。

 リリーさんとロミーさんは警戒しつつ、親指を立ててきた。リンスターのメイドさんって……。

 頬を掻きつつ、リィネの頭に手を置く。


「あ、兄様?」

「それじゃ――テト、感謝を。ありがとう。もう、お尻の殻は外れたね?」

「は、はい! ……あ、でも、その……ま、まだまだ、未熟者なので、御指導御鞭撻、よろしくお願いしますね? 具体的には研究室へ来てください! 私がいる時に!!」

「……テトよ、そこは『私とイェン』と言ってほしいのだが」

「え? ……! あ、そ、そっか……そうだよね……ご、ごめん……」

「……いや、いいのだが」

「二人は仲良しだね。ギルも、研究室に復帰するなら、いっそコノハさんを連れてくるかい?」

「……アレン先輩、俺の胃に穴が開いてもいいと?」

「いいね。どうせ、偉くて怖い人達と、僕へ色々と押し付けようとしてたんだろ?」

「…………黙秘権を行使したいっす」


 テトとイェンの様子を半ば呆れた様子で見ていたギル・オルグレンは僕の指摘を受けて、露骨に目を泳がせた。そうか、君も首謀者の一人か。

 ……戦後が楽しみだなぁ。

 そんなことを思っていると、ティナが僕の腕を指で押しのけた。


「先生! い、何時まで、リィネの頭を撫でているんですかっ!! こ、ここは身長と魔力を繋いでいる現状を鑑みて、わ・た・し、を撫でるべきですっ!!!」

「そうかな? リィネは嫌」「じゃありませんっ! さ、兄様、もう一度お願いします」

「リィネ!!」

「……ティナ、今回の出来事はエリーとステラ様へ報告しますから!」

「!? な、わ、私は別にその……そ、そういうなら、リディヤさんとカレンさんだってっ!!」


 二人の公女殿下が普段通りにじゃれ合う。

 リディヤとカレンが僕の前へ進み、『真朱』と『深紫』を構える。

 腐れ縁が指示を飛ばす。


「ロミー、リリー、アンナを援護。絶対に殺さないこと。あの女には聞きたいことがあるわ。テト、イェン、ギル、それにリィネ、貴女達はここまでよ。下がって見学しておきなさい」

「はいぃ~」「はっ! お任せください!」

「リ、リディヤ先輩」「そ、それは」「流石にどうかと」「……姉様」


 メイドさん二人は即座に行動開始。未だ、激戦を繰り広げているアンナさんの援護へ向かう。

 残りの四名は不満気。

 対してリディヤはあっさりと言い放った。


「ま、私達でも同じようなものだけど。ね?」

『!?』

「……また、そうやって重圧をかけるなよ」


 僕は溜め息を吐き歩を進める。

 結界は既に組み終わり、灰竜だけでなく、古き聖堂までもが炎羽と氷華に包まれている。

 ――両手に微かに引かれる。

 そこにいたのは、長い薄蒼金髪で白服を着た少女と、輝く深紅の長髪をし極淡い赤服を着ている少女。白服少女の髪には鳥羽、赤服の少女は獣耳と尻尾がある。

 『氷鶴』と『炎麟』。二人とも所々、透けている。


『アレン』『終了。褒めて』

「ん。ありがとう。レナ、リア」

『名前、嬉しい』『レナよりリアの方が可愛い』

『! ……アレン?』

「大丈夫だよ、レナはとっても可愛い。こーら。そういうこと言わないの」

『……リディヤもそう思ってる』


 レナがリディヤを見ながら僕へ密告してきた。その紅の瞳には嗜虐。

 僕は振り返り腐れ縁を見やる。

 すると、小さく舌を出し目で告げて来る。『だって、そうでしょう?』

 続けてティナへ視線を向けると、前髪と身体を揺らしながら上の空。リィネはそんな首席な公女殿下へ鋭い眼光を飛ばしている。

 残るカレンは


「くっ……映像宝珠を、映像宝珠を持ってきていればっ! 獣人な兄さんと獣人の幼女なんて……! 私は何て愚かなことを……」


 お兄ちゃんはちょっと心配だよ?

 テト達は突然、現れたように見えるレナとリアを見て唖然としている。

 ……まぁ、見えていなかっただけで、ずっといたのだけれど。

 僕は胸に手を置き、呼びかける。


「アトラ、少しだけ出てこれるかい?」

「♪」


 僕の腕の中に獣耳と尻尾持ちの幼女が現れる。

 抱きかかえながら、灰竜と相対。

 何度も何度も、拘束を解こうとしているが……


『何故ダ? 何故ダ? 何故、外レヌ!? 我ハ、我等ハ絶対ノ、無敵ノ力ヲ得タハズ!!!!』

「世の中にある『絶対』とか『無敵』程、儚いものはないと思いますよ? まして」


 僕は左手を高く掲げる。

 三人の幼女が声を合わせて歌い始める。


「貴方達が手にしたその力は、この世の数ある力の中でも最低最悪……死者の命を弄び、少年少女の命を盾にするなんて、今時、外道だってそんなことやりはしない。いや、おそらくは僕がこういう風に思うことを知っていて、強制的に選択させる為にそうしたんでしょうけど、それにしたって限度ってものがある。人と人との争いには最低限度の『規則』が必要でしょう? だから、先程尋ねたんです。それすら守れない貴方方の主は……本当に人なのか? と」

『ッッッッッッッ!!!!!!!!!!』


 炎羽、氷華、紫電が周囲一帯を包み込み、地面に亀裂が走り、基礎部分の木材は剥き出しになっていく。

 既存魔法式とは異なるまるで生きているかのような三つの精緻の極致ともいえる魔法式が次々と空間に出現。

 それぞれ、紅く、蒼く、紫色の光輝き始める。

 灰竜は死に物狂いな様子で身体を動かし、遂には四肢を自ら切断。

 すぐさま再生し、巨大な前脚を僕へ振り下ろしてきた。


『!?!!!!』

「……本物の水竜だったら、今の一撃で僕は死んでいたでしょうね。でも、『マガイモノ』の塊のような貴方達じゃ、この子達が幾ら弱っていても無理なんですよ」


 ――前脚は僕の目の前で三層の魔法障壁との接触に抗しきれず崩壊、灰となった。

 僕は植物魔法を発動。割れた大地から、太い樹の根が灰竜を再拘束。

 三人の幼女の歌が終わった。僕は名前を呼ぶ。


「リディヤ、ティナ、カレン!」

「何時でも」「はい!」「私の魔力は兄さんのモノです」

「テト、最大防御で」

「り、了解です!」


 僕は左腕を振り下ろす。 

 灰竜が僅かに頭を動かし憎悪の視線を僕を叩きつける。


『我ノ、我等ヲ殺セバ、コノ小僧モ女モ死ヌノダゾ? 所詮、貴様モ』

「殺しませんよ。逝くのは――貴方達だけだ!」


 名もなき大魔法――『氷鶴』『炎麟』『雷狐』の力とリディヤ、ティナ、カレンの魔力を借り、僕が既存の浄化魔法を参考にしながら先程組んだ極大浄化魔法が天から、まるで流星雨のように降り注ぐ。

 灰竜は全力で赤黒い魔法障壁を張り防ごうとするが――流星雨は易々と貫通。


『馬鹿ナ!? 馬鹿ナ!?!! 我ノ、我等ノ信仰ガ、コノヨウナ……聖女……聖霊…………』


 灰竜だけでなく古き聖堂の周囲一帯に降り注ぎ、全てを容赦なく浄化していく。

 まるで霧が出たかのように視界が失われていき、灰竜の怨嗟の声がか細くなっていく。何かが崩れ落ちる大きな音。

 

 ――やがて、魔法の発動が終わった。

 

 靄の中には小さな魔力反応は二つだけ。禍々しいものは消えた。

 周囲一帯は信じられないくらいに清浄な空間と化している。

 僕は大きく息を吐き、アトラ、レナ、リアを撫で御礼を言う。


「ありがとう。君達が助けてくれなかったら……助けられなかった」

「♪」『名前、貰った。またね』『次はリアだけ、リアだけ! 誓約』


 レナとリアが満面の笑みを浮かべ、アトラも瞳を閉じ――消えていく。

 僕はそれを確かめ


「馬鹿」「先生!」「兄さん、大丈夫ですか?」


 倒れそうになったのを、リディヤ、ティナ、カレンに受け止められていた。

 ……とんでもない魔力を使ったっていうのに、まだまだ元気な三人に苦笑する。

 制御だけでもフラフラになる僕の立場がないなぁ。

 心配そうな三人に微笑みかける。



「ありがとう。とりあえず……当分『竜』はごめんだよ。次、来たらテト達にやらせて僕は見学する! さ、ニコロ達を。大議事堂にも行かないとだしね」

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