第48話 水都騒乱 水竜

「先輩! ひどーい! 可愛い後輩が、こ~んなに、頑張ったんですよっ!? 少しは労わってくださいっ!!」


 魔女っ娘な後輩が僕を詰りながら呪符を展開。

 土煙の中に飛ばし、ニコロとトゥーナさんを捜索。

 軽く手を振り、後輩二人に話しかける。


「イェン、ギル、お疲れ。中々、興味深い相手だったろう?」

「はっ!」「……二度とごめんっすよ!」

「でも――二人共、助かったよ。強くなったね」

「「……は、はいっ!」」

「…………むぅぅ」


 イェンとギルの背筋が伸び、嬉しそうな表情を浮かべる。

 対してテトはあからさまに不満気。

 僕はそれをわざと無視し、次いで赤髪公女殿下の頭を優しく撫でる。


「リィネも。頑張ってくれたみたいだね」

「と、当然です。私は兄様の教え子ですから!」

「そっか。でも、ありがとう」

「……はい♪」

「むぅぅぅ!」「むむ!!」


 はにかむリィネを見て、テトとティナが頬を大きく膨らます。

 僕を支えてくれている、腐れ縁と妹は呆れ顔をしつつも、僕へ無言の要求。『次は』『私よね?』。

 自分の足で立ち、我が儘な妹と困った紅髪公女殿下の頭をぽんぽん。


「カレンとリディヤもありがとう。……僕だけじゃ無理だったよ。流石は王立学校副生徒会長と『剣姫』だね。もう一度やれ、と言われても御免だけど」

「私は何度でもいいです」

「次はカレンも小っちゃいのもいらないわ。私とあんただけで十二分よ」

「……リディヤさん、ここで決着をつけてもいいんですよ?」

「私は構わないわよ? いい加減、義妹の立場を弁えなさい」

「私に、義姉は、いまぁ……はぅぅ……」


 カレンの頭を乱暴に撫で回す。

 それだけで、紫電が消え、ふにゃふにゃ。獣耳と尻尾が嬉しそうに揺れる。

 リディヤが、ちらっ、と僕を見た。『…………わたしにもー』。

 片目を瞑り『後で、ワインを飲みながらね』。

 ぱぁぁ、と顔を明るくし――すぐに表情を引き締めた。

 後方から轟音。

 未だ、アンナさん、ロミーさん、リリーさんがヴィオラと戦闘中なのだ。


「……ちっ。しぶといわね。カレン、行くわよ! アンコ、ぜっったいっに、こいつから離れるんじゃないわよっ! 飛ばしなさい!!」

「あ、ち、ちょっとっ!」


 リディヤが僕の足下にいるアンコさんへお願いをし、カレンの手を掴み――消えた。黒猫な使い魔様もまた、次の瞬間には僕の右肩へ。

 とんでもない分厚い魔法障壁を張り巡らす。

 ……過保護な。

 さて、そろそろ、ニコロ達は


「…………せんせぃぃぃぃ…………」「…………せんぱいぃぃぃ…………」


 頬をこれ以上ない程に膨らました、薄蒼髪公女殿下な教え子と魔女っ娘後輩が僕に詰め寄って来た。

 ティナの前髪と、テトの帽子の先端が激しい抗議を表明。

 僕はくすくす。


「なっ! こ、この場面で、笑うんですかっ!!!!」

「先輩は、酷い人ですっ!! 意地悪過ぎますっ!!」

「そうかな?」

「「そうですっ!!!」」


 僕はリィネ、イェン、ギルと視線を合わす。

 三人共、同じ気持ちだったらしく、思わず吹き出す。

 この二人、似てるな。

 ――優しく微笑む。


「テト、危ない目に合わせてごめん。大丈夫だったかな?」

「……ちがいますぅ!! そうじゃない、ですぅぅ!!!」

「そっか。なら――」


 額に人差し指を付け、少しだけ押す。

 視線が交錯。


「随分、上達したね。流石は、僕の後輩さんだ」

「っっっ!!!!! …………はぃぃ。あ、ありがとう、ございます……」


 テトは俯き、小声に。身体を左右に揺らしている。

 それを見ていた男の後輩達は「…………むぅ」「あれはしかたねぇっすよ。防御不可っす。結婚しようが、子供が出来ようが変わらねぇと思うっすよ? ……つーか、子供達もああなるんじゃ?」。ギルとは後でお話をしないといけないようだ。

 さて、と。


「テト、ニコロ達は見つかったかな?」

「あ、は、はいっ! 大丈夫です。生きてます――ふっ」

「!」


 魔女っ娘は、先程まで強固な同盟を結んでいた薄蒼髪の公女殿下を嘲笑。

 わなわな、と身体を震わせ――


「!?!! せ、せ、先生!? い、いきなりは、その、あの……」

「――……ティナ、僕はもう大丈夫です。だから、そこまで必死に頑張らないでください。ね?」

「っ…………はい…………」

「よろしい」


 ティナを軽く抱きしめ、視線を合わせ諭す。

 やはり、先の件以来、ずっと気にし続けていたようだ。

 ……この子は余りにも聡く、まだまだ幼く、そして、優し過ぎる。

 頭をぽん、と叩き、赤髪公女殿下に目配せ。

 こちらも聡いリィネが軽口を叩く。


「まったく! 首席様には困ったものですね。……このこともステラ様とエリーに報告しますから」

「リ、リィネっ!」

「先輩! いました!!」


 テトの報告。

 僕はみんなを引き連れ向かおうとし――……気づいた。

 右肩のアンコさんも反応。

 周囲で此方の様子を覗っていた叛乱軍や市民達が頭上を見上げている。



 ――空が陰り、周囲一帯の空気が震え、殆どの人々が自然と膝をつく――



 ティナとリィネが僕の左右の腕に抱き着き、テトとイェン、ギルが僕を守ろうと顔面を蒼白にし、激しく震えながらも前へ。


「せ、先生……」「あ、兄様……」

「せ、先輩!」「こ、ここは」「お、俺達が」

「そういうのは先輩特権だよ。大丈夫だから。何もしないように」


 僕は困った後輩達を窘め、前へ出る。

 二人の公女殿下は目で『絶対に離れませんっ!』。……仕方ないなぁ。

 崩壊した大聖堂が目の前で溶けていき、水へと変わっていく。



 ――上空から、首が長く青の羽を持つ美しい竜が降り立ち、僕を見た。



 これで『竜』という種と遭遇するのは二度目。

 …………十三歳の僕。

 よくもまぁ、こんな存在と戦って、生き残ったね? 結構な偉業だと思うよ?

 ぎゅっ、とティナとリィネが僕の左右の腕に抱き着き、目を瞑る。

 僕は静謐な青の瞳を見つめ、深々と頭を下げ、心底からの謝罪。


「…………死した竜をこのように辱めたこと、真に申し訳ない」


 ボロボロになった竜骨が、ふわり、と浮かび上がる。

 ――そう、この竜は遺骨を引き取りに来たのだ。

 僕は再度、竜と視線を合わす。


「此度の件――間違いなく、人の落ち度。必ず雪ぐことを約します。どうか、どうか、信じていただきたい」 


 凄まじいまでの威圧感。

 正直なところ、全力で逃げ出したいところだ。

 ……が、それは出来ない。

 水都には義理なんてないけれど、こうして関わってしまったのだ。見過ごすことは出来ない。

 永遠と思える極々短い時間、竜は僕を見つめ続け――……翼を広げた。

 暴風が吹き荒れ、水滴が生きているかのように、舞う。

 静かなけれど、水都全体に轟く、竜の声。



『――健気な狼の子よ。我は矮小な人族とは約さぬ。故に、貴様とだけ約す。全ての恥を雪ぎ、精霊の軛を解かんことを。――勇敢な狼の子よ、名を聞いておく』



 僕は微笑み、名乗る。


「僕の名はアレン。狼族のアレンです」


 竜の瞳に理解の色。

 羽を羽ばたかせ、再度凄まじい突風。

 周囲一帯の浄化が更に進み、最早聖域化。

 

 ――竜が遠くで歌っているのが聞こえる。

 

 威圧感が消え、竜は去っていった。

 硬直している二人の公女殿下へどうにか笑いかける。 


「ティナ、リィネ、大丈夫ですか?」

「「…………」」


 沈黙。余りにも衝撃が強すぎたか。

 無理もない。あの青い竜が怒っていたら、生き残るのは難しかったろう。

 ――背中に衝撃。


「おっと、リディヤ、カレン」

「……ちょっと」「……兄さん」

「今回は僕の責任じゃないって。ところで――!」


 またしても前方空間に強大な魔力反応。

 すぐさま、リディヤとカレンが反応し、僕の前へ。

 ティナ達と同じく、固まっていたテト達もそれに続く。

 ……今度はいったい、何が出てきて


「アレン!!! 私が来たわよっ!!!! さぁ――相手は何処!?」


 転移魔法陣から飛び出して来たのは、長杖を持ち白の魔法士姿の、長く美しい金髪が印象的な美少女だった。白い犬型魔獣も付き従っている。

 ……うん、僕はこの子を知っている。何しろ、数少ない同期生だ。

 なんという、無茶を。

 僕は目を瞑り、右肩のアンコさんにぼやく。


「……アンコさん、僕、そこまで悪いことしていないと思うんですけど」


 使い魔様は、慰めるように鳴いた。

 腐れ縁と妹は『しているから、仕方ない』と目で言っていたけれど。

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