王立学校入学式

 小道の出口を抜けると、一気に視界が開けた。


「うわぁぁぁ」


 目の前の光景に思わず声が出る。

 ――その広場には、数百名の新入生らしき生徒達が席に座り、そこかしこで保護者らしき人達と話をしていた。広場の地面は石で舗装され、一番前には高い壇が設置済み。魔法で作ったようだ。

 どうやら、秘密の小道には一種の転移魔法陣が組み込まれていたらしい。魔法式、分からなかったや。

 広場のあちこちには、腕章を付けた学生が走り回り、忙しそうにしている。

 

「それじゃ、アレン。私達は貴賓席へ行かないといけないから、ここでお別れよ。リディヤをよろしくね」

「アレン様♪ リディヤ御嬢様をよろしくお願いいたします☆」

「あ、は、はい!」

「………………」


 リンスター公爵夫人とアンナさんから声をかけられ、思わず返答。

 隣にいる紅髪の美少女は無言。ただし――不服そうだ。

 アンナさんに手渡された日傘を広げ、公爵夫人が優雅に歩いていくと、前方にいた人々が驚愕で一瞬固まり、その直後、次々とどいていく。

 それはまるで――小さい頃、絵本で読んだ、海を割る剣士の如し。

 ……う~ん『王国四大公爵家』って、そういう存在なんだよなぁ、

 残された僕と公女殿下にも、視線が集中しているのが分かる。

 まぁ、主に制帽を深々と被り、外そうとしていない少女にだろうけど。


「そ、そこの新入生! き、君はこっちだ!!」


 腕章を付けた人族の男性生徒が、緊張仕切った顔で話しかけてきた。

 おそらく、三年生なのだろう。長身で少し神経質そう。髪色は極々薄い紫。

 公女殿下は露骨に顔を顰め、僕を楯にするかのように後ろへ回り込み、左袖を摘まみ、引っ張った。『どうにかしてっ!』ということらしい。

 僕は苦笑し、男子生徒に聞く。


「えっと……どうすれば良いんでしょうか? 勝手が分からなくて……」

「ん? ああ、君には聞いていない。私が呼んでいるのは、今年度の首席である、後ろのリンスター公女殿下で――ひっ!」


 背中から、肩越しに顔を出した公女殿下の殺気を受け、先輩が悲鳴を発し、震えあがった。

 別人かと思う程の冷たい声色。


「…………『首席・次席は壇上。入学生徒上位十傑までは最前列』の筈よね? なら、此奴も最前列なのだけれど? 斬られ――むぎゅ」

「あーあーあー。す、すいません。案内をお願い出来ますか?」


 本気で剣を抜こうとしていた少女の口元を押さえつけ、先輩にお願いする。

 がくがくと震えていた男子生徒は、どうにか持ち直し頷く。


「あ、ああ……わ、分かった……。こ、こっちだ。つ、着いて来てくれ。急がないと、入学式が始まってしまう」


 踵を返し、男子生徒が歩き始めた。

 僕は、ほっと、息を吐き手を離し、すぐさま剣の柄を押さえる。


「っと。こ、こんな所で、つ、剣を抜こうとするのは、どうかと思うよ?」

「う~う~う~!」


 少女は唸り、不満を表明。

 ――右肩に重さを感じた。


「へっ?」「はっ?」


 二人して気の抜けた声が出る。

 僕の肩に乗っていたのは、黒猫だった。

 ……えーっと、確かこの子は。


「この前、カフェで会った黒猫さんかな? 確か名前はアンコさん――」


 『正解』と黒猫が一鳴きし――僕の頭に制帽が戻る感覚。


「!?」「! あ!!」


 更に一鳴き。『先へ進め』、ということらしい。

 制帽が戻ってきた原理は一切不明。

 …………王都には凄い黒猫さんがいるんだなぁ。

 僕は頭に自分の両手を置き、固まっている公女殿下へ手を差し出す。


「さ、行こうよ」

「……し、仕方ないわね。べ、別に、き、緊張しているとかじゃ、ないんだからねっ! こ、これは、し、仕方ないから繋ぐだけ、か、勘違いするんじゃないわよっ!!」

「はいはい」

「……うぅ~」

 

 おずおず、と差し出された少女の手を握り、僕達は男子生徒の後を追った。 


※※※


 新入生がずらっと座る列の最前列には、合計八つの豪華な椅子が置かれていた。既に、七つは埋まっている。

 その前方に設置された壇にも、一際豪華な席が数脚。

 一番中央に座っているのは、美形のエルフ――学校長にして『大魔導』の異名を持つロッド卿だ。

 ――左手には目立つ長杖。

 入学試験時に使われていた物と異なり、各所に宝珠が埋め込まれ、遠目に見ても、相当な魔杖だと分かる代物だ。

 着られているローブも袖や襟に、無数の魔法式が描かれている魔法衣。

 首にはネックレス。耳にも耳飾り。どちらも、込められている魔力が凄まじい。

 まるで、戦装束だなぁ――学校長と視線が交錯。そこにあるのは悲壮感。

 瞳で訴えてこられる。


『有事あった際、直ちに止めよっ! 私の……私の命が懸かっているっ!!!』


 ………………。

 そっ、と視線を外し男子生徒へ尋ねる。


「えっと……僕は第三席らしいんですが、空いている席へ座ればいいんでしょうか?」

「! き、君が、噂の獣――ああ、いや。そうだ。そこに座ってくれ。リンスターさんは、壇上へ」


 どうやら、僕にも噂が立っているみたいだ。

 肩を竦め、僕は少女の手を離し――困惑。


「さ、壇上へ上がりなよ」 

「…………制帽、貸して」

「駄目だって」

「なら、上がらないっ!」

「ドレスに制帽は合わないと思うな」

「……どうでもいいわよ、そんなの」


 むすっとし、僕を見つめる長身な美少女。

 男子生徒は耳に手をやり、何事かを話している。通信宝珠のようだ。

 焦った様子で僕達を急かす。


「そ、そろそろ始まってしまう! い、急いでくれないか?」

「あ、はい。ほら」

「…………制帽!」

「……はぁ。仕方ないなぁ」


 僕は三度、自分の制帽を紅髪の少女に被らせる。

 公女殿下は、今までの不機嫌な様子から一転。勝ち誇った笑みを浮かべた。

 右肩の黒猫さんが鳴く。『甘い』。……確かに。

 ようやく手を離し、公女殿下がニヤリ。


「行ってくるわ。あんたは、そこで私の勇姿を見届けなさいっ!」

「挨拶、噛まないようにね。いや、きっと、噛むだろうけどもさ」

「か、噛まないわよっ! ……見てて、ね?」

「あ、うん」


 最後に少しだけ照れくさそうに念押し、男子生徒の案内に従い、公女殿下は胸を張って壇上へ。

 僕も空いている最前列の席へ座る。

 ……隣の席から視線を感じる。決して、好意的ではない。

 ま、僕だけ制帽被ってないし、右肩に黒猫さんいるしなぁ。

 右肩の黒猫さんが移動し、膝上へ。丸くなられた。不思議な猫さんだ。

 優しく撫でつつ、壇上へ視線を向ける。 

 すると――学校長を挟み、紅髪の美少女と、金髪の美少女が豪華な椅子に座っていた。……明らかに、少女同士の間は険悪な様子だ。何事かを言い争っている。

 金髪の美少女の足下には白い子犬。

 困った様子で、御主人様の周りをうろうろ。

 ――あれ? 

 あの子、この前、カフェで会った――広場の四方から魔法が上がった。

 風魔法で広場全体に、男子生徒の、自信に満ち溢れた声が響き渡る。



『皆様、お待たせしました。これより――王立学校入学式を開始します!』

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