お姫様、二人 上

 会場内にいる、数百人の新入生達に緊張が走った。

 僕の隣に座っている男女合計七名の生徒達――本年度入学試験の十傑達も表情を引き締め、壇上の男子生徒を見ている。

 僕も出来れば、そうありたいのだけれど……何故か膝上には黒猫さんがいて、僕が撫でるのを止めると催促されてしまい、どうにもそういう感じなりきれない。

 そして何よりも……壇上、豪華な椅子に座り視線を合わせず、未だ小声でやり取りをしている少女が二人。明らかに剣呑な御様子だ。……大丈夫かなぁ。

 間に座る学校長からは何度も『ゆ、有事の際は、き、君が止めるのだぞっ!!』。

 僕は曖昧に笑い、黒猫様を撫で続ける。もふもふだ。

 ――男子生徒が名前を名乗る。


『申し遅れました。私、クロム侯爵が長子にして、王立学校副生徒会長を務めております、フレデリク・クロムと申します。この入学式の司会を務めさせていただきます。以後、お見知りおきを!』


 大きな拍手。

 クロム侯爵家は王国東方の大貴族様だ。

 王国には四つの公爵家と八つの侯爵家が存在していて、北方のハワード、南方のリンスター、西方のルブフェーラには各二侯爵家が付き従う関係性にある。

 対して、東方のオルグレン公爵家と、クロム侯爵家、ガードナー侯爵家との間にそのような関係性はない。

 詳しくは知らないけれど、東方の二侯爵家は少しばかり特殊らしい。

 クロム副生徒会長が、自信満々に続ける。


『まず、初めに先輩として新入生の皆さんに一言。――おめでとう! 君達は、これからの王国を支えていく人材だ! それ故にどうか忘れないでもらいたい。君達には、多くの者達を導いていく使命があることを!! 共に、王国の輝かしい未来を作っていこう!!!』


 再び大きな拍手。

 隣に座る七名の優秀生徒達も高揚している様子だ。

 ……う、後ろめたい。

 僕が王立学校の入学試験を受けた理由は、そんな大それたものじゃなく――ただ単に、この学校に入学出来れば、将来的にたくさんのお金を稼ぐ職業につけて、父さんと母さんへ経済的に恩返しが出来、妹のカレンの学費やその他の資金を得られる可能性が高そう、と考えたからに過ぎない。

 あとは精々、昔からの夢である大魔法について学べるかも? と思った程度だ。

 

 王国の未来? 

 

 ……考えたこともないや。

 少し恥ずかしくなり、頬を手で扇ぐ。

 副生徒会長が手を上げた。会場の拍手が収まる。


『では――王立学校長にして王国が誇る大魔法士、『大魔導』ロッド卿から御挨拶をいただきます! 学校長——……学校、っ!?』


 クロム副生徒会長が怪訝そうな表情で後ろを振り返り、絶句する。

 ――壇上、学校長を間に挟み、二人の少女は立ちあがり睨み合っていた。

 短い紅髪で紅のドレスを着た少女は剣の柄に手をかけ、光り輝く金髪の少女は右手をかざし空間から魔杖を呼び寄せている。

 二人はどちらも美しい笑み。

 学校長は椅子に腰かけたまま僕へ三度、合図。


『な・ん・と・か・せ・よっ!!! こ、ここで始まれば……し、死ぬぞ? 死んでしまうぞ?? 主に私がっ!!!』


 広場全体がざわつき始め、副生徒会長も泡を喰い叫ぶ。


『き、君達! な、何をしているんだっ!! し、首席と、じ、次席生徒が、に、入学式中に何を――』


『『私達は――……違うっ!!!!!!!!』』


 少女達の叫びが広場全体に響き渡る。どうやら、通信宝珠を付けているみたいだ。

 僕はそっと目を伏せ、黒猫さんを優しく撫でる。

 …………うん、僕は何も知らない。

 副生徒会長が、大きく咳ばらいをするのが聞こえた。


『うっほんっ! ……何を言っているのかは理解出来ないが、席へ座りたまえ』

 

 副生徒会長が通信宝珠を切るのが、魔力で分かった。

 黒猫様を撫でつつ、恐る恐る壇上を見やる。

 副生徒会長が二人の少女へ近づき、話しかけている。

 ……唇が読めてしまう。

 

『貴女様方はウェインライト王家とリンスター公爵家の姫であられるのです。努々、御立場を御考えください。……『姓無し』しかも、獣人族に育てられた者をこの場に上げることなぞ、出来る筈もありますまい?』


 『閃光』という単語は、正しくこういう時に使う為にあるのだろう。

 紅髪の公女殿下は容赦なく剣を抜き放ち、副会長へ向け容赦なく一閃。

 

 その一撃を止めたのは、もう一人の少女の魔杖だった。

 

 二人の姫は、剣と杖を交わせながらお互いに鋭い眼光を叩きこみ合い、ゆっくりと背を向け歩き出し――振り向き、剣と魔杖を構えた。

 副生徒会長は、呆けた様子を見せた後、その場にへたり込む。顔面は青を通り越し、真っ白。会場のどよめきが大きくなっていく。

 椅子に未だ、腰かけたままの学校長が石突を突いた。静かな声が響く。


『…………異例のことながら、本年度の首席合格者である、リディヤ・リンスター生徒と次席合格者であるシェリル・ウェインライト生徒は、互いにその席次について、納得していないようだ。ならば――致し方なし。此処は王立学校である。己が実力を持って、証明せよっ!!!』


 再び、石突が突かれる。

 二人の少女を包むように魔法陣が広がり、そのまま壇ごと一気に急上昇。

 余りの光景に、人々の多くが息を呑む。

 壇は上空で巨大な円形へと変化し浮かびあがり、その周囲を強大な魔法障壁、更には石壁が覆っていく。

 直後、会場内の空間に――今や決闘場と化した内部の様子が映し出された。

 その場にいるのは、美しく笑い合う二人の姫と小さな白犬。尻もちをついている、副生徒会長。

 学校長が重々しく宣告。


『今より、首席生徒と次席生徒の模擬戦を執り行う。ある程度の防御はしたが――あの二人ならばこの程度、容易く貫こう。各自、自分の身は自分で守るように。保護者の方々も同様だ。……ああ、副生徒会長は回収しておこう』


 瞬間――


「!?!!」


 驚愕し硬直中の副生徒会長が、さっきまで壇があった場所に転がる。

 転移魔法! 

 ……うぅ。また、魔法式が見えなかった。

 いきなりの出来事に騒然としていた会場内も少し落ち着き、投映された映像に見入っている。

 黒猫様が顔を上げて、僕を見た。一鳴き。


「…………へっ?」


 足下の感覚がなくなり――身体が『闇』へと落下する。

 数瞬の後、僕は石の地面に着地。右肩に黒猫様の重み。

 …………この子。

 相対している二人の少女が、いきなり現れた僕に少し驚く。


「!」「! あ、貴方……」

『あ~――……不測の事態に備える為、今年度の第三席である、アレン生徒に立ち会ってもらおう。何、彼はとても優秀だ。とてもとても優秀だ。心配はいらない。では、任せるぞ、アレン生徒』


 学校長があっさりと言い放った。ひ、酷い。

 僕は頬を掻き――二人に尋ねる。



「えーっと……本気でやるのかな?」 

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