第48話 才能

 その時だった、周囲の壁や床から蔦が伸びてきて、僕達を優しく掴み、持ち上げた。僕とカレン、そしてリディヤを除いた子達――トネリだけはそのままだ――が瞬時に警戒態勢を取る。うん、素早い反応。

 まぁだけど、すぐに極致魔法や上級魔法を展開しようとするのは減点かな? 軽く手を振って、魔法を散らし、話しかける。 


「大丈夫ですよ。これは族長の魔法ですから。御厚意で運んでくださるみたいです。ティナ、エリー、リィネ。今の反応は本当に素晴らしいです。けれど、すぐ大きな魔法に頼る癖はそろそろ卒業しましょう。ステラ様、そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。いざと言う時は、僕もリディヤもいますから。トネリ、ここまでありがとう」

「「「……はーい」」」

「は、はいっ! あ、ありがとうございます」

「今度は勝つからなっ! 覚えとけよ! だから……その、定期的に帰って来い。ここはお前の故郷なんだからよ」

「……うん。ありがとう」


 思わず涙ぐみそうになってしまった。いけない、いけない。

 今は、ティナ達もいるんだから、しっかりしないと。

 ――リディヤ、その撮影宝珠は後で編集するからね?

 僕達の会話が終わると同時に、蔦が僕達を持ち上げて上層階へ運んでいく。

 相変わらず見事な魔法。

 何度かこっそりと試してはいるんだけど……まだ、ここまでの域に僕は達していない。ほんと、世界は広いや。

 どんどん上に向かいながら、各階層で働いたり、くつろいだりしてる狼族の人達を見て、楽しそうなティナ達へ視線を向ける。


 改めて思う。僕には――この子達みたいな圧倒的に輝く才能はない。


 魔法の制御技術だけは……人並みかなぁ。けれど、本物の極致魔法を展開出来る程の魔力は元からないし、剣技だってリディヤには敵わない。体術も何れカレンに抜かれるだろう。

 そんな僕と違って、数年後には皆、王国内でも屈指の存在となる。間違いなく。腐れ縁の誰かさんはもう相手を探す事すら困難だしね。

 けれどだからといって、それは僕が諦めて努力を止める、という話でもない。

 何れ近い将来……この子達との時間を懐かしく思う時がくるかもしれないけれど、それは今じゃない。今すぐじゃないのだ。

 だから、その時までは精一杯、この子達を慈しんで、教えたいと思う。

 僕がそんな事を考えている内に、蔦は目的地――ちょっとした空間になっている、族長の執務室前へと到着した。

 下を見ると、相変わらず高いなぁ。

 王都にある大教会の、大鐘塔のてっぺん位はあるかもしれない。慣れないと足が竦むだろうけど、うちの子達は全員、大丈夫だろう。ティナ達は下を覗き込んではしゃいでいるし、ステラ様とカレンも楽しそうに話している。

 ――さて。


「あーリディヤさん」

「……別に怖くなんかないわよ? あんたが震えてるから可哀想だと思ってすぐに腕を掴んであげた私の優しさに感謝なさい」

「高い所、大丈夫だよね?」

「……大丈夫だけど」

「けど?」

「……歩くとギシギシって音がする。この前会った時は下の階層だったし。支える柱もしっかりしてた。なのに、ここ大樹から突き出してるだけじゃない。だから怖――くなんかないけれどあんたが怖がるから仕方なく、そう仕方なくよ。……悪い?」

「悪くないよ。ありがとう。僕もちょっと怖かったんだ」

「……分かればいいのよ。その、ごめん。ありがと……」

「あああ!! リディヤさん、抜け駆けズルイですっ!!」

「うーアレン先生!」

「姉様? ……ああ、そういう事ですか。では、もう一つの手は私が握って」

「アレン様、えいっ♪」

「「「!?」」」

「やるわね、ステラ」


 僕の右腕をがっちり掴んで離さないリディヤ(ちょっとだけ涙目になっている。こっそり撮影したくなる位に可愛い)の姿を見て、騒ぐティナ達を後目にステラ様がいち早く、僕の左腕を掴んで、自分の手を絡ました。

 こういう事が出来るようになってきたのは良い傾向だと思う。ステラ様はティナのお姉さんだけあって、普段はとても真面目だから。

 まぁ、だけど……もう少し、空気を読んでくれると有難いかなぁ。両腕が塞がってると、色々と防ぎようがないし……。

 執務室の扉が、自動で開き中から笑い声。

 ああ、もう! 他人事だと思って、楽しんでますね?


「ガハハハッ! アレン、色男は辛ぇなぁ。ええ? 待ちかねたぞ。とっとと入って来いや」

「……だ、そうです。話は後にしましょう」

「今日は私の番だったんですよっ! この分は、明日に振り替えますからっ!」

「ティナ御嬢様、そ、それは駄目ですっ!」

「そうですよ。首席様は約束も守れないのですか?」

「なっ!? せ、先生ぃ」

「後で埋め合わせはしますよ。約束します」


 まだ少し震えているリディヤをうながす。

 カレン、こういう事だから、これみよがしに首を振らないでおくれよ。

 部屋に入っていくと、大きな執務机の上にはうず高く書類が積まれていた。その奥では、銀髪をした大柄の狼族の男性が一心不乱に書類へ判を押している。

 

 ……う、これ、何処かで見た光景のような……。

 

 王都で奮闘しているだろう相方の少女を想う。

 帰ったら労わってあげないと――即座に右腕が軋みをあげた。うぐっ。


「リ、リディヤ……さ、流石にそれは、ぼ、防御が効かないんだ、けどなっ!」

「……私が隣にいるのに他の女を考えるなんて。一度、本格的な再教育が必要なのかしらねぇぇ……」

「おうっ! 相変わらずだなっ! しかも――随分と増えたもんだ。何だ? ええ? 全員、お前の嫁か??」 

「違いますよ。リディヤとカレン以外はみんな教え子です。僕は今、この子達の家庭教師なんです。お久しぶりですね――オウギ族長」

「久しいな。何せ、お前さんが随分と帰って来やがらねぇ。ったく、薄情なもんだぜ。ああ、あと、族長なんて止めろ。痒くならぁ」


 ニヤニヤ笑うオウギさん。とっても気さくで良い人なんだけど……無茶ぶりをするのがなぁ。

 さて……今日はどんな無理難題を持ってきてるんだろう?

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