お姫様、二人 下

「そ、そんなの、み、認められないわっ!」


 王女殿下が魔杖をぶんぶんさせながら、叫ぶ。白狼もそんな主の様子に困惑中。

 紅髪の公女殿下はニヤニヤ。うぅぅ……


「はぁ? 何を言うかと思えば……私は確認したわよ? 『私も下僕を出してもいいのよね?』って」

「くっ! そ、それは……ア、アレンも、何か言って!」

「…………残念ながら、僕には発言権がないんです」


 王女殿下に同情しつつ、公女殿下の隣へ立つ。

 前方には、無数の光属性上級魔法。

 これだけの数の上級魔法を展開、制御している時点で、シェリル・ウェインライト王女殿下の才覚は凄まじい。


 ――それでも、リディヤ・リンスター公女殿下には届かないけれど。


 僕は上機嫌な紅髪の少女に話しかける。


「……で? どうするの?」

「決まっているでしょう?」


 公女殿下が歌うように返答し、剣を後方へ構え直した。 

 ――瞬時に疾駆を開始。僕も追随。


「押し通るだけよっ!」

「そうだと思ったっ!」

「っ!!! 真正面の突撃!? 舐めないでっ!!!」


 王女殿下が叫び、魔杖を振り下ろす。

 上級魔法が解き放たれ――


「!?!!」


 一部が発動せずに崩壊。消えていく。王女殿下の顔には驚愕。

 うん。学校長の魔法式よりも素直で、消しやすいな。

 それでも、全ては消せず、次々と公女殿下に襲い掛かる大光球。

 光魔法は全属性中最速。

 剣士からすると天敵に近い筈なのだけれど――


「はんっ! この程度なわけっ!! 温過ぎるわっ!!!」


 少女は次々と斬り捨て、疾走。……もう、何も言わない。

 呆れながらも、射線上にわざと重ねて放たれる大光球の魔法式に介入。消しながら、駆け続ける。

 後方からは轟音。斬られた光球が柱や壁を貫通し、破壊しているのだ。


「くっ!!! こ、このぉぉぉ!!!!!」


 王女殿下が焦りながらも魔法式を変更。

 同時に、シフォンも大咆哮。

 白狼の口元に、数十の魔法式が集約していく。

 とんでもない魔力! しかも、見たことがない魔法式だ!!

 こういう場面じゃなかったら、是非とも解析したいけれど――僕は前方を、楽しそうに駆け続ける少女の名前を呼ぶ。 

 

!!!」

「分かってるっ! あんたは、あのわんこを何とかしなさいっ!!」


 即座に返答。あの魔法式は消しきれない。

 王女殿下が、紅髪の少女を睨む。


「私とシフォンは、ズルい子になんか――負けないっ!!!!!」


 白狼の口に眩い光が集束。

 僕は風属性初級魔法『風神波』を超高速発動。会場全体が土煙に包まれるのを確認し、即席魔法と幾つかの魔法を発動。。


 ――土煙を切り裂く、一条の渦巻く光線。


 決闘場の柱、壁、更には分厚い魔法障壁すらも貫通。

 学内の建物を掠め、削り取るのが見えた。お、おっかない魔法だなぁ。


「……え? な、なんで、こんなに魔力の反応があちこちから――しまっ!」

「遅いっ!!!!!」


 困惑する王女殿下の声が聞こえるとほぼ同時に、土煙から少女が飛び出し、剣を迷わず一閃。響く金属音。

 彼女を守る白狼は動いていない。

 金髪の少女は両手で魔杖を持ち、剣を受け止めながら動揺。


「シフォン! シフォン!!」

「はんっ! 甘いのよっ!! 見なさいっ!!!」


 ――土煙は少しずつ晴れていく。

 王女殿下の大きな瞳が更に大きくなる。


「シフォン!?」


 白狼の四肢は、地面から発生した漆黒の糸に拘束され、泥に埋まり、更には身体中に植物の根が絡みついていた。

 なお、下の人達に植物を操っているのは見えないよう、さっき見せてもらった、光魔法の幻惑を応用している。

 当然、僕程度の魔法では完全拘束は出来ず――次々と千切れていく。

 加えて『……ひどいです』とつぶらな瞳で訴えているので、全力では縛れない。怪我させたくないし。

 

 ――でも、ほんの少しの足止めなら十分。


 紅髪の少女が剣を押し込む。


「あんたの、負けを、認めなさいっ!」

「…………誰がっ! 貴女には負けないっ! 絶対に、負けないっ!!」

「なら、無理矢理、認めさせるだけの話よっ!!」


 更に剣を押し込まれ、王女殿下が後退。

 ――魔杖にほんの微かな魔力反応。ふむむ。

 僕はシフォンに近づき、頭を撫でながら、魔法の拘束を解き、目に手を置き、目を閉じた。


 次の瞬間、閃光が走った


「っ!!!」


 紅髪の少女の漏らした声と魔杖が地面に転がる音。 

 僕はシフォンを抱きしめ、もふもふを堪能しつつ――先程の一斉射撃よりも、高まっていく王女殿下の魔力を感知。

 ……うん、そろそろ、まずいかもしれない。

 目を開けると、二人の少女が相対していた。

 王女殿下は徒手。

 けれど、未だ戦意を喪っておらず、むしろ、これから、といったところ。

 公女殿下は、目を何度か瞬かせ、僕をギロリ。


「……ちょっと?」

「シフォンは、何とかしたよ?」

「そういう問題じゃ――ちっ!」


 僕に対して文句を言っている隙をつき、王女殿下が距離を急速に詰めて来た。

 舌打ちしながら、公女殿下は剣を横薙ぎ。


 ――金髪を靡かせた美少女が大跳躍。


 左足に光が集まり、思いっきり振り下ろした。


「私は、貴女になんか――貴女にだけは、絶対に負けないんだからっ!!!!!」

「なっ!?!!!」


 紅髪の少女が急速後退。地面に、王女殿下の左足が突き刺さる。

 

 轟音と土煙。更には突風。

 

 さっきまで、公女殿下がいた場所には、大穴が穿たれ、地面が罅割れていた。

 で、出鱈目な威力だなぁ……。

 呆ける少女に対し、王女殿下は左手を真横に振った。

 大光球が生まれ、次々と放たれる。

 公女殿下もそれらを迎撃しながら、斬撃を飛ばし反撃。

 決闘場の倒壊が早まっていく。こ、これは、ち、ちょっと……。


「ちっ! こ、このっ!! 乱暴王女っ!!」

「な、何よっ! 貴女だって、同じでしょ!」


 少女達は言い争いをしながら、じゃれ合いを継続中。止まりそうにない。

 ……う~ん。逃げちゃおうかな?

 もふもふなシフォンを撫でながら、そんなことを思っていると、風魔法の通信が入った。


『…………と・め・よ! もう、もう、限界……うぷっ』


 学校長の悲痛な言葉とほぼ同時に――決闘場そのものが崩れ始めた。

 右肩に重みを感じ、黒猫様が僕の頭をぽん。次いで、シフォンも僕の頬を舐めた。

 …………僕が、何とか、するの?

 顔が引き攣るのがはっきりと、分かる。

 いつの間にか笑顔で、決闘場を駆けまわっている少女達へ叫ぶ。


! ! そこまでっ!!」

「「!」」


 少女達は急停止。

 お互いを見やり――剣と魔法を納め、腕組みをして、僕の傍へ駆けよろうとし


 決闘場の底が抜ける感覚。


「「!?」」「あ~……仕方ないなぁ。シフォン」


 僕は白狼に声かけをし、すぐさま魔法を発動。

 そして、光の使い魔様は嬉しそうに大咆哮。魔法が最大増幅。

 更に、黒猫様も何かの魔法を使う。

 

 ――落下感覚が消えた。


「……え?」「……凄い」


 両手を握り合っている少女達が呆然としている。 

 ――落下を始めた筈の決闘場は、学内の大樹から伸びてきた枝によって支えられ、空中に停止していた。

 魔力からして、どうやら決闘場全体は黒霧で覆われているようだ。

 植物魔法は獣人族固有魔法。あまり見られたくはない。

 僕はシフォンとアンコさんの頭を優しく撫でて御礼を言う。


「ありがとう。シフォンはとっても良い子で、凄いね。アンコさんも、ありがとうございました」

「わふっ!」


 白狼が、ぶんぶん、と風切り音が聞こえるくらい、尻尾を振っている。可愛い。

 黒猫様は、お澄まし顔をしながら、ゆっくりと、尻尾を振っている。やっぱり可愛い。

 僕は風魔法で通信。


『こんな所で、どうでしょうか?』

『………………老人は、労わる、ものなのだぞ? 後で、学校長室へ来るように。君だけ…………ごふっ…………』


 通信が途切れた。早くも二度目の呼び出しかぁ。

 僕は溜め息を吐き、手を取り合い固まっている少女達へ話しかける。


「さ、降りよう? ……次は付き合わないからね?」

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