呼び出し、再び
「……………………」
「あ、あの~?」
王立学校の学校長室。
豪華なソファーに倒れこみ、荒く息をしつつも動かない老エルフに僕は声をかける。
……反応無し。
小首を傾げ、足下の白い犬に話しかける。明らかに子犬姿じゃない。
「寝ているみたいだし、帰ろうか?」
「わふっ!」
シフォンが楽しそうに鳴き、僕の周りをぐるぐる回る。
王女殿下曰く『ほ、本当は、ち、小さくなるのよ? で、でも……そ、その、今日は、少しだけ、あ、暴れちゃったせいか、シフォンにもたくさん魔力を渡したから……』とのこと。こっちの方がもふもふなので、気にしない。
右肩の黒猫様が僕に撫でるよう催促してきた。逆らわず撫で、部屋を後にしようと踵を返し
「………………まだ、入学式ぞ? 初日なのだぞ?? 君は、私を殺すつもりなのかね………………?」
ソファーの上に横たわる学校長が、呪詛の言葉を発した。
僕は肩を竦め、空いている向かいのソファーへ腰かける。すぐさま、膝上をアンコさんが占有。シフォンもソファーへ飛び乗り、僕の隣で丸くなった。
黒猫様と白犬を撫で回しながら、肩を竦める。
「僕の責任じゃないと思いますが? むしろ、あの程度で収まったのは僥倖だったかと。栄えある王立学校入学式は途中で中止に追い込んでしまいましたが……死者も負傷者も出ませんでしたし万々歳なのでは? 流石は『大魔導』ロッド卿ですね」
「わ・た・し、が死にそうになっているのだっ! 君ならば、彼女達がぶつかる直前に止める術もあっただろうがっ!?」
「まさか。買い被り過ぎです。僕は、そこらへんにいる一般平民ですよ? リディヤ・リンスター公女殿下とシェリル・ウェインライト王女殿下の争いを止めるなんて、とてもとても」
「最後は止めていたではないか! …………まぁ良い。新入生徒のみならず、在校生達と教員連中、あの二人を見れば多少は気を引き締めることだろう」
学校長が身体を起こし、冷徹に評した。
僕は苦笑する。
――あの二人の少女の激突は、当初から予測されていた。
仮に入学式でぶつからなくとも、近い内に似たような衝突は避けられなかったのだろう。あの二人は僕が見る限り――同族だ
ならば、二人を利用し学内の綱紀を粛正する。
……王都にいる、偉い人達って怖い人しかいないや。
僕は素直に質問する。
「それで、僕を呼び出された理由はなんでしょうか?」
「分かっているのだろう?」
「予め言っておきますが……嫌です。絶対に嫌です。というより、無理です。やはり、ここは優秀な王立学校の先生方にですね」
「――君に、シェリル・ウェインライトを任せる」
「………………シフォン、噛んでいいよ!」
「わふっ!」
ソファーで丸くなっていた白犬がすぐさま起き上がり、跳躍。
学校長に襲い掛かり――消失。
そして、さっきまで丸くなっていた場所の反対側に飛び出してきた。
転移魔法の応用!?
し、しまった! また、魔法式を見損なった…………。
「くぅ~ん……」
引っかかったシフォンも恥ずかしそうに鳴く。
学校長が勝ち誇る。
「ふ、ふんっ! い、幾ら神狼といえど、まだ子供! そう、易々と殺られはせんっ!! 先程の件、受けてくれるのだろうね?」
「…………受けません。僕は、リディヤ・リンスター公女殿下だけで手一杯で」
「ちらり」
老エルフが本棚から、一冊の本を浮遊魔法で浮かばせ、漆黒の革表紙を僕へ見せた。身体に電流が走る。
「!? なっ! そ、そ、それは……『魔王戦争異伝』!?!! た、大樹の図書館にもなかったのに……」
ふらふら、と立ち上がり、手を伸ばし――本は学校長の手元へ。
再び勝ち誇る表情。
「ふっふっふっ……君のことを少しばかり調べさせてもらった。あの戦争の真相に興味を持つ者が、よもやこの時代に出て来ようとは思わなかったがな」
「…………学校長」
「君が条件を呑むならば貸そう。ただし、これを読んでも真相は分からぬよ。あの戦争に従軍し、生き残った私とて知らぬ。……最後の戦場で、血河のほとりで、何があったのか。彼が最期に何を見たのか。それを知る者は、もう誰もおらぬ」
「………………」
僕はそもそも名もなき孤児だ。
そんな僕を拾い、育ててくれた両親は――僕に狼族の大英雄『流星のアレン』の名前をくれた。
だから、この名前の『アレン』を知ろうと、僕は今まで、たくさんの本を読んできたのだ。
……調べれば、調べる程、謎は深まるばかりだったけど。
ふっ、と息を吐き、ソファーヘ腰かけ反論する。
「え、えーっと……王女殿下が望まれないのでは?」
「主と使い魔は極一部の例外を除き、嗜好を同じくする。君が知らぬ筈はあるまい? そこの神狼は随分と君に懐いているようだが?」
「…………シ、シフォンは可愛いので、仕方ないんです! ね? そうだよね?」
「わふっ♪」
シフォンが嬉しそうに身体を押し付け、お腹を見せる。とてもとても可愛い。
お腹を撫で回し――ふと、疑問を覚えた。
「そう言えば……この黒猫さんは、誰の使い魔なんですか?」
「………………知っているが、知らぬっ! 唯一言えるのは、その黒猫が『極一部の例外』であることだけだっ! 礼を失せぬようにな」
学校長は顔を歪め、忌々しそうに吐き捨てた。余程の因縁があるらしい。触らない方が良さそうだ。
僕は黒猫さんを撫でつつ、淡々と考えを伝える。
「――王族の方と『姓無し』が一緒に行動するのは如何なものかと思いますが?」
「それは問題ない。まぁ、此処から先は本人に尋ねることだ。王家には私から話をしておく――では、よろしくな」
『魔王戦争異伝』が手元に飛んできたのを受け取り、溜め息を吐きながら、立ち上がる。シフォンも飛び降り、出入り口へ向かう。
…………何かこっちに来てから、凄く厄介な事に巻き込まれるなぁ。
東都の妹に知られたら『お兄ちゃんは、どうして何時も何時もそうなんですかっ!』と怒られそうだ。何時もじゃないよ? 偶にだよ??
――部屋の外には、僕を待つ二人の魔力。
僕は振り返り、学校長へ一言。
「シェリル・ウェインライト王女殿下の件、確かに。……ただし、どうなっても責任は取りませんので、そのつもりでいてくださいね?」
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