お姫様、二人 中

 紅髪の公女殿下が不機嫌そうに言い放つ。


「……やるわよ。ここまで、お膳立てされたんだもの。第一、この御姫様は頑固みたいだしね」

「なっ!? わ、私じゃなくて、あ、貴女がでしょうっ!? い、いきなり『……首席、譲ってもいいわよ? 興味ないし』だなんてっ! ただでさえ、私に首席を譲ろうとしていたくせに。ど、何処まで、私を馬鹿にすればっ!!! …………そ、それにしても、あ、貴方も、同級生だったんですね。し、しかも、第三席だなんて」


 金髪の少女が身体を震わせ、リディヤを糾弾し、直後、僕に頬笑みかけた。

 白い子犬が近づいて来て、僕の足にまとわりつく。

 ……どうやら、学校長は王女殿下にことの詳細を伝えていないみたいだ。

 僕は自分の額に手をやり、深く深く溜め息を吐く。


「……仕方ないなぁ。生き死にはダメだからね? あ、僕の名前はアレンといいます。シェリル・ウェインライト王女」

「はい、ダーメ」

「?」

 

 金髪の王女殿下が僕に指を突き付けた。

 小首を傾げ続きを待つ。

 美少女が微笑む。


「此処は王立学校よ。貴方と私は対等。だから――シェリル、って呼んで? 私も、貴方のことを、ア、アレン、って呼ぶわ!」

「は、はぁ。で、では、シェリル」

「なに? アレン♪ ……お、男の子に名前を呼ばれるのも、名前を呼ぶのも、は、初めてだわ」

「あ、ありがとうございます」

「…………ねぇ、もういいかしら?」


 戸惑いつつやり取りしていると、紅髪の公女殿下が極寒の声を発した。

 さっきまでの剣呑な様子から一転、上機嫌になった王女殿下ではなく、何故か僕を睨みつけてくる。

 「…………私が先なのに。バカ」。何事かをぶつぶつ呟いているも聞こえず。

 二人の御姫様が背を向け離れて行く。足下にいた子犬は王女殿下の下へ。


 ――立ち止まり、振り向いた。


 僕は二人に再度告げる。


「重ねて。生き死には駄目だからね? いざ、という時は介入がある。勿論、学校長のね」

「……死なせなきゃいいんでしょう?」「分かったわ、アレン」


 公女殿下が「……ちっ」と舌打ちし、剣を抜き放ち構えた。

 ……この子、大貴族のお姫様なんだけどなぁ。

 対して王女殿下は魔杖をクルクルと回し、止めた。

 僕へ質問してくる。


「一つだけ聞いておくわ。『生き死には駄目』以外、禁止事項はあるのかしら?」

「ないよ。でも、下の人達が観ているのを忘れないようにね」

「分かったわ、アレン♪」

「…………斬る斬る斬る斬る斬る斬る…………」


 にこやかな王女殿下と異なり、紅髪の公女殿下の瞳からは光がなくなり、唇は呪詛を零し続けている。……怖い。

 僕は左手を高々と掲げる。


「それじゃ――始めっ!」


※※※


 僕の左手が振り下ろされると同時に動いたのは、公女殿下だった。

 一瞬で間合いを詰め、王女殿下へ剣を振り下ろす。


 ――両断。


 金髪美少女の姿が揺らめきぼやけ、消えた。

 直後、公女殿下の真横から、光弾の嵐が襲い掛かる。


「ちっ! 小賢しいっ!!」

「貴女よりも賢いだけよ!」


 弾雨を駆けながら躱しつつ、紅髪の美少女が悪態を放つ。

 それを王女殿下は切り捨て、魔杖から次々と光弾を猛射。接近戦に持ち込ませまい、とする。

 

 光属性魔法による幻惑!


 実戦で使える水準のものは初めて見た。

 何しろ魔力消費が激しいし……僕じゃ、発動すら厳しいだろうな。

 苦笑しながら、即席決闘場の端へ。巻き込まれるのは御免だ。

 光弾の猛射を躱しながら、決闘場を縦横無尽に駆けまわる紅髪の美少女。

 次々と決闘場の壁や柱が砕け散る。

 都度都度、修復されていくが、光弾の『嵐』は修復速度を明らかに上回っている。

 あの『嵐』に巻き込まれたら、普通の剣士じゃ対応はまず出来ないだろう。

 一見、王女殿下優位。


 ――が。


 両者の表情は対照的。

 追い詰められている筈の公女殿下は、不敵に笑い、追い詰めている筈の王女殿下の表情は険しさを増している。

 紅髪の少女が唇を動かすのが見えた。


『準備運動、終わり!』


 足を止め、そこに『嵐』が殺到。

 いきなり――公女殿下の姿が掻き消えた。

 

「! っ!?!!!」

「おお~」


 僕は思わず賛嘆の声を発した。

 ――王女殿下は、紅髪の美少女の剣を辛うじて魔杖で受け止めていた。遅れて光弾の着弾する音。

 剣と魔杖間の鬩ぎ合い。

 公女殿下がニヤリ。


「へぇ……少しはやるじゃない? ほら? 貴女が首席になりなさいっ!」

「誰がっ! 他人から、貰った首席なんて、意味がないでしょうっ!!!」

「…………王女殿下様って単純なのね。羨ましいわ。本当に」

「? 何を言って、っ!」


 公女殿下が冷たく吐き捨て、魔杖を蹴り跳躍。

 距離を取り剣を両手持ちへと切り替え、後方へと構え直す。

 微笑み、宣告。


「ああ、安心していいわよ? 全力で防御すれば死にはしないわ。――……あいつの凄さを理解すらしない、あの馬鹿副生徒会長を守った女なんて、一度は死ぬべきだけどねぇ?」

「え? な、何を言って――……まさか!」

「行くわよ? シェリル・ウェインライト! 後悔なら――寝た後にゆっくりとしなさいっ!!!!!」

「っ!!!」


 紅髪の公女殿下が地面を蹴り、急加速。

 王女殿下は、光魔法を超高速発動しようとするも、半手遅い。

 これは、介入しないと――黒猫様に頭を叩かれる。へっ?


 激しい金属音が決闘場内に響き渡った。


「!?」


 公女殿下、必殺の一撃を――純白の狼が八枚の光壁を生み出し、七枚目で辛うじて受け止めていた。

 驚愕する少女に対し、王女殿下の光魔法が発動。

 光の波が襲い掛かり、剣士に強制後退を強いる。

 僕は呻く。


「使い魔? シフォンが?」


 そこで、腑に落ちた。

 王女殿下がわざわざ禁止事項を確認したのは、シフォンを参戦させてよいかの確認を取っていたのか。

 今や、白狼となったシフォンが大咆哮。

 王女殿下が展開しつつある、多数の光属性上級魔法の魔力が更に高まっていく。

 

 魔法増幅!? 使い魔による??

 

 わーわーわー! 初めて見たっ!! 凄いなぁ。

 興奮していると、光の波を断ち切った公女殿下が一瞬だけ僕をちらり。

 ……い、嫌な予感。

 王女殿下が魔杖を突きつける。


「リディヤ・リンスター。貴女の実力は理解しました! ですが――幾ら、貴女でも、これだけの数の上級魔法は防ぎきれない!! この勝負、私の勝ちですっ!!!」

「ねぇ……王女殿下様が、使い魔を出してくるのなら、私も下僕を出してもいいのよね?」

「へっ? げ、下僕??」


 王女殿下が小首を傾げる。

 い、いけないっ! こ、この流れはっ!!

 僕は止めようとし――金髪美少女は少し考えた後、頷く。


「――いいでしょう。後から何かを言われるのは癪です。その下僕さんを今すぐ呼んでくださいっ!!!」


 あーあーあー……。

 紅髪の公女殿下の口角が、にやぁ、と釣り上がった。左手で僕へ合図をしてくる。

 風魔法を応用し、学校長へ通信。


『……いいんですか?』

『…………………早めに、終わらせよ……ま、魔力が…………し、修復が、追いつかなく』


 容赦なく切断。……退路は断たれた。

 黒猫さんをその場に降ろし、僕はとぼとぼ、と紅髪の少女の傍へ。

 王女殿下は、ポカンとし――理解。公女殿下が勝ち誇る。


「なっ!? なぁ!?!!」

「待たせたわねっ! こいつが私の下僕よっ! ――言っておくけど、私達、強いわよ? 覚悟しなさいっ!!」 

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