幕間ー2 悪巧み

「――で、この状況は何だ?」


 重厚な扉を開けて入ってきた赤髪の男が困惑した様子で尋ねてくる。

 片手には高級そうな革鞄。土産でも持ってきてくれたのかな?

 苦笑しながらワイングラスを掲げて挨拶。


「久方ぶり――ああ、敬語を使わないと駄目かい? 

「止めろ、寒気がする……何か裏があるとしか思えんぞ」

「ふふ、相変わらずだね、リカルド。元気そうで何より」

「お前もな、教授。……ワルターはどうしたのだ?」


 机を挟んでワルター・ハワード公爵が無言で赤ワインをあおっている。

 既に空き瓶が3本。4本目も半ば。

 ――今日ばかりは仕方ないか。

 リカルドを椅子に座らせつつ、空いているグラスにワインを注ぐ。


「彼はね、娘さんが親離れをする瞬間を目撃してしまって傷心なのさ」

「面白そうな話だ。詳しく聞かせてもらおう」

「……面白いものか」


 ワルターが呻く。

 王国内でも武人として名高い男なのだが、今の姿は愛娘を奪われた父親のそれ。

 面白――とても興味深い。

 リカルドがワインを飲みながら淡々と告げる。


「美味い――聞かずとも分かる。アレン絡みだろう?」

「へぇ」

「!?」

「……貴様が経験している事は既に私が経験したことだ」

「!!」

「今でも思い出す……リディヤから彼を紹介された時のことをな。ドレスになぞ興味がなかったあの子が、わざわざ……くっ」


 リカルドも古傷があるらしい。

 これまた面白――とても興味深い。

 ……被害者はもっといるだろうから、今度探ってみよう。


「し、しかしだ! 幾ら貴様でも、愛娘が男とキ、キスをする光景を実際に見たことはあるまい?」

「…………」

「な、何故、無言なのだ? ま、まさか……?」

「……これから貴様が経験していくだろう戦場は、今までのどの戦場よりも過酷かつ勝算は絶無。補給、増援共に一切なきものと心得よ」

「なん……だと?」


 重々しく告げるリカルド。

 絶句するワルター。

 二人を見てにやにやする私。

 ――学生時代に戻ったような雰囲気。中々、よろしい。


「――さて、本題に入ろうじゃないか。こんな部屋を取ったんだからね」

「……取ったのは貴様ではない、私だ。王都最高級ホテル、しかも秘密部屋なぞ取らせおって」

「内容が内容だからね」

「確かにそれはそうだが……」

「で、どうだったのだ?」

「――陛下は『あれには良い薬となったろう。迷惑をかける』と仰っていたよ」


 今夜、集まったのはアレンの処遇問題を話し合う為だ。

 四大公爵家の内、二家に深く関わり、かつあれ程の俊英――ここで喪うのは王国とって大きな損失。

 しかも、彼がいない王都にリディヤ嬢が留まるとは思えない。ティナ嬢やエリー嬢も学校卒業までだろう。他にも何人かは……。

 これから王国を数十年に渡って支えるだろう人材達を、愚か者(失敬)の阿呆な行動(聞いた時は呆れ返った)で逃す訳にはいかない。

 可愛い教え子だしね。昔のコネを使って掛け合う位は喜んでしよう。

 ――問題は


「ただ、本人が栄達を望んでいないからねぇ。王宮魔法士を受けたのも、リディヤ嬢を心配してのものだと思う」

「やはり。妻もそう言っていたが」

「――要は彼が王都に留まっていれば良いのだろう? 我がハワード家の家庭教師になるのだから当分問題はあるまい」

「君は貴族共の生態を知らなすぎる……冬眠し過ぎなんじゃないかね?」

「貴様も公爵を名乗る身。そういう事にも興味を持て。……家庭教師については後で話がある。継続とは聞いておらんぞ」

「むぅ。何が悪いのだ? この件は譲らん。彼には大きな借りがある」


 ――相変わらず脳筋寄り。

 心配になるけれど、グラハムが健在である限り小揺るぎもしまい。

 こういう単純さが愛すべきところでもあるし。


「彼は平民出身でありながら、圧倒的な実績で全てをねじ伏せてきたんだ。それが、思わぬ形で土がついた――これは大きい」

「しかも相手が相手。真実の公表も出来ぬ。何をするにしても不利だ」

「……ではどうする?」


 案はある――が、当の本人は嫌がるだろう。

 関係ないけどね。

 ははは、楽などさせんよ、アレン君。


「――陛下との非公式会談は取り付けてきたから、まずはそこからかな」

「同意する」

「同じくだ」

「あれ? 反論はないのかい?」

「最善だろう」

「……我が愛娘にあのような暴挙をそそのかした貴様だ。お優しい陛下との折衝など造作もあるまい。こんな奴がとはなっ!」

「ふふ、褒めても何も出ないよ?」

「褒めておらんわっ!!」


 ワルターがグラスを机に叩きつける。乱暴だなぁ。

 取り合えず当面の方針はこれで決定。

 さぁお酒を楽しむ――おや?

 リカルドが鞄から何を取り出している。宝珠?


「……それは?」

「頼まれていた物だ。むしろこれが今日の本題だろう。遂に覚悟を決めたか」

「……何の事かな?」

「お前の嫁候補だ。この短時間で集めるのは苦労したぞ」

「ごめん、何を言ってるか全く――」


 脳裏に浮かんだのは、アレンから来ていた恨み節の手紙。


『ある事ない事を広めないで下さい。僕にも考えがありますよ?』


 ま、まさか……


「アレンからそういう手紙が来ていたが? 知らないのか?」

「知らな」

「――教授は無論知っている。な? そうだよな? さぁ……じっくりと選ぼうじゃないか」


 ワ、ワルター! 君も一枚噛んでいるなっ!?

 ――よ、よもやこの僕が謀られるとは。

 ふ……ふふ……流石だ、アレン君。

 だが、僕は負けぬ。この程度の窮地、乗り切ってみせる!

 


 ――後日、数人と会う羽目になったことを報告しておく。

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