幕間ー1 リィネ・リンスター
「一体、どういうことよ!!!」
私の前で怒り狂っているのは、リディヤ姉様――王国四大公爵家にして南方を守護するリンスター家の長女です。数日前、王都から帰って来られました。
握り締められているお手紙は、確か王都から届いた物だった筈。
……アレン兄様からだとばっかり思っていたのですが。
「どうなされたんですか?」
「どうもこうもないわ! 何であいつが――アレンが王宮魔法士に落ちるのよ!!」
「えっ!?」
思わず、声が出てしまいました。
兄様は姉様の大事なお方(『た、単なる下僕よ!』と言いますけど)です。
同時に魔法のお師匠様でもあります。
リンスター家を象徴する極致級魔法『火焔鳥』を軽々と扱い、王国内屈指の魔法士である姉様が、「魔法で一度も勝ったことはない」と言うお方です。
……そういう人でも、王宮魔法士になれないのでしょうか?
姉様付きメイド長のアンナも首を傾げています。
「アレン様が王宮魔法士の試験に?」
「……教授が報せてきたわ」
「不思議な事もあるものですね――余りにも度が過ぎていますが」
「……どういう意味よ?」
姉様がアンナを睨みつけますが、迫力が全然ありません。
でも――確かに変。
「アレン様は不覚を取られる方ではございません。そして」
「姉様にお手紙をくれないなんて事はないと思います。何かご事情があられるんじゃないでしょうか?」
「流石リィネお嬢様! リディヤお嬢様よりもアレン様を理解されてますね」
「…………よ」
「ん? 何ですか。聞こえません」
「アレンを一番理解してるのは私よっ! 一番信じてるのも私!! 誰にも――幾らリィネだからって負けないんだからっ!!!」
「はい。姉様が一番です」
「リディヤお嬢様が一番でございます」
そう言うと、姉様は顔を真っ赤にして黙り込んでしまいました。
――我が姉ながら、どうしてこんなに可愛いんでしょうか。
アンナ、その映像は後で私にも。
「……アンナ」
「――承りました。事情を探って参ります」
「……まだ何も言ってないわよ」
「行かなくてよろしいので?」
「う……そ、それは」
「あの過保護なアレン様がお嬢様に一報を送ってこないのですよ? これは生半可な事ではありません。もしかしたら……」
「な、何よ?」
「何でもございません。私はこのままお嬢様達のお世話に専念を」
「な、何なのよ!? 言いなさないよ!」
「――愛想をつかれて新しい方と逃避行、では?」
アンナ、踏み込み過ぎです!
いきなり、部屋の温度が上がりました――姉様の目に光がありません。
「……億が一そうだったら――殺すわ。あいつも殺して私も死ぬ」
「毎度毎回思うのですが……いい加減、捕まえておけばよろしいのでは?」
「べ、別にそんなんじゃ……な、何回言ったら分かるのかしら?」
「はぁ……やれやれ、でございます」
「アンナ、私が気になるから行って来てくれない?」
「リィネお嬢様は少しお優し過ぎます」
「いいのよ。気になっているのは本当だから」
兄様が来られたら、王立学校の入学試験対策、と理由をつけて色々教えてもらうつもりだったのでしたし。
――そうでもないと中々お話しする機会が作れません。
「承りました。王都で事情を探って参ります」
「姉様、それでよろしいですよね?」
「え、ええ」
「では――」
そう言った瞬間にアンナの姿は掻き消えました。相変わらずの早業。
――姉様の忍耐力が持つ内に帰って来てほしいものです。
※※※
数日後、戻って来たアンナの報告は姉様と私に衝撃を与えました。
「……それは本当なの?」
「間違いございません。アレン様は、現在ハワード家にご滞在中とのことです。どうやら、公女殿下の家庭教師をお引き受けになられたようで」
「……リィネとアンナの予想が少しは当たっているみたいね」
姉様が深い溜め息をつかれました。
家庭教師をするなら、わざわざ北へ行く必要はありません。
春に王立学校の入学を控えた私がいます。断る理由は最初から皆無。
考えにくいですが――姉様と会われるのを躊躇われている?
アンナを見ると珍しく神妙な表情をしています。
「……申し上げるべきか迷いますが」
「何よ?」
「リディヤお嬢様にアレン様は勿体なさ過ぎる気がいたしますっ!!」
「なぁ!? ア、ア、アンナ! 今何を言ったか――」
「お嬢様が嘲笑されたから――それだけの理由で王宮魔法士を蹴られたんですよ? あのお方」
「……嘘でしょ?」
「本当でございます」
「――――――」
詳細を聞いた結果、疑問は氷解しました。
確かに、兄様の性格からすると姉様に理由を説明出来ないでしょう。
……アンナはまだ何か隠している気がしますが。本当に、姉様だけを対象としたものだったんでしょうか?
取り合えず――姉様、顔が緩み過ぎです。
「こほん――アンナ、ご苦労でした。私はこれから北へ」
「駄目でございます」
「駄目です」
「な、何でよ!」
「アレン様がお会いに来られるのを待つべきかと」
「会いに行かれたら優位を築けません」
「優位、ね……」
「そうでございます」
「そうです」
「――分かったわ。あいつが会うのを懇願してくるまで待つことにしましょう」
良かった。姉様だけ兄様に会いに行くなんてズルいですし。
これで私も兄様に甘える理由が出来ました。次にお会いするのは、春だと思いますが今からとっても楽しみです。
――私が会うことになったのは兄様だけではなく、あの忌々しいティナ・ハワードとエリーもそうだったのですけど……それはまた別のお話。
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