第23話 研究室にて 下
「アレン先輩、質問してもよろしいですか?」
ウィルの隣に座っている、肩までの極薄い翠と茶髪をした美少女――ヴァルが手を挙げた。
僕は頷く。
「勿論です。ああ、無理強いじゃありません。君達には素晴らしい才能があり、また進むべき路もある。一年間も付き合っていられない、と言うのなら」
「……違います。テト先輩を助けるのは喜んで。元々、最低でも三年間は大学校にいよう、と弟とユーリ、スセとは話していました。アレン先輩やリディヤ先輩と同じ三年間は続けよう、と」
テト達も幾分そうだったのだけれども、ヴァル、ウィルの二人は、僕とリディヤのしたことをなぞりたがる悪癖がある。
頬を掻き、注意。
「ヴァル……何度も言っていますが、僕達を真似する必要はありませんからね? 特にリディヤは真似しないように。あれよあれよ、で今やシェリル王女殿下付きの護衛官です。それとて、何時までのことやら……。流石にリンスター公爵家を継ぎはしないと思いますが、何処まで登っていくのかは見当もつきません」
「はい。分かっています。追いつけるなんて……考えたこともありませんし。私達は、アレン先輩とリディヤ先輩の御名を汚さぬよう、精一杯努力をする覚悟です」
「先輩、私も姉と同じ想いです」
「……ウィル、君もですか」
「主、主っ! 我も、我もっ、あぅっ!」
空中に浮かび上がった、スセの額を風弾で撃ち抜く。
涙目になった少女に勧告。
「……スセ、二度目ですよ? この部屋で、主呼びは?」
「は、はいっ! き、禁止ですっ! はいっ!! ……でも、あ、あたしも同じだからっ! らっ!! が、頑張るっ!!! 手始めに、悪魔とかとやり合えばいい??」
「…………テト、イェン、ギル、君達の後輩教育の失敗について、何か意見は?」
「混じりっけなしの冤罪だと思います!」「は、はっ……わ、我等の落ち度とは……その」「七割五分、アレン先輩のせいだと思うっすっ!」
僕は額を押さえつつ、アトラを撫で回す。膝上で「♪」はしゃぐ幼女。
……ギルめ。七割五分って、本気で言ってるな?
唯一人、残った最後の希望――眼鏡をかけ、穏やかな表情をした淡い橙髪をした少年。に話を振る。
「ユーリ、君なら分かってくれますよね?」
「はい、アレンさん。テト先輩の散財を止めつつ、ヴァル、ウィルのやり過ぎと、スセの暴走させず、研究室が軌道にのるよう、手を貸せば良いんですよね?」
「嗚呼……ユーリ、ありがとうございます」
思わず涙ぐみそうになる。
良かった……常識は、常識は死に絶えていなかった!
心底、ホッと、紅茶を飲もうとし――テトが温かい物を注いでくれる。
僕は謝意を示しつつ、魔女っ娘の帽子を何度か、ぽんぽん。
「と、いうわけです、テト。ああ、テト『博士』ですかね? 鋭意、努力を」
「…………先輩は鬼畜ですね。知ってましたけどっ。ええっ! 知ってましたけどっ!! 貴方にいただいた『星魔』の名に懸けて、テト・ティヘリナ、非才の身ではありますが、精一杯務めさせていただきます」
「よろしい。まぁ、無理せず、適度に頑張ってください。さて、ヴァル、お待たせしました。質問とは?」
「はい」
エルフとドワーフの混血である美少女が僕を見た。
そして、静かに口を開く。
「…………アレン先輩が『厄介事』と仰り、教授とアンコ様がかかりきりになる案件、私如きでは想像すら出来ません。出来ませんが」
ヴァルが凛とした視線を僕へぶつけてくる。
そこにあるのは――不退転の意思。
「『私達に関わるな』というのは、酷な物言いです……。ただでさえ、私達は一人一人が、貴方とリディヤ先輩に恩義が、返しようがない程の恩義があります」
「ヴァル、そう思ってくれるのは有難いですが、僕とリディヤは大したことをしていません。もし、君がそう思ってくれているのなら、その分をテトや後輩達へ」
「はい。……ですが、ですがっ! 私は……貴方様にも返したいのです……」
「アレンさん、これに関しては、僕も同意見です」
「……ユーリ」
眼鏡をかけた少年が背筋伸ばしたまま、僕へ微笑みかける。
やはり、そこにあるのは不退転。
スセが飛んで来て、僕の背中に回り込む。
「ある――……ア、アレン先輩の負けだと、思いますっ! ますっ!! あたし、結構、強くなりましたよ? 試してみます??」
「…………はぁ、スセ。喋りにくいなら、口調、今だけは戻していいです」
「流石は我の主♪ で――此度の相手は??」
「…………話せません。それで、察してほしいですね。話せば、さっきも言ったけれど、足抜けは出来ません。もっと言えば、死ぬかもしれない」
後輩達を本気で脅す。
こう言えば、幾ら度胸が据わっているこの子達とて怯むだろう。
けれども――テト達は『あ~あ……』という顔をし、魔女っ娘は帽子のつばを下ろした。ギルに至っては後ろを向いて肩を震わせている。……ほぉ。
ヴァル、ウィルの姉弟、そしてスセはきょとん。
「死ぬ」「ですか」「??? それがどうしたと言うのだ?」
「…………いや、少しは怖がりましょう。お願いですから」
「ふふ。アレンさ――こほん。先輩は面白いことを仰りますね」
「『死』が恐ろしくて、こんな研究室にい続けるのは無理でした」
「実際、何度も、生死の境を――……あ、駄目じゃ。身体が震えてきおる。凶鳥の、凶鳥の、羽ばたく音がぁ、音がぁぁっ!!! いやぁぁぁ!!!!」
悟った笑みを双子が浮かべ、半妖精の少女は辛い記憶を思い出したのか、空中でじたばた。
浮遊魔法と風魔法を併用してソファーへ降ろし、羽に興味を持ったらしいアトラをけしかける。
「よーし、アトラ。スセを捕まえておいておくれ」
「ん♪」
「!? あ、主っ! こ、この幼女に、何を、何をっ!」
あっさりとスセはアトラに捕まる。
僕は頬杖をつきながら、僕を除けば唯一の常識人であおるユーリに視線を向ける。
「……研究室で何かあった時、リディヤ先輩の折檻で何度も死にかけましたから。あと、それなりに修羅場も潜りました。半ば強制的に、ですが」
「…………」
無言で頭を下げる。
ああ、確かにこの子達へ『死』は脅し文句にならないのかもしれない。
でも、だからといって、巻き込むのはどうなのか。
出来うることならば、大人達と僕、そしてリディヤ、ギルで物事はどうにかしたいのだけれど……。
テトが帽子のつばを再度下ろした。真面目な声。
「――水都での戦闘で今回の相手の恐ろしさは、理解しました。確かに、命の危険がある相手なのでしょう。でも、だからこそ! ギルだけをそこに参加させる決定には賛成出来ません。私達の実力が『剣姫』リディヤ・リンスター公女殿下や、『
「……テト」
成長した後輩少女の姿に感動を覚える。
……あの、びくびくしていた子が、随分と成長したなぁ。
僕は微笑み、謝意を伝える。
「ありがとう。その言葉だけで十二分ですよ。勿論ですが、君達の実力は、特段ギルに劣っているわけじゃありません。が……ギルは『オルグレン』ですしね。ある程度の実績を上げないといけないんですよ。あと、単に僕の『楯』代わりです」
「あ、ひっでぇっすっねぇ!」
『………………』
ギルを除く後輩達は無言。アトラに抱きしめられているスセが「……主と、それは悪手じゃと思う」と呟く。
テトが、帽子のつばを更に下ろし、口を開いた。
「…………分かりました」
「良かった。テトならきっと理解してくれると、信じて」
「ええ! 分かりましたっ!! みんな、準備はいいですねっ!!!」
「「「「「「「承知っ!!!!!!!」」」」」」」
「!?」
テトの掛け声と共に、研究室の天井・壁・床に七つの魔法陣が浮かび上がった。
こ、これは……戦略軍用拘束式!?!! ま、まずいっ!!!
…………あれ?
今、声が一人多かったよう――天井にアンコさん特製の転移魔法陣が出現。刹那、クッションに頭を押し付けられる。
優しく、それでいて凄まじいまでの剛力。しまっ!
耳元に、女の子の甘えるような声。
「この時を、待っていたぜぇぇぇ。散々、散々……オレを外しやがってぇぇぇ!!! さぁ、魔女っ子先輩、始めようぜぇぇぇ。後輩裁判の開廷だぁぁぁ!!!!!」
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