第24話 後輩裁判
「……ゾイ、私と貴女は同期なので『先輩』呼びは止めてください」
「はんっ! オレはこれでも、礼儀正しいんだよ。魔女っ娘と、勇士様、わんこ殿下は、オレより、研究室入りが数週間早かったろうが? 敬ってんだよ」
僕の頭を押さえつける問題児は楽しそうにテトへと返答。
……相変わらずだ。半分は本気なんだよね、これ。
手を叩いて、外すよう訴える。
「あん? 外せって?? だーめだっ! 何しろ、あんたはオレを――っとっ!」
「!? あ、主……この幼女……」
後頭部の圧力がなくなり、スセの驚く声。
アトラが抱き着いてきて、瞳をうるうる。
僕は微笑み膝上に幼女を乗せ「大丈夫だよ」と頭を撫でる。
室内には、気張った拘束魔法陣が七重発動中。
ギルに視線を向けると両手を挙げ、肩を竦めた。オルグレン公爵殿下は傍観者らしい。
苦笑し、お揃いのローブ姿でフードを被り、椅子に座っている後輩五名を見渡す。
テトの後方にはニヤニヤしながら、唯一立っている、濃い赤茶髪を耳が隠れる位まで無造作に伸ばした少女が一人。スセは空中をふわふわ。
僕は魔女っ娘に問いかける。
「テト、こっちが本題ですか? アンコさんの闇魔法に……はぁ……問題児、こほん。失礼。ゾイまで動員するなんて……」
「あんっ!? 何だよぉ。オレの何処が、問題児だってんだっ! なぁ、これ、もう、有罪でいいんじゃねぇか?」
「ゾイが問題児なのは、否定しませんが、今は先輩に対する審議を優先します」
「……おい、魔女っ娘」
「何ですか? この前、水都に呼ばれなくて『…………オレ、もしかして、嫌われてんのか……?』と本気で凹んでいた、ゾイさん」
「うなっ! お、おまっ、そ、それは、秘密だってっ――ち、ちげーからなっ!」
ゾイがテトに喰ってかかり、ついでに僕を睨んできた。
軽く手を振り、後輩達へ話しかける。
「裁判にかけられるようなことはしていないつもりなんですが。あ! 教授を王都愛猫会に匿名で告発した件ですかね? あれは、仕方なかったんです」
「――先輩、誤魔化さないでください」
何時になく固い、テトの声。
イェン、ヴァル、ウィル、スセも厳しい表情。ユーリも普段とは異なり、少しばかり、怒っているようだ。
ゾイだけは未だニヤニヤ。スセは、難しい顔して浮遊中。
溜め息を吐き、先を促す。
「……僕にどうしろと?」
「決まっています。一言、命じてください。『手を貸せ』と。ギルだけに、深く関与させて、私達を出来る限り遠ざけようとされるのは――到底、納得出来ません」
「…………テト、今回の相手は厄介に過ぎる。僕とリディヤ、教授にアンコさん、更には、四大公爵家と王家すらも関与しているんだ。わざわざ、首を突っ込む必要はないよ。水都の一件で理解出来たろう? イェンも、黙ってないで君の御姫様を止めておくれ」
テトの左隣に座っている少年へ話を振る。
今いる後輩達の中で、この子は一番、人間として良識人。普段ならば、僕へ賛同してくれる――のだけれども。朗らかな笑み。
「申し訳ありません。同意しかねます」
「……騎士が姫を戦場に連れ出すのかい?」
「我が姫は勇猛な御方ですので」
「…………」
ここで、照れたりしてくれれば崩せるのだけれども……二人共、変化無し、か。
双子の姉弟が僕の機先を制する。一片の迷いもない、綺麗な笑み。
「アレン様」「貴方様は以前、私達、姉弟にこう仰られました」
「「『家族を守れ』と」」
「そして、私達は研究室のみんなを……貴方様のことを、その……『家族』だと、思っています」
「今までは守られてばかりでした。ですが! ですがっ!!」
「…………ヴァル、ウィル」
頬を掻き、困り果てる。
確かに、それに近いことは言った。……けどなぁ。
肩を震わせ、笑いを堪えているギルを睨みつつ、アトラの頭を撫で回すと、「♪」と嬉しそうだ。
…………ここは逃げるか。
「おっとっ! 逃がしやしねぇぜ? ま、これだけの拘束魔法だ。幾ら、あんたでも無理だろうがなぁ」
ソファーの後方にゾイが回り込む。細長い耳が刹那、見えた。その動きだけで魔力が煌めき、舞う。……無駄に速い。
肩に手を置かれる。
「今回ばかりは、あんたの負けじゃねーの? これ?」
「…………ゾイ、君は西方へお戻りよ。と言うか、此処に来てるのも、関係各所に伝えてあるんだろうね?」
「勿論、伝えてねー! 伝えたら、絶対に止められるからなっ! なっ? なっ?? いいだろっ! オレも混ぜてくれよっ!! あんたと、炎の姫さんが『厄介』なんて、形容する相手なんだっ!!! ま、知っちまった以上、あんたが何を言おうが、関わるけどなぁ。何せ――」
少女が、瞳を血の色に染め唇を舐める。
スセが口を挟む。
「あ、主よ……その……あのじゃな……。そこな幼女は……」
「本物の大魔法をぶった切れるかもしれねぇんだろう? そんな機会は逃せねぇっ!!! 暴れるぜぇぇぇ!!!!」
「………………へぇ。テト」
「!」
聞き捨てならない言葉だ。
僕は後輩の少女へ微笑みかける。
「……水都であったことを、ぺらぺら、と話したのかな?」
「は、話してませんっ!!! そ、その…………ゾイには、少しだけ話しましたけど、詳しくは……」
「魔女っ娘を責めるなよっ! オレだって、自分で情報を集めること位、あらーな」
空気を読まない少女が、軽口を叩く。
他の七名は顔を引き攣らせ、スセはテトの後方へ退避。ギルはクッションを抱え楯にしている。
僕はアトラの頭に手を置いたまま振り返り、少女の名前を呼ぶ。
「ゾイ」
「な、何だよ」
「僕の前に座ろうか」
「! は、はぁ? ど、どうして、んなことを」
「ゾイ・ゾルンホーヘェン、僕は命を下したが?」
「!?!! …………な、なんだよぉ、い、いきなり、こ、怖い顔、すんなよぉ…………」
激しく怯んだ王国西方の大貴族にして、エルフ族最古の家の一つ、ゾルンホーヘェン辺境伯が庶子である美少女は回り込み、椅子に腰かけた。
確認する。
「ゾイ。大魔法の話、誰から聞いたのかな?」
「…………う、うちの、親父から、だけど」
「ふむ。で?」
「で、って……だ、だから、オ、オレも参加したいなって……」
「ゾイ」
僕は左手でアトラを抱え、右手を動かし
『!?!!!』
七つの戦略拘束魔法陣を崩壊させる。テト達の顔が驚愕に染まる。
聖霊教から喰らった拘束式に比べたら、この程度、玩具みたいなものだ。多少は僕も成長している。
立ち上がり、ゾイへ淡々と通告。
「君の親父殿が、君に何を吹き込んだのかは知らない。調べる気もない。けれど」
「…………」
顔面を蒼白にし、カタカタ、と震えている問題児の肩に手を置き、問う。
「『私は先祖に恥じない戦士になりたいんだ!』と、研究室に入る際、僕へ言った、君自身の言葉は、嘘だったのかな?」
ゾイが椅子を倒しつつ、立ち上がる。
「う、嘘なんかじゃっ!」
「なら、力に任せ、考えなしに暴れようとするのをいい加減、止めようか。『本物の大魔法を斬る』。それは、つまるところ――」
エルフ、ドワーフ、人、竜人――獣人を除く、ありとあらゆる種族の血が混ざりあい、同時にカレンと同じ『先祖返り』でもある、美少女の後ろ髪に触れる。
「『僕を斬る』ということと同義なのだけれど。……君は僕の敵になるのかな?」
「!?!!!! ち、違うっ!!!! わ、私は、私は、ただ、あんたの役に立ちたくて――……それで…………うぅぅ……」
ゾイは綺麗な瞳を大きく見開き、へなへな、と床に座り込み、じわぁ、と大粒の涙を溜め、何度も何度も首を振る。……まったく。
傍観を決め込んでいた、ギルが助け船を出す。
「あーあー……アレン先輩。そこらへんで……」
僕は後輩達へ指示を伝える。
「ギル、ゾイは君の下につける。テト、ヴァル、ウィルは王都で研究室と後方担当だ。事情は全て教えるよ。さっきも言ったけど、足抜けは出来ない、各自、覚悟をしておくように」
「! ア、アレン先輩!? お、俺に、コノハを説得しろ、と!?!!!」「…………い、いいの、か?」
「……分かりました」「はい」「了解しました」
ギルが器用にソファーから跳び上がり、ゾイが顔を上げる。『コノハ』というのは、ギルの専属メイド兼護衛さんで――ギルに近づく異性を好まない。
なお、ゾイは、外見だけを見ると、掛け値無しに美少女である。
テトは少しだけ不満気。ヴァル、ウィルは素直に微笑む。
浮遊魔法でゾイを浮かせ、ソファーへ。右手で頭をぽんぽん。表情を明るくし、少女は両手で僕の手を取り、自分の頭をこすり付ける。
「イェン、ユーリも基本は王都だ。場合によっては、連絡役になってもらう」
「心得ました」「はい。ありがとうございます」
「主! 主!! 我、我は!!!」
「スセ、君は――『最後の切り札』だ」
「! ふふ……ふふふ……我は『最後の切り札』か。そうかそうか~♪」
半妖精の少女は、ふわふわ、と研究室内を飛び回る。
……この子にはもう少し世間を教えないと、すぐに騙されるだろうしなぁ。
ゾイの頭から手を外し、少女の額を指で打つ。
「いってっ!」
「御仕置きだ。あんまり、ギルを困らせないようにね。テト、もういいかな?」
「…………納得はしません。けど、まぁ、いいです」
「良し。詳細は後で教授かアンコさんに託すよ。ああ、そうだ、ユーリ、こっちへ」
「? はい」
眼鏡をかけた少年が近づいて来たので、指で額を打ち、耳元で囁く
「!」
「(――あんまり、皆を焚き付けないように。『裏』の話は君へ回す。今度からは素直に言いなよ?)」
「(…………はい。すいませんでした)」
少しだけ照れた少年へ片目を瞑る。
後輩達を見渡す。
「では、みんな――これからもよろしく。くれぐれも無理無茶はしないように!」
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