第22話 研究室にて 上

 王都、大学校『竜魔』の塔。

 教授を筆頭に、王国内の奇才、異才だけが研究室を持つことを許される魔窟中の魔窟。

 オルグレンの叛乱において、大学校もまた占領下におかれ、学内には荒らされた痕が残っているものの、この塔だけは無傷。

 おそらく『得体が知れない』と思われ、踏み入れなかったのだろう。正解。

 そんなことを思いながら、僕は、教授の研究室内に置かれたソファーに腰かけ、魔女っ娘後輩が淹れてくれた紅茶を飲み、御茶菓子で口元を汚しているアトラを拭きながら、わざわざお揃いのローブ姿になり、椅子を丸くし議論している数名の後輩達へ見やる。

 先程から、延々と内緒話中なのだ。


「で? テト、これは何の騒ぎなのかな? 『来てくださいっ!』と連絡があったから、来たんだよ? まぁ、リディヤ達もみんな各自の家に一旦、戻っているから良いけれど……それでも、早めに王宮へ戻らないと、僕の命が危ういんだけどな」

「先輩は少し黙っていてください! 現在、今後のことを協議中です!!」

「ふむ。なら、黙っていようか。後で僕も話があるんだ。でも、先に一つだけ。紅茶、美味しいよ。ありがとう。珍しい種類の物だね?」

「あ、良かったです♪ この前、イェンと、西方の奥地を一緒に旅行した時――……」「テト!?」

「――だ、そうだよ? 君達」

『判決は……その話、詳しく!!!!』


 僕の一期下の後輩である、テト・ティヘリナとイェン・チェッカーへ、男女二名ずつ、計四名の後輩達が詰め寄る。

 優しそうな人族の少年と、彫刻の如き美貌のエルフ族とドワーフ族の双子。そして……王都でも滅多に見ることはない、少数民族中の少数民族である半妖精族。

 ――本来はいる筈の後輩達が幾人かいない。

 巻き込まれた、という話は聞いていないので、未だ故郷に留まっている子達もいるのだろう。これだけの事があった後なのだし、その判断も当然か。

 テト達と同期のギル・オルグレンが苦笑し、僕の前のソファーへ座る。


「あっちは長くなりそうなんで――アレン先輩、お疲れ様っす! 昨晩は楽しんだんすか?」

「…………疲れたよ。ああ、疲れたよ。教授の気持ちが良く分かる。当分は、休暇を取りたいね。ギル、老公の容体はどうだい?」

「……命はともかく、王国の御役には立てないと思うっす。うちの家自体も」

「残るよ、大丈夫さ。何なら、僕の功績と引き換えでいい。と言うか、そっくり貰ってくれないかな? ほら? 『水都を救った功績大』とかでさ。…………僕の件、君も一枚噛んでるんだろ?」

「――……そ、そ、総意っすよ! お、お、俺だけじゃないっすっ!!」


 目の前で、ギルが慌てた様子で否定。

 僕は紅茶を飲みつつ、ジト目。


「……あのねぇ。僕みたいな凡百な男に、過大なモノを背負わすなよ。仕方ないから、受けはするけど、その後は原則として廃止。もしくは、権力を分散して君達に引き継いでもらうから、そのつもりでいるように。テトは新研究室持ちになって、イェンは近衛に強制的編入になるだろうから――実質の長は君になるだろうね、ギル」

「!? ア、アレン先輩、そ、そ、そ、それは流石に……」

「ほぉ……テト先輩が研究室持ちになるのか! それは目出度き事。我が主よ、我にも、御茶菓子を取っていただき、痛っあぁぁ!」


 背中の薄い羽を広げ、近くに飛んで来た半妖精族の小柄な少女――僕の二期下の後輩、スセ・クレンビシーの額を風弾で強めに撃つ。

 額を押さえ、後輩の少女はソファーに落下。ゴロゴロと転がり、呻く。

 半泣きになりつつ、僕へ抗議。


「あ、主よ、ひ、酷いのではないか? ひ、久しぶりにあった、可愛い可愛い我に対して、あんまりだと思うのだが!?」

「クレンビシーさんは、久しぶりに会わないと、ここでの規則すらも忘れたみたいだね?」


 僕はティナよりも更に小柄な、淡い金銀髪の少女へ微笑。

 スセは蒼褪め、浮き上がりながら、首をぶんぶん。 


「! ……わ、忘れてないっ! ない、ですっ!! 『研究室内で、主呼び等々は禁止!』です!!」

「本当に覚えているのかなぁ? 信じられないなぁ」

「うぅ…………ある――ア、アレン先輩、は、非道だと思うのが……。し、しかも、いきなりの幼女連れ……い、いったい何があったと??? そこらへんの見解やいかん、ギル先輩!」

「アレン先輩が非道なのには同意するっすけど、スセも懲りないっすねぇ……。ああ、先輩、水都であったことと、その子の話はしてもいいんすか?」


 ギルが苦笑しつつ、尋ねてくる。

 アトラが『わたし?』と顔を上げ、きょとん。

 僕は幼女を膝上に載せ、頭を撫でる。


「いいけど――聞いたら、後戻りは出来ないし、途中で足抜けも出来ない。止めておいた方がいいね。ユーリ、ヴァルとウィルも同様です。テトとイェンも忙しくなるだろうし、以後は出来る限り関わらないように。ああ、ギルは別だ。きりきり、と働いてもらう」

「うへぇ。ひっどい、先輩っすねぇ」

『………………』


 そう言いながらも、やけに嬉しそうなオルグレンの暫定公爵殿下。功績を立てさせて、汚名を返上させてやらないと。 

 残りの後輩達は僕をじっと見て、不満気。

 次々と目の前のソファーに座り直し、無言で紅茶を淹れていく。

 僕はそんな後輩達へ話しかける。


「取り合えず――みんな、無事で何よりです。他の子達も、巻き込まれた子はいないようですね。ああ、教授とアンコさんも御無事です。教授は、これから戦後処理で半死になると思うので、研究室の運営は、テト、イェンが中心になって行うように」

「は、はい!」「はっ!」

「ユーリ、ヴァル、ウィル。テトの仕事ぶりをよくよく見ておいてくださいね? 来期は君達の仕事です」

「分かりました」「はーい」「先輩、テト先輩が研究室を持つ、というのは?」「わ、我の名前がないのだがっ!?」


 恐ろしく整った顔立ちの美少年――エルフとドワーフの混血であり、極薄い翠と茶髪のウィル・ウークースが質問してきた。

 僕は首肯。


「ええ。テトは来期、自分の研究室を持ちます。これは、決定事項です。ほら……テトに、魔道具屋なんてさせたら、こだわりに拘りぬいた挙句、お店を一ヶ月……ああ、いや、その前に実験とかで潰すのは目に見えているでしょう?」

「なるほど。確かにそうですね」

「先輩!? ウ、ウィルまでっ! わ、私、の、さ、ささやかな夢を否定するんですかっ!?」

「テト、人には、向き不向きがあるんです。イェン、良いですね?」

「異論ありません!」

「イェン!? わ、私を裏切るのっ! あ、明日の朝食は卵焼き抜きですっっ!!」

「むぅ……それは困るが……」

「あ~はいはい。惚気は後程で。さて――ユーリ、ウィル、ヴィル、スセ、少し真面目な話をしましょうか」

『――はい!』


 可愛い後輩四人の背筋が伸びる。

 僕は紅茶のカップを置き、お願い。


「現状、僕とリディヤは少しばかり……厄介事に巻き込まれています。そして、これは教授やアンコさんも同様です。ギルには、さっきも話した通り、僕等の手助けをしてもらうつもりです。手早く片付けられればいいですが、出来なかった場合、教授の研究室は今期で終わりになる可能性が高いです。ああ、君達のことや、もう一期下のやんちゃ共のことは心配していません。みんな既に、十二分に大学校を卒業出来る実力があります。次の路へ進んでも大丈夫、と僕が太鼓判を押します。ただ……出来ることなら、テトの研究室を一年間、助けてあげてほしいんです。ほら? 何しろ、この子、誰に似たのか、無理無茶をしがちでしょう? 先輩としては、心配でしょうがないんですよ」 

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