第21話 引っ越し準備

 翌朝、王宮奥の庭。

 朝食を食べ終えた僕は御嬢様方に捕まっていた。

 中央の椅子に座る紅髪の公女殿下が眼光鋭く、告げてくる。

 なお、膝上には幼女なリア。可愛い。


「さて、始めましょうか。昨晩の続きよ」

「……続きって、何さ? 昨日も最後の最後まで、付き合っただろ? あれだけ、飲んでけろりとしているのはどうかと思うよ?」

「あ、あんたも飲んだでしょうっ! い、一番飲んだのはリリーよっ!!」

「昨日のワイン~美味しかったですぅ~☆ フェリシア御嬢様、商会で扱われてはぁ~?」

「あれ、西方産の中々、市場に出回らないやつです。まだ、西の品は――……アレンさん★」

「……フェリシア、そんな顔をしても無駄ですからね? レティシア様と交渉はしません。リディヤ、シェリルが逃げようとしているよ?」


 僕を犠牲に差し出し、自らは逃走を図ろうとしている王女殿下を見咎め、容赦なく売る。

 シェリルが目を見開き、叫ぶ。


「ア、ア、アレン!? 世界で一番、貴方と通じ合っていて、これからは、上司になる、私を売るのっ!?」

「ハハハ。御戯れを、シェリル・ウェインライト王女殿下。ほら、余所見をしていると、ちょっと大変ですよ?」

「っっ!?」


 ステラ、カレン、それにティナとリィネの四人がシェリルを捕獲にかかる。

 対して、王女殿下は光魔法を次々と発動させながら、全力で逃走を開始。

 足下で、アトラの枕代わりになっているシフォンが『僕もさんかします?』と小首を傾げてきたので、頭を撫でて「大丈夫だよ。あれは、遊んでいるだけだからね」と教えておく。


「ア、アレンっ!!! こ、こ、この子達、ち、ちょっと、尋常じゃ、っ!?」

「カレン!」「ステラ! 速さを上げますよっ! ティナ、リィネ!!」

「はいっ!」「いきますっ!」


 王立学校の生徒会長と副生徒会長が、素晴らしい連携でシェリルを追いこみ、後方からは、ティナとリィネが発動した、無数の氷弾と炎弾が襲いかかる。

 後衛な筈、かつ徒手で、あの二人相手に接近戦をしつつ、ティナとリィネの弾幕とも言える魔法の速射を凌ぎ続ける、同期生。

 ……う~ん、凄まじい。

 呆れかえりつつも、リディヤとフェリシアへ視線を戻す。


「で? 本題は?」

「分かっているとは思うけど――あんたの立場は変化したわ。爵位こそなくても、ね」

「それに伴い、王都下町の下宿先に住み続けるのは難しくなると思います。なので★」

「お引越しの季節ですね~♪」


 悪い笑顔を浮かべながら、リリーさんが王都の地図をテーブルに投映した。

 幾つか色が付いている。

 僕はざっと、目を通し――テーブルに肘を付け、頬杖をつく。


「…………いや、今の下宿先で良いと」

「ダメ」「ダメですね」「アレン様の発言権はないですぅ~」

「……候補先は?」

「第一候補。リンスター家の屋敷」


 リディヤが真っ先に発言。

 僕は首を振る。


「駄目だ。幾ら周知の事実であっても、リンスター公爵家と僕の繋がりは『公』のものじゃない。そういう隙は見せるべきじゃないと思う」

「『公』にすればいいじゃないっ! ぐ、具体的には――……そ、その……わ、私と、婚」

「はい、はい~。アレン様が私と婚約すれば解決すると思いますぅ~♪」

「……………………リリー、どうやら、久方ぶりに私と本気の訓練をしたいようね?」

「あーはいはい。リディヤ、落ち着いて。リリーさん、茶化し過ぎないでください。次は止めませんよ? あれ? それとも、メイドさんになるのは止めたんですか?」

「! や、止めてません!!」

「なら……御実家の名前を出すのは如何なものかと……。メイド服は当面、お預けですね」

「うぐぅ~! ア、アレン様は酷い人ですぅぅ~」


 リディヤを撫でつつ、椅子に座りながらじたばたするリリーさんを無視し、フェリシアへ目で先を促す。

 肩を竦めながら、眼鏡少女が地図に手を伸ばした。

 眼前奥では、依然としてシェリルが「きゃー! きゃーっ!! ち、ちょっと、ア、アレン、助け」。元気なようだ。当分、大丈夫だろう。

 フェリシアが淡々と候補に触れていく。


「同じ理由で、ハワード公爵家も除外出来ます。オルグレン公爵家からも、屋敷を提供をする、との申し出が来ていますが……叛乱を起こした側と接触するのは、何かと騒がしいかな、と」

「道理ですね。いっそ、アレン商会で使っている建物の一室にしましょうか」

「わ、私は、その案を押します! そうすれば、エマさん達もいますし……早朝、一緒にお仕事出来ますし……」

「獣耳メイド服を着て?」

「ア、アレンさんが執事服を着て、ですっ!」

「――……話を戻して良いかしら?」

「! は、はい……」


 リディヤが怖い笑みを浮かべ、フェリシアを威嚇。大人げない。

 僕は溜め息を吐きつつ、腐れ縁の頭を撫で続ける。

 頭の上と右肩に重み。何時の間にやら、幼獣の姿になったリアとアトラが乗っかっていた。面白そうに地図を眺めているようだ。 

 

「……リンスター、ハワード、オルグレン関連の御屋敷、商会の建物も駄目。目星はついてるのかい?」

「……ええ」「大浴場内で紛糾しましたけど、みんな納得しています。シェリル王女殿下以外は」


 リディヤとフェリシアが頷いた。

 リリーさんが立ち上がり、地図の縮尺を変え――王都の西側へ焦点を当てる。

 僕達がよく使う、水色屋根近くの一角が淡い紅に染まっている。……とても、広い。眼鏡少女へジト目を向ける。


「……フェリシア」

「くふふ♪ 商会が大きくなったことを考えて、物件自体は前々から押さえておいたんです。ここなら、王立学校や大学校、商会の建物にも近いですし、学校長と、教授様との連携も取りやすいと思います」

「い、いやでも……僕じゃ到底、維持が」

「もう買ったわ。名義は私で」

「…………お、お家賃が払え」

「ただでいいわよ」


 何でもないようにリディヤが告げて来る。

 その瞳には嗜虐。

 ……嫌な予感しかしない。

 僕は奥の戦況を確認。

 ステラとカレンが、シェリルに剣と雷槍を突き付けている。 


「シェリル王女殿下、抜け駆けは大罪です」

「兄さんは、リディヤさんとは違った意味で、貴女様のことを気にかけています。……危険です!」


 ティナとリィネが、先輩二人の後方で『氷雪狼』と『火焔鳥』を準備中。


「私、知ってますっ! 昨晩のシェリル様みたいな人を、抜け駆け猫って言うんですっ!」

「ティナ、それを言うなら泥棒猫です。……どっちみち、ここで叩いておくことに違いはありませんが」

「くっ! ア、アレン! そ、そろそろ、助けてほしいかなって思うのだけれど……た、助けてくれたら、王宮に住んでもいいわよ?」

「みんな、やっちゃっていいですよ」

『はいっ!』「ア、アレン!?」


 同期生の悲鳴を聞きながら、自分自身の額を押さえる。

 ……どうして、僕の傍にはこういう女の子達しかいないのか!

 頭の上で立ち上がり、図に手を伸ばしているリアを抱きかかえつつ、リディヤへ確認。


「で? 家賃無料分、僕に何をさせる気なのさ?」

「え? そ、そんなの――……こ、こ、こんな所で言えるわけないでしょうっ!」

「そうですよぉ~。あ、でもぉ、大丈夫ですぅ~。その時は、私も一緒ですしぃ~?」

「は、はぁっ!? リ、リリー! わ、私、そ、そんな話、聞いてないわよっ!?」

「あれぇ~? 言ってませんでしたっけぇ?」

「言ってないっ!!!」


 リディヤが従姉に食って掛かる。

 …………。

 リリーさんが大炸裂性魔法を放り込んできたような気がするも、気にしたら負けだろう、うん。

 眼鏡少女へ視線を向ける。


「この話……僕の意思と関係なく、本決まりですよね?」

「はい♪ 御部屋の数がとても多いので、問題なく」

「? 部屋の数は気にしなくても――……フェリシア、あえて、あえて、聞きますが、この引越し先には誰が住むことを想定しているんですか?」

「くふふ……大丈夫ですよ。アレンさんとアトラちゃんだけです。基本的には」

「……『基本的』には、ですか。なるほど」

「はい、『基本的』には、です」


 アレン商会筆頭番頭さんは、眼鏡を妖しく光らせている。

 僕は今日何度目かの溜め息を吐き、両手を掲げた。


「…………分かりました。指示通りに。取り合えず、フェリシアには当分、獣耳に尻尾付きのメイド服を着て、仕事をしてもらいます、ええ!」

「!? ア、ア、アレンさん!?」

「これは決定事項です。異議は認めません。……リディヤ、リリーさんも。泊まりに来る時は、覚悟しておくように!」

「「! ……は、はい……」」


 リンスターの御嬢様二人は、動揺するフェリシアとは正反対に、何故か頬を染め、恥ずかしそうに俯いてしまった。調子が狂うなぁ。

 眼前では、シェリルが最後の抵抗中。戦況は著しく劣勢。

 まぁ……じゃれ合いだと少し厳しいだろう。あの王女殿下は優し過ぎる。


 それでも――実戦ならば、まだまだ、同期生圧勝で終わってしまうのだけれども。

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