第20話 恋話

「――……で、何が目的なんだい? シェリル」


 夕食が終わり、王宮内に用意された自室を『え? 私、最初から此処にいましたけど?』の体で寛いでいる王女殿下へ僕はジト目を向けた。

 併設されている大きなお風呂に入ったらしく、寝間着姿。髪の毛はまだ濡れている。

 足下には一足早く乾かされ、ブラシをかけ終え、綺麗になったシフォン。

 濡れるのは余り好きではないようで、さっきまで尻尾を丸めていたのだけれども、既にお腹を見せて『もっと、もっと、ブラシを~』な体勢。

 同期生は手を合わせ、にっこり。


「え? そんなの決まっているじゃない。ぬ・け・が・け☆よ? 個室にお風呂があることを知らないのが、あの子達の敗因ね! さ、アレン、私の髪を」

「アレン」「リアもぉ~リアもぉ~」


 髪を濡らしたままの、幼女二人が浴室から飛び出して来た。

 浮遊魔法をかけつつ受け止め、タオルで髪を拭いてやる。


「こーら。ちゃんと拭かなきゃダメだよ?」

「「♪」」


 幼女達がはしゃぎ、笑う。

 椅子に降ろし――アトラ、リアの隣に、ちょこんと座った王女殿下を、僕は冷たくたしなめる。


「……シェリルは自分で乾かそうね?」

「酷いっ! アレンは何時も、何時もそうだわっ! 学生時代も、リディヤばっ~かりっ、甘やかして、私には厳しくてっ! そんなの、今時、流行らないのよっ!?」

「はいはい。アトラ、リア、動かないの」

「「♪」」


 風魔法で幼女二人の髪を乾かしていると、くすぐったいのか身体を左右にくねらせる。

 その隣では、頬を膨らまし振り返った同期生の美少女が、むす~っとしている。

 ……まったく、困った王女様だ。

 僕は溜め息を吐き、温風を生み出してシェリルの髪を乾かし始める。


「わっ!」

「動かないの」

「めっ」「リア、動かない。獣耳と尻尾もある。勝ち?」


 いきなりの温風に驚いたシェリルが大きく動いたのを、アトラとリアが注意。

 予備のブラシも出して浮かし、順番に髪を梳いていく。

 足下のシフォンは律儀に待機中。後でね。

 シェリルが足をぶらぶらさせながら、くすくす、笑う。


「……ふふ~♪ アレンって、何だかんだ、ほんとーに、甘々よね?」

「……シェリル、今すぐ止めてもいんだよ?」   

「いーや☆ 忘れたの? 貴方、王宮で私を逃して、無理無茶したのよ? リディヤだったら、きっと、躊躇せずに連れて行ったわよね??」

「…………」


 それを言われると、何も言えない。

 アトラとリアの髪を乾かし終えて、二人を抱き上げ、ベッドに優しく放り投げる。


「♪」「アレン、アレン。ふかふか。ふかふか」

「はしゃぐと、髪がまた乱れちゃうからねー? さ、お休み。シフォン、よろしく」


 ブランケットをかけ、幼女二人の頭を優しく撫で、白犬を子守りに任命。

 『は~い』とシフォンがベッドに飛び乗り、幼女達の近くで丸くなる。。

 アトラとリアは、もふもふな白犬に埋もれ――すぐに、寝息が零れ始めた。

 僕はブラシを手に取り、王女殿下の後ろへ。

 光り輝く、金髪を手に取る。


「それじゃ、梳くね」

「…………はい」


 シェリルは少しだけ恥ずかしそうに、それでいて心底嬉しそうに俯いた。

 ――お互い無言。

 考えて見れば、こんな風に二人で時間を過ごすのは王立学校以来? かもしれない。

 同期生の少女が口を開いた。


「――……ねぇ、アレン」

「んー?」

「どうして――……何時も、何時も、私を連れて行ってはくれないの?」


 静かな、けれど、強い問いかけ。

 髪を梳く手を止め、少しばかり考え、答える。


「君は王女殿下だからね」

「…………そういう答えを求めてないわ。リディヤだって、王位継承権を持っているのよ? あの子の順位は」


 僕はシェリルの言葉を遮り、返答。


「あいつは止めても来ちゃうんだよ。たとえ、それが……どんな死戦場であっても。四年間かけて矯正しようとしたけど、無理だった。もう、あの性格は変わらないんじゃないかな? なら、一緒にいた方がいいだろ? でも、君は違うよね?」

「――……アレンのバカ。いじわる。いじめっこ」

「他の子達には反論するけど、君がそう言うのなら、甘んじて受けるよ」

「……そうやって、やさしくもしないで」

「それは無理かなぁ。だって、ほら? 数少ない同期生だし? これからは、上官になるわけだし? ……あ、でも、良い機会だし、今後はもっと堅苦しく」

「…………したら、貴方の功績を全部、諸外国にばらすわ。ええ! それで、貴方を強制的に偉くするからっ!! 今回の件で、国庫には、広い広い東方領土も入ったことだしねっ! ねっ!!!」

「ハハハ、御戯れを。シェリル・ウェインライト王女殿下。――良し、完成。夜だし、結ばないよ?」

「――うん」


 髪を梳き終わり僕は椅子に腰かける。

 丸テーブルの上にはワインの見慣れぬボトル。明らかに良品だ。

 でも、今晩は止めておこうかな?

 そう思っていると、シェリルは器用に白ワインを開けグラスを取り、注ぐと、テーブルの上を滑らしてきた。


「……リディヤや、南都ではステラともこうやって飲んだんでしょう? 物事は公平であるべきだと思うわ」

「……本当に困った王女殿下だなぁ」


 ボトルを手に取りグラスへ注ぎ、シェリルの前に滑らす。

 グラスを手に取り、少しだけ合わせ、微笑む。


「未来の女王陛下に乾杯」

「救国の大英雄様に乾杯」


 一口飲む。……とんでもなく良いワインだ。今後、飲めるとは思えない。

 僕は肩を竦め、苦笑。


「酷いなぁ。僕の何処が英雄なのさ」

「貴方は学生時代から英雄だったわ。少なくとも、リディヤと私にとっては」

「荷が勝ち過ぎていると思うな。僕からすれば、リディヤと君に王立学校で出会えたことは、父さんと母さんに拾われたことと、カレンが僕の妹になったことと並ぶ位に、幸運な出来事だったよ。そこで、幸運を使い果たしたらしくて、以後は苦労の連続だけど」

「…………貴方は何時もそうだわ。何時も、何時も、リディヤの名前を先に出す! アレン」

「な、何だい?」


 目が据わらせた王女殿下は、椅子を動かし、僕に近づいて来た。

 ――ふわり、と良い香り。

 シェリルは、身体の発育が良いのであまり近寄られると、少しばかり困る。


「シェリル・ウェインライトとして、直属調査官の貴方へ命じます。如何なる手段を用いても構わない。過去へ戻る魔法を見つけてきなさいっ!」

「そ、それは流石に無理……だ、第一、そんな魔法を見つけてどうするのさっ!?」

「きまっているじゃないっ!」


 僕の胸元へ華奢で真っ白な手を伸ばし、掴む。頬は真っ赤。

 …………もしかして、もう酔った!?


「リディヤがあなたとであうまえにとんで、私が貴方の、あなたのいちばん――……」

「シェリル?」 


 美少女の頭が僕の肩にぶつかる。

 規則正しい寝息。

 ……今後は、この子にお酒を飲ますのは禁止だな、うん。

 さて、と。

 僕はそのまま振り返り、弁明。


「リディヤ、待とう」

「……何がかしら?」


 入口にいたのは、水滴がついた紅髪の美少女。

 綺麗な笑みを浮かべ、その右手には寝間着姿に似つかわしくない剣。

 更には、続々と近づく魔力が多数。

 ……是非もなし。

 僕はすやすや、それでいて幸せそうに眠っている王女殿下の頭をぽん、と叩き、来るべき嵐に備えるのだった。

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