公女SS『初めての逢引』中

「相変わらず……大きな御屋敷だなぁ」


 奥にそびえているのはリンスター公爵家の屋敷。

 重厚な金属製の正門前で僕は思わず零した。


『アレン様、おはようございます♪ 端的に御用件をば。リディヤ御嬢様はおねむでございまして……申し訳ありませんが、御屋敷までお越し願えませんでしょうか? 奥様も御顔を見られたいと仰っておられます☆』


 いきなり、リンスターのメイド長のアンナ様が下宿先に来られた時は驚いた。

 本当は『王都の大噴水前で待ち合わせ。……遅れたら斬るわよ?』と散々言っていたのは、あの公女殿下なのだけれど、本人が寝ていてかつリサ・リンスター公爵夫人にそう言われたら是非もない。

 母さんの教えにもある。アレン、女の子には優しくね。

 問題は……


「どうやって、中へ入ろう?」


 考えてみると、リンスターの御屋敷に出入りする際は常にあの紅髪の公女殿下と一緒だった。その為、きちんとした入り方を僕は知らない。

 ……あれ? もしかして、入れない??


 僕は狼族の養子で『姓無し』。

 リディヤは王国四大公爵家の一角、リンスター家長女。


 本来、関わることすらない間柄。

 王立学校内は表向きこそ『身分差無し』を示しているものの、世の中はそんなに甘くないわけで……。

 でも、約束したしなぁ。

 普段は凛としているのに、ああ見えてリディヤは打たれ弱い。


『御屋敷前までは行ったんだけど、入れなくて……』


 駄目だ。命が危うい。

 あの御嬢様、何故だか僕に対しては一切の遠慮なく剣を振るってくるのだ。どうにかして、起こしに行かないと。

 腕組みをして考え込んでいると、くすくす、と笑い声が聞こえた。


「アレン様、どうかされましたか? 正門前でそのように難しい御顔を……はい、此方に視線をお願い致します☆」

「! ……アンナ様」


 一切の気配なく、僕の後方に現れたのは栗茶髪のメイド長さんだった。手には高価で知られる映像宝珠を持っている。

 相変わらず神出鬼没だ。

 振り返り、口を開こうとすると詰め寄られて鼻先に指を突き付けられた。


「ア・レ・ンさまぁ……? 今、聞き慣れぬ単語が聞こえたのですがぁ?」

「う……ア、アンナさん…………」

「はい♪ 良く言えました☆」

「うぅ……」


 威圧感に屈し、僕は呼び方を変更。メイド長さんに頭を優しく撫でられる。

 公爵夫人もそうだけれど『様』付けをすると、こうやって訂正されるのだ。未だに慣れない。

 僕から離れたアンナさんが正門に手を触れると、ゆっくりと開いていく。

 優雅に振替り、唇に指をあてながら一言。


「さ、どうぞ此方へ♪ リディヤ御嬢様は未だすやすやですので、魔力を★」

「……了解です」


 どうやら驚かせたいらしい。

 自分の魔力を感知されないように遮断。

 メイド長さんが両手を合わせ、喜ぶ。


「流石でございます♪ きっと、リディヤ御嬢様もお喜びになると確信致します☆」

「……もしかして、僕が起こしに行くんですか? 斬られそうなんですけど」

「殿方の甲斐性でございます☆ 受け止めてくださいまし♪」

「…………善処します」


 僕は瞑目し、正門を潜り抜けた。


※※※


 屋敷までの路をアンナさんとお喋りしながら進んで行く。

 仕事中のリンスターのメイドさん達に、都度会釈。約一ヶ月間、御屋敷に滞在させてもらっていたので見知った人も多くて嬉しくなる。


「うふふ♪ アレン様はうちのメイド達にも大変な人気なのですよ?」

「は、はぁ」


 生返事。そう言われても困ってしまう。

 特段、変わったことをしたつもりもないし……。

 そうこうしている内に、巨大な御屋敷が見えてきた。

 玄関脇に立っている二人のメイドさんが玄関を音を立てないよう開いていく。

 アンナさんが悪戯っ子の表情になった。


「では、此処から先は御独りでお願い致します♪ その後は内庭にお越し下さい。奥様が一緒にお茶をと仰せでございました」

「……はい」


 どうやら、本気で僕はリディヤ・リンスター公女殿下を起こしに行かないといけないらしい。

 東都にいる妹のカレンには『王都であったことは全部教えて欲しいですっ!』と言われているけれど、これは手紙に書けないかもなぁ……。

 僕は頬を掻き、歩を進めた。まぁ、妹で慣れているしどうにかなるだろう。

 意を決した僕の背中へ、アンナ様の言葉が投げかけられる。


「一点、伝えそびれておりました。リディヤ御嬢様の御部屋の場所でございますが、少々変更されております。新しい御部屋は――」




 屋敷の中は静寂に包まれていた。

 なのに――働いている人は多い。

 メイドさん達や使用人の人達が、普段通りに仕事をこなされている。

 ……出来る限り、音を立てないようにしながら。

 当然、リディヤを起こさない為だ。

 リンスター公爵家に仕える人達に畏怖しつつ、僕も静かに階段を上がって廊下を進んで行く。

 ――とある一室前に到着。

 僕が此処に滞在していた際、使っていた部屋だ。


『うふふ……♪ アレン様が御屋敷を出られたその日の内に、御部屋を変えられたのです☆ お間違いなきようお願い致します。鍵も開錠済みございます★』


 リディヤからは一言も聞いてないんだけどなぁ……。

 屋敷を出て下宿先に移る、と伝えた時も『ふ~ん……そう。ま、良いんじゃない? そろそろ、王都に慣れて来たでしょう』と言っていたし。


 音を立てないよう部屋の中へ。


 僕が出て行った時と殆ど変わりはない。

 大きなベッドと脇机。丸テーブルと椅子が二脚。コート掛け。女の子の部屋にしては、少し寂しい。

 脇机の花瓶には花束。

 数日前、王立学校の帰り道で僕が露店で買った物だ。ちゃんと飾ってくれていて嬉しくなる。

 浮遊魔法を静謐発動させ、椅子をベッド脇へ。

 そこに腰かけると――リディヤが寝返りを打った。

 穏やかで幼い寝顔。美しい紅髪には寝癖がついている。


「……寝ている時は、本物の美少女なんだよなぁ……」


 小さく呟き、頭に触れるか、触れないかまで左手を伸ばす。

 すると、リディヤの白い手に握り締められ、頬へ持っていかれる。

 僕の心臓が高鳴った。

 目を開け、紅髪の美少女は、ふにゃと子供みたいな笑み。


「あ~アレンだぁ……えへへ♪ あったかぁい」

「え、えーっと……」


 完全に寝ぼけているリディヤに翻弄された僕はドギマギ。

 為されるがままになっていると――やがて、公女殿下の瞳に理性が宿ってきた。

 上半身を跳ね起こし、見る見る内に頬を染め上げていき硬直。前髪も立ち上がり、動揺で震える。


「――……え? な、な、何で……何でっ!? 何でっ!?!!」

「リディヤ・リンスター公女殿下が『起きないから』って、アンナさんが」

「~~~~~~~~~っっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 リディヤの口から声なき悲鳴が上がり、入り口の扉から覗き込んでいたメイドさん達が一目散に逃走していく。

 僕は未だに硬直している紅髪の美少女に苦笑。


「愛されているね」

「……斬るわよ?」

「出来れば、斬る前に手を離してほしいんだけど?」

「! こ、これは、その……ち、違うんだからっ!」


 そう言いながらも僕の手を握り締めるのは止めず、寝間着姿のリディヤは子供のように頭を振った。

 視線を感じ、窓の外を見やるとアンナ様が枝の上に立ち、唇を動かされている。


『着替えまでの御世話をよろしくお願いいたします♪』


 ……完全に嵌められたみたいだ。

 僕は内心で苦笑し、立ち上がってリディヤの手をほんの軽く引いた。


「きゃっ」「おっと」


 それだけで少女が僕の胸の中に飛び込んで来る形になる。

 「う~……」と唸りながらも離れる様子はなく、頭を僕の胸に押し付けている。カレンとちょっと似ているかも?

 妹を思い出しながら、僕は浮遊魔法を少しだけ発動させリディヤを両手で抱きかかえた。


「ち、ちょっと!?」「まずは顔を洗おう」


 有無を言わさず、公女殿下へ告げ洗面台へ。

 唇を尖らせながらも「……バカ」と小さく呟いたリディヤは、その後、僕の世話を受け続けたのだった。

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