第7話 南の夏 上

「だから、ほんとティナは私の邪魔をするの! エリーはいい子だけど、私達の目を盗んでよく兄様に甘えるわね。カレンさんは相変わらず兄様にべったり。ステラ様は、最近、凄く綺麗になったわ。兄様はお優しいけど、優し過ぎるのも問題だと思う」

「あらあら。リィネ御嬢様は本当にティナ御嬢様方や、アレン様のことが大好きなんですね」

「それは当――ち、違うわ。だ、誰がティナのことなんかっ! あの首席様は、何時も何時も兄様に迷惑ばかりかけるんだものっ。絶対、来学期は私は首席になって兄様に褒めてもらうんだからっ」


 同じ馬車に乗っているアンナと会話をする。

 久しぶりなのでちょっと嬉しいのは秘密。窓の外には慣れ親しんだ田園風景。夏の日差しがとても眩しい。


「母様とアンナが来たのはびっくりしたわ。……兄様の件よね?」

「奥様は、アレン様をお子様同然に慈しんでおられます。また、エリン様とも御昵懇です。心をお痛めになられたのでしょう」

「そう……でも、母様と姉様を一緒の馬車に乗せるのは大丈夫、なの? 喧嘩しない??」


 前を走る馬車には二人が乗っている。

 自慢の母であり、姉。でも、同時に二人が喧嘩なんかしたら……背筋に悪寒が走る。兄様くらいしか止められないんじゃ。

 私の心配を他所に、アンナがころころと笑う。


「御心配せずとも大丈夫でございますよ。リディヤ御嬢様は今でこそ、ああでございますが、小さな頃は奥様にずっと引っ付いておいでで。それこそ一日中、お傍を離れられませんでした。最近はアレン様から引き離されると不機嫌になられますが、無問題でございましょう」

「そう? 姉様は兄様がいる時はご機嫌だけど、いないと分かりやすく不機嫌になるじゃない」


 小首を傾げ尋ねると、ニヤニヤ。

 悪い顔でリンスター家メイド長が微笑む。

 うわぁ……。


「仮にリディヤ御嬢様が駄々をこねられたとしても、奥様はこう仰られれば済むことでございます。『なら、アレンにこう伝えるわ。「リディヤが、どうしても傍にいたいっていうの。よろしくね」と」 

「そ、それは……意地悪じゃない?」

「いえいえ。奥様の親心でございますよ。リディヤ御嬢様はいい加減、素直になられるべきなのです! 普段は即断即決。ひたすら前へ突き進まれるのに、こと、アレン様に関しては……。先が思いやられます。アレン様と出会われて早四年。その間、数え切れない程の武勲と功績を積み上げてこられ、今では王国内どころか、大陸上に『剣姫』の盛名、轟いております。が――支えたのは、紛れもなくあの御方。そのことを知らぬ者は、情報通とは名乗れませぬ。足りぬのは、今や公的な御立場だけかと。そしてそれは、アレン様がお望みにならられれば、即座に得られるもの」

「兄様は立場や地位を望まれないと思うわよ。姉様が兄様を本当に大好きなのは分かるけど……」


 ちょっとだけ心がチクリとする。

 確かに、御二人はお似合いだ。間に誰かが割って入れるとは思わない。

 カレンさんは妹だし、ティナは――その、可愛いのは認めるし、兄様も何だかんだ凄く甘やかしてるけど、まだまだ子供扱いされてる。

 エリーは甘えるのが上手いけど、やっぱりそういう感じじゃない。

 むしろ、ステラ様やフェリシアさんが――視線。


「大丈夫でございますよ、リィネ御嬢様♪ 未来のことは予測こそ出来ても、結局のところ誰にも分かりません。リディヤ御嬢様が今のままヘタレ――こほん。失礼いたしました。奥手のままであられるなら、近い将来、間違いなく誰かが攫われるでしょう。それは、ティナ御嬢様かもしれませんし、エリー御嬢様かもしれません。もしくは、カレン様が、良識を飛び越えられる可能性だって低いとは申せません。私の見立てでは」 

「み、見立てでは?」

「……ステラ御嬢様が中々どうして侮れませぬ。また、フェリシア様は別方向からアレン様への距離を近付いておられる由」

「あ、やっぱり。私もそう思ってたの。……はぁ、本当に兄様は。ほんとにほんとに、もうっ!」

「ですが、そんなお優しいアレン様をお慕いされているのですよね?」

「当たり前でしょう! だって、兄様は誰よりも優しいし、温かいし、カッコいい――ア~ン~ナ~」

「うふふ♪ 私を含めリンスター家メイド隊一同は、リディヤ御嬢様とリィネ御嬢様のそのような眩い笑顔を見れる限り、あの御方を支持致します!」


 頬を膨らませて、ニコニコ顔のメイド長を睨むけど効果無し。

 ……だって、しょうがないじゃない。

 気付いた時には惹かれていたのだ。姉様程、激しくはないし淡い。けれど、少しずつ大きくなってるのも自覚している。

 それもこれも好意を隠そうともしない、あの子達――ティナとエリーのせいだ。少しは恥じらいを持つべきなのよ。

 微細な魔力。アンナが撮影宝珠を構えていた。


「……何?」

「うふふ♪ リィネ御嬢様も恋する乙女になられたのですね。アンナは嬉しゅうございます。ですが、リディヤ御嬢様のように、酷く分かりやすいところまでは真似なさいませぬよう」

「し、しないわよっ!」

「おや? 恋する乙女であるのは、否定されないのですね?」 

「ア~ン~ナ~」

「その表情、ありでございますっ!」


 私の怒りを受け流し、撮影続行。もうっ。

 窓の外を見る。いつの間にか田園が途切れ、森林内に入っている。

 かと思うと、視界が開けた。一面の花畑。

 窓を開け顔を出す。

 

 ――小高い丘の上に、リンスター家の別邸が見える。お祖父様とお祖母様、お元気かしら? 

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