公女SS『ある雨の日に 中』

「いらっしゃいませ」


 傘を畳み水色屋根のカフェに入ると、カウンターの中からすっかり顔見知りになったマスターが挨拶してくれた。店内に人気は疎らだ。

 傘を置き、微かに濡れたリディヤの前髪をハンカチで拭きつつ会釈。


「こんにちは。えっと、妹と待ち合わせをしているんですけど……」

「まだ、お越しにはなっていないかと。学生さんがちらほらと通りかかっていますのでそろそろだと思います。どうぞ、お好きな席へ」

「ありがとうございます」


 御礼を言い、何故か薄っすらと頬を染めぽ~とした様子の少女に向き直る。

 ついさっきまで『一緒の傘に入れなさいよ! あんたの責務でしょう!?』と散々文句を言っていたのだけれど……額に手を伸ばす。


「ひゃん! ア、ア、アレン……?」

「ん~少し熱があるかも? やっぱり、リンスターの御屋敷に、わっ」


 いきなり手を掴まれて、通りが見える窓際の席へ引き摺られる。

 向かい合うように席へ腰かけ、額を指で軽く弾かれた。


「……痛いよ」

「あんたが悪い! 御母様やアンナだって、全面的に賛同してくださるわ。いい? む、無意識に私の心を惑わしてくるのは反則! 許されざる大罪なのっ!」

「え~? でもさぁ」

「言い訳禁止っ! ……するなら、二人きりの時にしなさい」

「はいはい」

「はい、は一回っ!!」


 我が儘公女殿下とやり取りしながら、マスターへ手で合図する。

 勝手知ったる何とやら、すぐに紅茶の準備を始めてくれた。

 その間、御機嫌斜めなリディヤは頬杖をつき、雨の通りを眺めている。

 僕は片手で丸を作って覗き込む。


「黙っていれば画になるんだけどなぁ」

「はぁ? 私は何時何時だって画になるでしょう? 下僕の自覚がたりなーい」

「下僕じゃないしね。そもそも、さ」

「……なによぉ?」


 窓越しに傘を差した王立学校の生徒達が歩いて行く。

 たった二年前なのに、とても懐かしい。

 僕は肩を竦め、わざとらしく大袈裟に演技。


「リディヤ・リンスター公女殿下は、僕が丁寧に接するのを原則お嫌いだ、と認識していますので」

「…………『公女殿下』きんしー。アレンのバカ。意地悪。虐めっ子。今晩覚えておきなさいよ」


 ムスッとし、リディヤは再び顔を通りへ向けてしまった。

 名高き『剣姫』と呼ばれていても、僕の前では同い年でちょっとだけ人見知りの激しくて、優しい女の子なのだ。

 整った横顔を改めて静かに眺めていると――カラン、と入り口の扉が音を立てて開いた。

 王立学校の制帽と制服。手には僕が贈った鞄と綺麗な蒼白の傘。

 灰銀髪と尻尾を持つ、小柄な狼族の少女がやや緊張した面持ちでマスターへ話しかける。


「あ、あの……待ち合わせをしているんですけど」

「あちらに」「カレン」


 少女――僕の血の繋がらない妹が振り返り、ぱぁぁぁ、と表情を明るくした。

 マスターへ行儀よく頭を下げ、僕の傘の隣に自分のを挿し、尻尾を左右に大きく揺らし、弾むような足取りで近づいて来る。


「兄さん♪ すいません、授業が少しだけ長引いてしまったのと、傘を友人に借りていて遅れてしまいました。…………そちらの方は?」


 カレンの視線が僕の向かい側に腰かけたリディヤに注がれる。

 そこにあるのは強い警戒と――きっと気のせいだろうけど敵意。

 マスターが三人分の紅茶と季節のタルトを運んで来てくれるのを横目で確認しつつ、妹に微笑む。


「大丈夫だよ。あ、紹介するね。こちらは――」

「リディヤよ。リディヤ・リンスター。『初めまして』、カレン。会えて嬉しいわ。貴女の話はアレンから聞いているの」

「……東都の狼族、ナタンとエリンの娘で、兄さんの妹のカレンです。貴女の話は少しだけ聞いています」

「「うふふ♪」」

「…………」


 腐れ縁と妹の様子がおかしい。

 対人関係が不器用なリディヤはともかく、カレンは他者に敵意を向けるような子じゃないんだけど。

 立ち上がって、妹の制帽と鞄を取り、


「……あ」「あ~!」


 妹の頭をぽんぽん。

 少しだけ濡れている灰銀髪を温かくした風で優しく乾かす。


「王立学校へ迎えに行けば良かったね。ごめん」

「そ、そんなこと……兄さんをステラ達に見せるのは危険ですし」

「カレン?」

「――……何でもありませんっ」「……気持ちは理解出来るわ。座りなさい」


 小さく呟いた妹はぷいっと顔を背け、僕の隣の席へ腰かけた。

 不思議なことに、リディヤも表情に諦念を浮かべ、


「「……はぁ」」


 僕へジト目を向け同時に溜め息を吐いた。。二人して、何さ。

 カレンの制帽と鞄を空いている椅子へ置いていると、マスターが洗練された動作で、テーブル上にティーポットとタルトの載った小皿、フォークやナイフの入った籐製の籠を並べていく。


「お待たせいたしました。――どうぞ、ごゆっくり」


 ……今、笑っていたような? 

 左袖をお澄まし顔の妹が引っ張って来た。


「兄さんも早く座ってください。今晩の夕食は考えてきました。帰りにお店へ寄りましょう。……そちらの公女殿下は、仕方ないので御屋敷まで送ってあげても良いです。後から文句を言われそうですし」

「あ、えっとさ、カレン」「あら? 料理が出来るの?? 流石は私の義妹ね」


 これまたお澄まし顔のリディヤが、優雅な動作で紅茶を淹れながら口を挟んできた。紫電が散る。まずい。

 片手で抑え込み静音魔法の準備をしていると、案の定カレンが鋭くまずリディヤを、次いで僕を睨んできた。


「私に、義姉はいませんっ! あと――お兄ちゃんっ、どういうことですかっ!! 説明を要求しますっ!!!!!」

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