お茶会

 謎のメイド長さんが去って行き、認識阻害の結界も消滅。

 ……あの人、とんでもない魔法士だな。

 世界はほんと広いや。僕も頑張らないと!

 テーブルに置いてあったメニュー表を手に取り、目の前で腕を組み、そっぽを向いている紅髪の公女殿下に差し出す。


「先に選びなよ」

「……水だけでいいわ」

「そう? なら、遠慮なく」


 メニューを開く。

 わーわー。凄い! 色々あるや。

 王都には、王国どころか、外国の品々がたくさん集まっている、とは聞いていたけど、カフェのお茶や珈琲だけで、こんなに種類があるなんて。

 妹が来たら、案内してあげられるようになっておきたいな。

 不機嫌そうな少女の催促。


「……早くしなさいよ。男なのに、お茶や甘い物に興味があるわけ? 軟弱ね」

「君と違って、僕は極々普通の一般平民だからね。王都の全部が物珍しいんだよ。すいません、注文、いいですか?」


 カウンター内でカップを磨いていた白髪交じりの男性を呼ぶ。店長さんなのかな?

 近づいてきてくれたので、メニューを指す。


「この紅茶のセットを二つで。ケーキはこれとこれで」

「はい、分かりました。カップは二つでよろしいですか?」

「……ちょっと」「お願いします」


 少女を無視し、注文。

 男性が離れて行った。楽しみだなぁ。

 ――唸るような声。


「……私の話を聞いてないわけぇ?」

「まさかまさか。王国四大公爵家の一角、南方を統べるリンスター公爵家の公女殿下を無視したりなんかしないよ。ほんとだよ?」

「斬るわよ★?」


 微笑を浮かべ、片手剣の柄に手をかけ、腰を浮かしかけた。怖い怖い。

 僕は右手の人差し指を軽く曲げ、魔法を発動。


「! あんた」


 剣と鞘を凍結させて、一時的に封じる。  

 頬杖をつき、たしなめる。


「……お店の中で剣を抜こうとしない。僕だけならともかく、お店の人に迷惑をかけちゃうだろう? 君が公女殿下だろうと、誰だろうと、そういうのは最低限の礼儀だと僕は思うな」

「っ! わ、分かってる、わよっ!」

「分かってくれて嬉しいよ。……出来れば、さっきの追いかけっこの時に気づいてほしかったけど。君の斬撃、鋭過ぎて、逸らすのが大変だったんだから」

「…………簡単に逸らしてたじゃないのよ。ほんとっ! あんた、何なのよっ!!」

「何度でも言うけど、東都から来た一般平民です、リディヤ・リンスター公女殿下」

「公女殿下って、何度も呼ぶなぁぁぁぁ!!!」


 あーだこーだ、と言い争っていると、店長さんが「お待たせしました」とお洒落なティーポットと


「うわ、凄いですね!」

「当店の自慢ですから」


 宝石のような果実が山盛りに載ったタルトと、東都産の果実がふんだんに使われている、甘いパイが載った小皿を置いてくれた。

 店長さんに「ありがとうございます」と御礼を言い、浮き浮きしながら紅茶を淹れていく。

 カップは二つ。少女へ尋ねる。


「お砂糖とミルクは入れる?」

「……飲まないって、言ったわよね?」

「うん、少しだけ入れるねー」

「は・な・しを、聞きなさいよぉぉぉ。……御菓子も食べるなんて言ってないでしょぉぉぉ!!」

「喉は乾いてるだろ? 飲もうよ。美味しそうだし!」

「…………ぐるるる」

「はいはい、女の子なんだから、そういう声を出さないの」


 ソーサーに載せたカップとタルトを少女の前へ置き、僕は紅茶を一口。

 あ、美味しい。

 さっき、学校長室で飲んだ西方産の茶葉とはまた違う。これはこれで。

 少女は、そんな僕を睨みつけていたものの、恐る恐る、といった様子でカップを手に取り


「!」

の紅茶も美味しいね。タルトも食べなよ」

「なっ! ……こ、こんなことされても、わ、私の怒りは収まらないんだからねっ!!」

「もう十分、発散したんじゃ? 後半、笑ってたじゃないか」

「へっ?」


 紅髪の公女殿下が間の抜けた声を発した。

 僕は構わず、パイを食べる。ほほぉ、東都産の果物がこんな風になるのか。

 王都、楽しいかもしれない! 

 自分でお金を稼いで、毎月来れるようになれるといいな。

 未来に心を躍らせている僕に対し、何故か硬直中の少女。うん?


「? どうかしたのかい?」

「! な、何でもないわよっ!」


 フォークをタルトに突き立て、大きく切って食べる。

 すると、目を見開き


「……あんた、これも」

「リンスター公爵家産らしいよー。凄いね、君の家。あ、一口、貰っていいかな? 僕のも一口あげるから」

「は、はぁ!? そ、そんなの」

「はい、どうぞ」


 新しいフォークでパイを切り、少女へ差し出す。

 少女が、今日一番の動揺。整っていた前髪が、立ち上がっている。

 周囲を見渡し……口を開けた。


「どうかな? 僕の故郷の果物が使われているんだけど」

「…………ま、まぁまぁ、ね」

「では、僕も一口」

「あ!」


 タルトを自分のフォークでかき、口へ。

 うん、美味しい!

 公女殿下はジト目。はて??

 声をかけようとし――不穏な気配! 

 魔力から逆探し、認識阻害魔法と凍結魔法を発動。ついでに、風魔法で声を拾う。

 すると、「! ほ、宝珠がっ!?」「この距離でバレた!?!! な、なんなの、あの子!」「た、た、た、大変ですっ! 宝珠が、宝珠がっ!!」「いけないっ!! この映像は、この映像だけはっ、命に代えても御屋敷へっ!!」『了解っ!!!』……え、えーっと。

 余裕を取り戻し、紅茶を飲んでいる公女殿下を見やる。


「うちのメイド達よ。害はないわ。気に入らないなら、後で斬っておく」

「事情はよく分からないけど、斬らないでいいよ」

「あんた、入学式まではどうするの?」

「ん? 王都の安宿に泊まるつもりだけど? 無事、合格出来たみたいだしね。その間に、住む場所も探さないと」

「寮に入らないわけ?」


 王立学校には、王国中から俊英が集まってくる。

 ほんの十数年前までは、貴族しかいけなかったけれど、今では平民にも門戸が開かれていて、大きな寮もある。

 

 ……が、当然、有料。しかもそれなりにお高い。


 奨学金は貰えるみたいだし学費は一安心だけど、寮費まで無料にしてもらうと、五月蠅い人も出てくるだろう。僕はその手の話をよくよく知っている。

 少女へ返答。


「うち、そんなに裕福じゃないからね。両親の負担は減らしたいし、安い下宿先を探すつもり」

「ふ~ん……」

「何かな?」


 公女殿下がカップを置いた。

 瞳には嗜虐の色。

 ……危険な予感が。


「なら、あんた、入学式までうちの屋敷に泊まりなさい」

「! い、いや、それは流石に」

「……私の……を見ておいて、あんたに拒否権があるとでも?」

「っぐっ! そ、それは卑怯じゃない、かな?」

「即答!」

「…………」


 紅茶を飲み干し、天井を見る。

 初日から嵐みたいな展開過ぎる。

 嘆息し降伏。


「……分かったよ。御厄介にならせていただきます。リディヤ・リンスター公女殿下?」

「公女殿下って言うなっ! いい? 以後、『リディヤ』って呼ばないと」

「呼ばないと?」

「斬」「リディヤ、もう一口、タルト貰うね」

「あ!!」


 隙をつき、タルトを少し切り強奪。これくらいの反撃はしてもいいだろう。

 細い手が伸びてきて、僕のパイを丸ごと手で取り、ぱくり。


「あ! こらっ!!」

「ふーんだっ! 可愛くない奴っ!!」


 気づいていないらしい。

 頬を掻き、指摘する。


「…………それ、僕の食べかけだよ?」

「! …………紅茶、もう一杯淹れて」


 頬を微かに染めた紅髪の少女が要望。

 僕は苦笑し、お代わりを注ぐのだった。

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