試験終わりに
学校長との話を終え、廊下に出ると腕組みをした紅髪の少女が待っていた。服装は先程の実技試験のまま、剣士の恰好。
……面接試験に指定された部屋は別棟なんだけどなぁ。
とりあえず、声をかける。
「やぁ、こんにちは。リディヤ・リンスター公女殿下。面接会場は別だよ?」
「とっくに終わったわ。……公女殿下って呼ぶんじゃないわよ。斬るわよ?」
「それは勘弁してほしい。田舎から出てきたばかりで、王都見学もしてないし。お互い、受かっているといいね」
「……白々しい」
一歩、踏み出し僕との距離を詰めようとしてきたので、一歩後退。
すると、即座にもう一歩前進してきたので、更に後退。
そんなことを繰り返していると、後ろには壁。
片腕が突き出され、僕の右頬を掠める。
恐ろしく整った顔はすぐ間近。悔しいことに、僕より少し背が高い。
「私が首席ですってね? で、あんたが次席」
「あ~……うん。おめでとう。流石はリンスター公爵家の公女殿下だね!」
「……本気で斬るわよ? 本当はあんたが首席よね? 実技試験でまともな魔法を一つも使えなかった私は『リンスター』だから、首席になったに過ぎない。あの老エルフとそのことを話していたんでしょう?」
「えーっと……」
どうしよう、とんでもなく賢い子だ。
学校長、バレてますよ。首に気を付けた方がいいです。
頬を掻き、素直に答える。
「まぁ、そうだね」
「そ。なら、話が早いわ――首席はあんたよ。次席は私」
「それは無理かなー」
「……はぁ!?」
少女の目が釣りあがり、右手が腰に下げている片手剣の柄にかかる。
……賢いけど、困った子だなぁ。
あ、前髪にゴミがついてるや。
「どうしてよっ! 私に、偽りの首席に座れって――……っ!?」
手を伸ばし、ゴミを取る。
面接官の人も酷い。教えてあげればいいのに。
驚いていた少女は状況を把握、少しだけ頬を赤らめ剣を抜こうとしたので、手で押さえる。
「っ! は、放しなさいよっ! 私にあんたを斬らせろぉ!!」
「……リンスター公爵家の教育って、そうなの? ゴミを取っただけで剣を抜かないでほしい。立ち話も何だし、知っているなら王都を案内しておくれよ。僕は、東都の、しかも、ほぼほぼ獣人街しかしか知らないんだ。着いてすぐ試験だったし」
「獣人街? どういうこと?? ……あと、私も王都は詳しくない」
「……色々あるんだよ。でも、詳しくないのか。なら仕方ないね。よっと」
「あ、ち、ちょっと!」
するり、と公女殿下の背後に回り込み、廊下を歩きだす。
入学試験の結果が発表されるまで、一週間。入学式は更にその先。
王都に住む獣人は少ないし、狼族に至っては数える程。
族長のオウギさんに泊まれる場所は教えてもらってきたけれど……父さんと母さんから預かった路銀を出来るだけ減らさないよう、安宿を見つけないと。
後方から、駆ける音。咄嗟に身を屈める。
僕の上空を、蹴りを繰り出した少女が通過。……あ。
舌打ち。
「ちっ! 大人しく、食らっておけば――……何よ、その顔は?」
「……あ、あのさ」
「? おかしな奴ね。言いたいことがあるなら、とっとと言いなさいよっ!」
「……君は今、スカートを穿いているよね? で、僕の上を通り抜けると?」
「?? 何を言――…………うふ♪」
ゆっくりと、片手剣が抜き放たれていく。
……こういう時、男が出来ることは決まっている。
背を向け、全力逃走を開始。
「! 逃げるんじゃないわよっ!! あんたは、ここで、私が斬るっ!!!」
「嫌だねっ! ……思ったより子供っぽかったね? うちの妹が穿いているようななのは、その御歳で如何なものかと、具申しますっ! 公女殿下!!」
「こ・ろ・す★」
本物の殺気を纏わせながら、紅髪の少女が追ってくる。
うぅ……僕はただ、試験を受けに来ただけなのにっ!
まぁ、この場でやり合うと校舎、壊しそうだし、仕方ないんだけど。
でも神様、いきなりこれは過酷過ぎます!!!
※※※
「はぁはぁはぁ……ま、まいたかな? ……ふぅぅぅ」
怒れる公女殿下の追撃を振り切った僕は、安堵の溜め息を吐いた。
本当に怖かった。何か途中から、笑ってたし。
……入学したら、あの子と行動を共にしないといけないのかぁ。
それにしても、喉が渇いた。お店はないかな?
見渡すと水色屋根が見えた。カフェらしい。
周囲を警戒。
……あの子はいない。
加減が下手らしく、派手に魔力をまき散らすもんだから、探知は容易。近づいてくればすぐに逃げられるだろう。
よし! 冷たい物を飲もう!
東都の獣人街にはない、洗練されながらも、落ち着いた雰囲気のカフェへ入る。
試験よりも、緊張しつつ、きょろきょろ。僕以外にお客はいないようだ。
カウンター内にいた男性が声をかけてきた。
「いらっしゃませ。御二人ですか?」
「あ、は、はい……え? 二人??」
「はい♪ そうでございます♪ 奥の席を使っても?」
「!」
突然、知らない声がした。
驚く僕を他所に、男性が返答。
「どうぞ。今は誰もいませんしね」
「ありがとうございます♪ 注文は後程。さ、では、行きましょうか――アレン様」
一切の気配なく、僕の後方に佇んでいたのは
「……メイド、さん?」
「はい♪ メイドでございます☆」
その女性は晴れやかな笑みを浮かべ、誇らし気にそう断言した。
栗色髪で細身。所謂、メイド服がとても似合っている。
困惑しつつ、尋ねる。
「……えっと、お会いしたことないですよね?」
「はい、初対面でございますね。とりあえず、お座りを♪」
笑顔。
けれど、有無を言わせない雰囲気。
カフェの奥へ進み腰かけると、メイドさんは深々と頭を下げてきた。
「――申し遅れました。私、リンスター公爵家メイド長兼リディヤ御嬢様付きを務めております、アンナと申します。此度は、御嬢様が御迷惑をおかけ致しました」
リンスターのメイド長さん!?
……行動が早いなぁ。
「大丈夫ですよ。実害は出ていませんし。頭を上げてください」
「ありがとうございます。アレン様、既にお聞き及びかと思いますが」
「首席の件は、気にしないでください。僕は奨学金を得られればそれで。……公女殿下と行動を共にせよ、というのは難題ですけどね。あの子は、凄過ぎますし」
「分かっていただけますかっ!」
いきなり距離を詰められ、両手を握られた。
その瞳には『ここにも同志が!!!』。
……はて??
「そうなのですっ! リディヤ御嬢様は素晴らしい才能をお持ちで……今はそれがまだ開花していない、固い固い蕾の状態。咲きさえすれば、誰よりも美しく、かつ可憐に咲かれることでしょうっ! ……それを分からぬ、目のない者達の、愚かさたるやっ!! 忌々しいっ!!!」
「? 誰がどう見ても、何れ王国最高峰の剣士兼魔法士になると思いますけど?? それとも、王都にはあれ程の子がゴロゴロしているんですか???」
「いいえ! 剣技だけならば、リディヤ御嬢様に敵う者は極少数でございましょう。ただし、魔法は……」
「あー使えないって、言ってはいましたね。でも――杞憂だと思います」
「ほぉ……何故でございますか?」
メイド長さんが小首を傾げた。
僕は微笑み、断言する。
「公女殿下が剣を振るわれる時、無意識に使われている微かな魔法式はとてもとても綺麗でした。学校長にも勝る程に。僕は、あんな綺麗な魔法式を見たことがありません。羨望を覚える程です。何れ、必ず突き抜けるかと」
「……なるほど! 真、御慧眼かと!! だ、そうでございます、リディヤ御嬢様。良かったですね、僅かな時間で、ここまで御嬢様をちゃんと見てくださる殿方に出会えて♪」
「!?」
いや、だって気配は……テーブル下にほんの微か、されど、恐ろしく精緻な魔法式。結界!?
メイド長を見やると、視線で『お許しを★』。ゆ、油断したっ!
恐る恐る、後ろを振り返る。
「や、やぁ、また会ったね。リディヤ・リンスター公女殿下」
「……公女殿下は禁止って、言っているでしょう? アンナ、とっとと、帰りなさい!」
「は~い♪ うふふ、アレン様、リディヤ御嬢様、ごゆっくり♪」
突如、メイド長さんの姿が掻き消えた。
……原理が分からない。世界は広いや、ほんと。
目の前の席に紅髪の少女が腰かけ、そっぽを向いた。少しだけ、耳が赤い。
――どうやら、一緒にお茶をしないといけないらしい。
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