呼び出し
「で、だ。君は、私に謝らなければならないことがあるのではないか?」
実技試験後、面接試験という名目で一人、学校長室へ呼び出された僕は、重厚かつ、繊細な彫刻が施された木製の椅子に深々と座り、執務机上で両手を組んでいる老エルフに問い詰められていた。あ、首筋の包帯に血が滲んでるや。
同情を禁じえなかったので、本気で慰める。
「お疲れ様でした。いや、まさか……あれ程、分厚い魔法障壁を一撃で斬るなんて! 世界は広いんですね。驚きました」
「き・み・も・だっ!!!」
学校長が僕を睨みつける。
手を振り、苦笑。
「御冗談を。僕くらいの魔法士なんて、王都になら掃いて捨てる程いる、と聞いてますけど?」
「ふんっ! 誰が言ったのだ? そのような世迷言を。……他者の上級魔法に、しかも、仮にも私の魔法式を改竄、消失させるなぞ、普通の魔法士に出来ると思うか?」
「学校長の魔法式はとても綺麗でした。勉強になりました。ありがとうございました。そう言えば、彼女の一撃を躱した最後の魔法、転移魔法ですよね! 瞬間過ぎて、魔法式は見えなかったんですけど……出来れば、この場で見せていただけると」
「君の魔力ではとても使えぬぞ? あれは燃費が悪いからな。……まぁいい。君をこの場に呼んだ理由は、二つだ。座り給え。茶くらいは出そう」
突然、椅子が出現。転移魔法!? この人の魔力量はどうなってるんだ?
……しまった。魔法式をまたしても見逃した。不覚。
椅子に座ると、机の上にカップが差し出された。良い香り。紅茶のようだ。
学校長に促される。
「飲みたまえよ。私の故郷の物だ」
「ありがとうございます」
カップを手に取り、一口。
――美味しい。
お茶一つでも東とは違うものなんだなぁ。
学校長が僕の資料へ目を通しながら、質問してくる。
「まず、一つ目だ。君の魔法の師は誰なのかね? あの魔法式への介入といい、前方展開ではない変幻自在な魔法といい、一般の魔法式ではなく、改良されている独自の魔法式といい……東都にそれ程の熟達者がいるとは、ついぞ聞いておらん。君は狼族の養子、と書かれているが……獣人族の勇士達は、二百年前の魔法戦争で戦場に倒れた筈。それ以降、著名な魔法士はそこまで出ていない。族長のオウギかね?」
「んー師と呼べる人はいませんね。一般的な魔法は東都の学校で教わりましたけど」
「……待て待て。君は自分が今、何を言ったのか理解しているのか?」
「?」
老エルフは眉間を推し、顔を顰めた。
僕は戸惑いつつも、話す。
「強いて言えば、両親に買ってもらった……初級魔法学の本でしょうか? それは擦り切れるまで読んで一つずつ実践しました。その後は、獣人街にある図書館に通って、一冊ずつ読んでは実践し、読んでは実践し、ですね。あ、体術の基礎は獣人族で、昔、傭兵をしていた人に習いました。もう、東都にはいませんけど」
「…………あの魔法式もか?」
「はい。現状の汎用魔法式は使い勝手が悪かったので、自分で組みました。あと」
学校長へ微笑む。
この人は『大魔導』ロッド卿。戦歴だけで、何冊もの本になっている王国最高峰の魔法士。こういう風な機会も滅多にないだろう。
僕は素直に思いを語る。
「既存の魔法式に、僕は疑問を感じています。古の大魔法、そして、魔王戦争時代の魔法すらも、使い手がいなくなっているのは何か変です。映像宝珠を初めとする、記録媒体技術が発展しているのに、こんなことがあるんでしょうか?」
「――……私からは何も言えぬな。が、君がしていること自体は、凄まじくおかしい、と自覚したまえ。二つ目だ」
分かりやすく学校長は目を逸らした。
……何かしら、長命種の人々が関係しているのかな?
紅茶を一口。御茶菓子が載った小皿が出てきた。
会釈をし、焼き菓子を摘まむ。
「あ、これも美味しいですね」
「だろう? やはり、西方の菓子こそが至高。君も、これから王都で暮らしていくのだから、そのことを努々忘れぬようにな」
「? ……待ってください」
「何かね? お勧めの菓子屋や、紅茶屋なら後でメモを」
「では、なくてですね……今の御言葉から察するに、僕は入学試験合格、と判断してもよろしいので?」
「当然だろうが。君とリンスターの娘の相手を誰だと思っているのだ? この私だぞ? ……筆記に関しても、古代エルフ語、しかも暗号までかけたものを解く者が出てくるとは思わなかった。しかも、二人もだっ! 君達は、やはりちと、オカシイのではないか??」
あっさり、と合格を告げられた。
――喜びがこみ上げてくる。
同時に強い安堵。
……父さんと母さんに、少しだけ顔向け出来るや。
「当たり前だが、正式発表までは他言無用。ああ、成績だけなら、君が首席となる。が、公式発表では次席だ」
「僕が首席ですか? それはまた……あ、分かりました。大丈夫です。公女殿下を首席にするんですね? お話とはそれですか?」
「…………すまぬな。少しずつ払拭しつつはあるが、まだまだ血筋に拘る輩共は多いのだ。まして、『リンスター』だからな。それに勝ってしまった狼族の養子」
「間違いなく悪目立ちしますね。了解しました。でも、出来ればですね……その、奨学金とかで便宜をですね……」
「ふむ」
王立学校の学費は高い。
そして、うちは決して裕福でもない。
ある程度は、狼族からも支援が出るものの……出来れば奨学金を貰って、両親への経済的負担は最小限にしたい。可愛い妹も『お兄ちゃんと一緒の学校に行くの!』と言っていたし。
学校長は少し考え――瞳に嗜虐を浮かべた。
「確かに君は、今年度の受験生の中でリンスターの娘と並び、傑出している。……が、私はだな、助けを請うたにも関わらず、手を振り払われたことを即座に忘れる程、人間が出来てはおらんのだ」
「! そ、それは私怨では!?」
「誤解はせぬように。君には奨学金を出そう。学費に関しては心配せずとも良い」
「!! ありがとうございます!」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
後は、家賃とかを最小限にすれば、父さんと母さんの負担を最小限に――
「ただし、条件がある」
学校長の言葉に、背筋が震えた。
僕はこの先の言葉を聞いてはいけない気がする。
「あ、ちょっと待」
「君には、学内において――リディヤ・リンスター嬢と行動を共にしてもらう。理由は分かるな? あの娘、単独で行動させるのは危険極まりない。君には、剣をまずは受ける盾……うっほんっ。彼女が揉め事を起こす前にどうにかしてもらいたい。なに、君なら大丈夫だろう。このこと、既にリンスター公爵家からは了承を得ている。『よしなに』だそうだ。近日中に、先方へ顔を出すように。何か質問は?」
「………………嵌めましたね?」
「人聞きが悪いな、少年。で、どうするのかね?」
ニヤリ、と笑う老エルフ。
……退路がない。
溜め息を吐き、僕は頷いた。
「……分かりました。出来る範囲で頑張ります」
「うむ、その意気だ。もう行きたまえ。廊下で君を待っている者がいるようだからな」
確かに。分かりやすい魔力だ。
再度、頭を下げる。
「ありがとうございました。これから、よろしくお願いいたします」
「ああ。よろしく頼むよ――アレン」
※※※
少年が部屋から出て行った。
即座に、廊下から派手な魔力の鼓動。リンスターの娘だろう。
これ程の魔力を持ちながら、身体強化魔法と極々初歩の魔法しか扱えぬとはな……。
「『リンスターの忌み子』か」
彼には苦労してもらうことになるだろう。
獣人族の養子が王立学校へ次席合格するなぞ、前代未聞。それだけで、目をつけられるのは確実なのだが。
引き出しを開け、古い古い映像宝珠を取り出す。
――そこには、魔王戦争時代の戦友達と撮った姿。
中央に並んで立っているのは、狼族のまだ少年、と言っていい笑みを浮かべた男と、顔を背けているエルフの美少女。
「二百年後に貴方の名前を持ち、貴方に匹敵するやもしれぬ天才と出会うとは。何の因果なのだろうな、『流星』殿? レティ殿にはとても教えられぬよ。貴方の名前を持つ者がまたしても『忌み子』と出会う――……これもまた運命か」
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