王立学校入学実技試験

 王国の名門、王立学校の入学試験は、筆記、実技、それとちょっとした面接だ。

 内、得点比率が大きいのは前二つ。

 当然、試験は難しく、入学出来ただけで郷土の誇りと讃えられる程。

 筆記はそれなりに出来たし、実技も穏便、かつ必要十分な得点を稼げれば、僕は良かったんだけどなぁ……思わず、溜め息を吐く。

 嗚呼……どうして、こんなことに……。

 瞬間、前髪が数本、宙を舞った。


「……ちょっと、気を抜いてんじゃないわよ。斬るわよ? えっと、アレンだっけ?」

「……もう、斬ってるじゃないか。ああ、ですか。リディヤ・リンスター公女殿下」

「わーざーとー『公女殿下』って呼ぶなぁぁぁぁ!!!!」


 駄々っ子のように、その場で地団駄を踏む、短い紅髪の美少女。

 僕とほぼ同じ背丈で華奢。恐ろしい程に整った顔立ちで、着ている剣士風の服は見るからに上質。手に持ちながら、振り回している剣もおそらくは魔剣の類。

 

 ――そして、『リンスター』という姓。


 横目で僕を睨んでいるこの美少女は、王国四大公爵家の一角で、南方を統べるリンスター公爵家の御嬢様なのだ。

 そんな子と言い争っていると、崩落した実技試験会場の壁から、今日、何度目になるだろうか、長杖を持った白ローブ姿の男が浮かびあがってきた。耳は長く、美形。エルフ族だ。

 王立学校長にして、『大魔導』の異名を持つ、王国最強魔法士の一人として名高い『ロッド卿』。僕等の実技試験担当者だ。

 ……心なしか、始めた当初よりもおやつれになられているような? その頬には、涙の跡。

 視線が交錯した。 


 『止・め・よ!! 死ぬぞ? 死んでしまうぞ?? ……私が』

 

 え、えーっと……。

 頬を掻き、未だ戦意旺盛、かつ「……ちっ、しぶとい。次は首かしらね?」と物騒なことを呟いている公女殿下を、一応説得してみる。


「あー……そろそろ、止めにしない?」

「はぁ!?」

「い、いや、だってさ」


 手を振り、不満気な御嬢様へ現状を示す。

 

 ――実技試験会場は、至る所が破壊されつつあった。

 

 分厚い石壁が斬撃や学校長の数々の魔法で、斬られ、砕かれ、周囲に仕込まれていた百を超える耐属性結界も既に残りは数少ない。

 僕を首を振る。


「これ以上やったら、本当に崩壊するよ?」

「いいじゃない。『本気を見せてみよ!』って最初に言ったのはあっちだわ。そんな所を忖度してどうするのよ。軟弱ね!」

「……言っておくけど、僕は直すの手伝わないからね? 後で『直せ!』って言われても、君が直すんだよ?」

「うぐっ……そ、それは……わ、私、魔法は……」

「?」


 突然、口籠る紅髪の公女殿下。

 これだけ、身体強化魔法を恒常展開させているんだし、魔力はとてつもなく膨大。嫉妬を覚える程。普通の魔法も大概は使えるだろうに。

 僕は、学校長へ視線で返信。


『無理です。頑張ってください』

『…………後で、君だけ学校長室へ来るように』


 ……入学試験から、呼び出しかぁ。

 まぁでも、受かりたいし、頑張ろう!

 学校長が、獅子吼した。


「見事だ! リンスターの娘と――アレン!!」

「どうも」「……いい加減、死になさいよ。面倒ねっ」

「っ! い、言っておくが、これはあくまでも試験。殺し合いではないのだぞ?」

「? 『訓練は実戦同様に。実戦は訓練同様に』。うちの家ではそう教わるけど? あんたもそうでしょう?」

「んー僕は一般平民だから、そういう戦闘民族的な発想はちょっと、ね」

「……へぇ」


 殺気皆無の横薙ぎ。

 僕へ当てる気も零なのが丸分かりなので、回避行動もしない。

 少女は剣を肩へ置き、ニヤニヤ。


「何さ?」

「私の一撃に恐怖すら感じない人が、『一般平民』? そんなのが通ると思っているわけ?」

「事実だしね。あ、それに怖くはあるよ。ほら、見てごらんよ。手が震えて」

「あんた、嘘吐きって言われてるでしょう?」

「失敬な。ああ、学校長、お話の途中で申し訳ない。そろそろ良いですよ。準備も出来たでしょうし」

「…………君も大概だな。だが、私も少しは格好をつけようではないか!」


 学校長が長杖を高く掲げた。

 ――強大極まる魔力の鼓動。

 僕は感嘆を漏らす。


「……凄い」「……ふんっ。少しはやるみたいね。そうじゃなきゃ面白くないわ」


 空中に、炎・水・風・雷・氷の上級魔法が同時展開されていく。

 五属性同時、しかも上級魔法の展開!

 公女殿下が剣を両手で持ち、後方へ回し、前傾姿勢を取った。


「援護しなさい! 私は、あのエルフのそっ首を落とす!!」

「……いや、落としちゃ駄目だって」

「?」


 純粋な瞳を向けてきた。あ、これ、本気だ。

 ちらり、と確認。老エルフの目は引き攣り、既に何重にもかかっている魔法障壁を更に重ね始めた。

 ――少女が、疾走を開始した。僕もその後方へ追随する。

 学校長が長杖を振り下ろす。


「『灼熱火球』『大海水球たいかいすいきゅう』『嵐帝竜巻らんていたつまき』『雷帝乱舞らいていらんぶ』『氷帝吹雪ひょうていふぶき』だ! 受けてみよっ!!」


 後半三つは広範囲魔法。つまるところ、目標には僕も含まれている。酷い。

 普通に考えたら、過剰攻撃も良いところだよ……うぅ。

 更に加速した少女が最も速い、『雷帝乱舞』へ一閃。魔法を斬った。

 微かに、僕を見て自慢気。む。

 僕は右手を振り、公女殿下を直撃しそうになっていた『嵐帝竜巻』へ介入。消失させる。微笑。

 目を吊り上げた紅髪の美少女は更に踏み込み、今度は『氷帝吹雪』へ向かい


「リディヤ!」「っ!?」


 名前を呼ぶと、急停止。

 直後、少女の前方に土属性上級魔法『土帝千棘どていせんし』が遅延発動。

 次々と、無数の棘が発生。更に他の上級魔法も迫り来る。

 少女は後退しつつ、剣を振るい続けるも……変だな。

 援護の魔法弾を放ちつつ、叫ぶ。


「攻撃魔法か、防御魔法を使って!」

「――……ない」

「?」

「使えないのっ!!!! そういうのは、ぜんぶっ!!!!!」

「!?」


 一瞬、虚を突かれる。

 こんなに魔力があって、身体強化も出来てるのに??


「ふっはっはっはっ! 戦場でボーっとしていると、死ぬぞぉぉぉ!!」


 学校長が高笑いをし、更に上級魔法を追加してくる。いや、戦場って。

 ……仕方ないなぁ。

 全部を消していると、僕の魔力が持たないので、一部に介入。

 少女へ追いつき、背中を合わせ提案。前方には、上級魔法が並んでいる。


「このままじゃジリ貧だ。策はあるんだけど、乗るかい?」

「高いわよ?」

「……僕が借りる立場なのか。まー、でも分かったよ。とにかく、僕は入学したいからね」


 策を話す。

 すると――紅髪の公女殿下は、目を見開き、同時にお腹を抱えて笑い始めた。


「……何だよ」

「あんた、変な奴ね! さっき、顔を合わせたばっかの私に……私なんかに命を預けられるわけ?」

「? 不思議なことを言うね。少なくとも、君は僕が今まで出会ってきた剣士の中で、最も強いし、あと――綺麗だと思うよ?」

「……ふぇ」

「勿論、剣技が」

「…………うふ★」

「そして、某公女殿下曰く、僕は嘘吐きらしいよ?」

「………………あんた、後で、ぜーったいっに、斬るわっ!!!!」


 むくれた公女殿下が思いっきり地面を斬りつけた。土埃が立ち上がる。

 同時に僕は風と闇魔法を併用。視界を一気になくす。


「小賢しい! くらうがいいっ!!」


 学校長も即座に反応。すぐさま上級魔法が次々を炸裂させる。

 

 ――いやまぁ、そこにはもういませんが。

 

 老エルフの頭上遥か、少女に腰を抱かれた僕は、浮遊魔法を発動。

 同時に風属性初級魔法『風神弾』を複数準備。


「じゃ、後は」「任せなさい。……終わった後、逃げるんじゃないわよっ!!」


 剣を大上段に構えた公女殿下へ風魔法を発動。

 超高速急降下。

 学校長が気づき、驚愕。長杖を構え、魔法障壁を全力展開。 

 老エルフと視線が交錯。

 『…………』。いや、そんな雨に濡れた子犬のような目で見られても。戦場って、言ったのはそちらですし?


「これで――終わりよっ!!!!!!!!!」


 公女殿下が、剣を振り下ろす。

 ――魔法障壁が紙のように切り裂かれた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る