第12話 昔話
夕食を食べ終えた僕は、部屋のベランダで夜涼みをしつつ、延々と弁明の手紙を書いていた。
母さんと父さん。カレンには念入りに。
ティナ、エリー、リィネ。……何となくだけど、北の方でも、あの薄蒼髪公女殿下はやり過ぎているんじゃ? 無茶な状況になってないといいけど。
おそらくは……一番、怒っている可能性が高いステラへの手紙は長くなった。普段、温和な人を怒らしてはいけない。宥める案を考えておかないと。
そして、やり過ぎているフェリシア。出来る子なのは分かっていたけれど……よもや、大権限を渡して好きにさせるとは。リンスターって。
他にも、関係各所へ。バレると、更にお小言が増えるのは避けられないので、何処にいるのかはぼかしておいた。
まぁ、母さんと父さんのには書いたから、リサさん経由で何れ全体に伝わるだろう。
なお、シェリルには送っていない。だって、怖いし。
あれで、僕の同期生様は、リディヤ以上に荒れ狂う時がある。少しほとぼりを冷ましてからにしよう。
で、その腐れ縁とアトラはお風呂へ行っている。なんと、天然温泉だ。
『あ、あんたも一緒に入る? ほ、ほら! アトラも一緒だしっ!!』
……血迷った公女殿下を説得するのは、とてもとても大変だった。四年前に慎みを教えなかったことを悔やんでやまない。
ペンを置き、夜の港を眺める。
気持ち良い潮風。ぼんやりとした、船の灯り。
外国にいるんだなぁ。
手を伸ばし、グラスへ白ワインを注ぎ――細い手にひったくられる。
「まぁまぁね」
「こらー」
戻ってきたリディヤが、グラスを傾けていた。薄手の寝間着に着替えていて、少々、目のやり場に困る。
頭には白タオル。紅髪が濡れている。
僕を無視し背を向けて椅子へ座り、振り向き
「ん」
……我が儘御嬢様だ。
部屋の中に目をやると、幼狐姿のアトラがベッドで丸まり寝ていた。今日も随分とはしゃいだから、疲れたのだろう。
立ち上がり、用意しておいたブラシを手に取る。
腐れ縁のタオルを取り風魔法で乾かしていく。不満気な声。
「ねぇー」
「んー?」
「どーしてっ、後から入りに来なかったのよぉぉ。い、一応、私は、あ、あんたの、お、奥さん……う~!!!」
途中で堪えきれなくなったらしく、足をバタバタ。
綺麗な紅髪が、キラキラ、と光る。
ブラシで梳かしながら、僕はくすり、と笑いを漏らした。
即座にジト目。
「……ちょっとぉ?」
「ああ、ごめん。何だか、懐かしくって。王立学校時代もこんなことあったじゃないか。確か君が御屋敷を家出して、僕の家に転がり込んでた頃に」
「…………あの時は、あんた一緒に入ってくれたもの」
「君が、魔法で灯りを点けられなかったからね。と言うか『一緒に入ってくれなかったら、斬る♪』って、脅したのは何処の公女殿下様だったっけ? 当時は、お化けが怖かったんだよね?」
「お、男はそういう細かいことは忘れないとダメなのっ! も、もうっ!!」
リディヤが頬を大きく膨らまし、むくれる。
こういうところは昔とちっとも変わらないなぁ。
ま、僕も――……ああ、いや違うな。
僕はこの四年で随分と大人になった。うん、間違いない。誰かさんのゴタゴタに巻きこまれたことで、強制的に。
「……まーた、私の悪口を考えてるー」
「……考えてないよー」
「嘘つきっ!」
べー、っと舌を出し、腐れ縁は人差し指を折り曲げた。
僕が書いていた十数通の手紙が浮かびあがり、リディヤの手元に。
髪を梳かしつつ、文句を言う。
「あ、こら」
「検閲するわ★」
「異議を申し立て」「ダーメ♪」
そう言いながら、封筒から手紙を取り出していく。
前髪が立ちあがり、右へ左へ揺れている。
ふっふっふっ……だが、甘いっ!
「! これ……暗号……」
「ん? どうしたんだい?? さ、乾かし終わったよ」
僕はニヤニヤしながら、席へ座りなおす。
こいつとは長い付き合いだ。手紙を読もうとするのは分かっていたので、リディヤの魔力だけに反応するよう、暗号魔法式を仕込んでおいた。如何に天下の『剣姫』といえども早々は破れないだろう。
小皿から昼間焼いたクッキーを摘み、口へ放り投げる。
アトラが一生懸命、型抜きをしてくれたせいかとても美味しい。
予備のグラスへ、今度は赤ワインを注ぎ、一口。これもまた、悪くない。水都、侮り難し!
浮き浮きしていると、リディヤが無言で立ち上がった。微笑。
「……うふ♪」
「な、何さ?」
「あ・ん・た、は私の何かしらぁぁぁ? 下僕の分際で、御主人様に逆らうなんてぇぇぇ。さ、言ってみなさい。もし、私の機嫌を損なうようなことを言ったら」
「世界で唯一の相方。まぁ、世界相手くらいまでなら付き合うよ」
「!?!!」
炎翼を形成しつつあった腐れ縁へ素直に返答。
瞬間、魔力が霧散。
リディヤはあたふたし、両手を軽く握りしめ俯き、にじり寄って来た。
そして、僕を押しのけ、椅子の半分に座り、頭を肩にコテン。
「き、及第点は、あ、あげても、いいわ……えへへ」
「ありがとう。ワイン、飲むかい?」
「うん♪」
無邪気な笑顔。
四年前に見たものと変わらない。
グラスを渡し、僕も手に取る。
お互い、掲げ合う。
僕は微笑みつつ小首を傾げる。
「何に対しての乾杯?」
「あんたの下僕度が順調に向上していること、かしらね? はぁ……四年間、私は本当によく頑張ったと思うわ」
「逆だろ? 僕はこの四年間、本当によく頑張った!」
「私といれて、嬉しかったでしょう?」
「まぁ……それは、ね」
リディヤが、鼻と鼻が触れ合う位に顔を寄せてきた。
「ちゃんと、言葉にしてっ! これも……あんたが私に教えてくれたのよ? 『言葉にしないと伝わらないこともある』って。私、あんたの言ってくれたこと、全部、全部、覚えているんだからねっ!!」
本気だから困る。
頬を掻き、耳元で囁く。
すると――僕の公女殿下は満面の笑みを浮かべ、グラスを合わせてくれた。
※※※
僕と腐れ縁――リディヤ・リンスター公女殿下の出会いは、四年前。
今でも、鮮明に映像が浮かんでくる。。
砂埃舞う、王立学校実技試験会場。
相手は王国最強魔法士の一角、王立学校長『大魔導』ロッド卿。
軽口を叩きながら、容赦なく上級魔法を斬りつつ、不敵な笑みを浮かべ、僕をからかう短い紅髪の美少女の姿。
そして……言葉の端々に滲ませる、強い諦念と孤独。
今となっては信じられないけれど、リディヤはかつてこう呼ばれていたのだ。
――『リンスターの忌み子』と。
そして、王立学校在学中にあったとある事件の結果……『忌み子』は『剣姫』となった。
これは、僕と初めての教え子の昔話。
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