新作ラノベ総選挙2019五位記念SS『待ち合わせ』

 ――これはまだ、リディヤ・リンスターが『剣姫』ではなかったある日のお話。


 王都西部にはとてもカフェが多い。

 これは、西部に集中している教育機関に通う学生達を当て込み、増えていった結果、とされているが、詳しいことは誰にも分からない。

 そんな、多くの店の一つ。空色屋根が印象的な小洒落たカフェの外に置かれた席に、一人の美少女が座っていた。

 肩に届かないくらいの長さの、光輝く紅髪。

 着ているものは王立学校の制服で、丸テーブル上の制帽には首席示す栄誉ある『三日月』の銀飾り。隣の椅子には片手剣が立てかけられている。施された意匠からして、明らかに大業物。

 カフェだというのに、丸テーブルの上には珈琲や紅茶はなく、水のグラスと少しばかりの焼き菓子だけ。

 右肘を置き、頬杖をつきながら、先程来、通りへ視線をちらちら。誰かを待っているらしく、まだ来ない、と分かると不満そうな表情を見せ、直後、嬉しそうに変わる。この時ばかりは歳相応。十代前半だろう。

 時折、初夏を告げる気持ちの良い風が吹き抜け、美しい髪をなびかせているその姿は、この紅髪の美少女が名のある名家の『御嬢様』であることを、如実に示しているが、カフェの店員や常連客達は慣れたもの。

 

『触らぬリンスターに祟りなし。むしろ、拝めて幸運』


 今春、紅髪の美少女が王立学校へ入学を果たし、このカフェへ一人の少年と通い始めて早数か月。これが共通認識となるのに、そう時間はかからなかった。今では、気軽に話しかける猛者もいる程。

 ……無論、少年がいる場合に限られるが。今日は、遅れているようだ。

 紅髪の美少女は両肘をつけ、少しばかり頬を膨らまし、ぶつぶつ。


「……まったく。下僕のくせに、私を待たせるなんて。だから、私も一緒に行くって言ったのに。『リディヤは先に行ってなよ。僕は傷心の学校長を慰めないといけない。あれは君に、本気を出していいよ、と言った僕が悪い。……やり過ぎ。後で、御説教』だ、なんてっ! あんたが言ったから、のに。……バカ。大バカ」


 この呟きを仮に聞いた魔法士がいたならば、何かしら論評することすらも困難だったろう。


 転移魔法ごと斬った。……あり得ない、と。


 今では、極々少数のエルフしか使い手がいなくなった、転移魔法は超々高難易度魔法である。

 使いこなせば、間合い、という概念そのもの一切を殺し、戦闘において圧倒的な優位を得ることが出来る。

 当然ながら、それを使いこなす為には、人の域を遥かに超えた魔法制御技術と、膨大を超える魔力量が必要となる。一般的には、御伽噺、都市伝説に片足を突っ込んでいる類の魔法。

 

 それを……斬る。


 事実ならば、王立学校長にして、二百年前の魔王戦争にも従軍した、歴戦の勇士である『大魔導』ロッド卿が傷心なのも無理はない話なのだ。

 ――紅髪の美少女の前に、一人のこれまた美少女が腰かけた。

 肩までの美しい金髪。背の高さは紅髪の美少女と同じくらいで、華奢。

 王立学校の制服を着こなし、頭に制帽。瞳には深い知性。腰に片手杖を下げている。少し離れた場所には、二、三名のエルフの姿。護衛だった。


「……座るのを許可した覚えはないわよ? シェリル」

「あら、そうなの? 私はてっきり『アレンが来ない……わ、私、見捨てられちゃったっ!? ど、どうしよう。あぅあぅ』っていう顔に見えたんだけど? ふふ……そんな、リディヤ・リンスター公女殿下も可愛いわよ?」

「…………目が腐ってるんじゃないの? ほら、とっとと、王宮へ帰りなさいよ、シェリル・ウェインライト王女殿下?」

「え? イヤだけど?」

「なんでよっ!」

「アレンと待ち合わせしているんでしょう? 私を除け者にして。ズルいじゃない。あ、それともぉ」

「な、なによ」


 シェリルの瞳に嗜虐が浮かぶ。

 あからさまに、リディヤが怯んだ。

 唇に、人差し指を当て、王女殿下はニコニコ。


「――アレンと二人きりになりたかった? デート、とか??」

「!?!!! な、あ、ち、ちがっ!」


 瞬時に真っ赤になった、紅髪の美少女が狼狽。

 その機を逃さず、潜んでいたリンスター家のメイドさん達が映像宝珠を向ける。一部の者は既に鼻血を流している。中には「リ、リ、リディヤ御嬢様、か、か、可愛い過ぎますっ。かはっ」吐血。

 そんな友人の様子を眺めながら、シェリルは店員さんにさっさと注文。どうやら、二人きりにさせるつもりはないらしい。

 未だ混乱中のリディヤだったが、グラスの水を一気に飲み干し、目を閉じ、腕組みをし、そっぽを向きながら早口で反論を試みる。


「あ、あのね? か、勘違いしないでよねっ。あ、あいつは私の下僕なだけで、それ以上、それ以下でも」

「ん? 僕が?? あ、店員さん、冷えた紅茶をください。カップは二人分で」

「!?」


 顔を向けると、そこにいたのは王立学校の男子生徒。

 淡い茶髪。細い身体。背は、少女達よりも低く、顔には幼さが残っている。

 走ってきたのか、額には汗。

 自然な動作で、リディヤの隣へ腰かけ、空のグラスへ水を注ぎ、飲み干す。


「あ…………」「む…………」

「はぁ、美味しい。途中まで学校長に追いかけられてさ。振り切るの大変だったよ。リディヤ、次回は少し手加減を――……リディヤ? シェリル様??」

「…………バカ」「…………アレン。様付け禁止!」


 紅髪の美少女は首筋まで真っ赤になりながら顔を俯かせた。声色には、隠しきれない恥ずかしさと喜びが混じり、さっきまでの不機嫌は掻き消えている。

 それを撮影していたリンスター家のメイドさん達は、堪え切れず地面に両手を置き、アレンとリディヤを拝み、昇天しそうになる者が多数発生中。

 シェリルの護衛達である、エルフの御姉さん達も、手で頬を仰いでいる。

 一人、頬を大きく膨らました王女殿下に少年が弁明。


「いや、それは無理ですよ。学内での呼び捨てだけでも、いっぱいいっぱいなんですから」

「リディヤは呼び捨てじゃない!」

「呼び捨てにしないと、斬る、って。最近は、も加わりましたけど」

「あ……」


 少年と王女殿下は、共通の少々困った公女殿下を見やり、同時に額へ手を置いた。

 炎羽が舞う。


「……二人共ぉ? 特に、下僕っ!!」

「はいはい。公女殿下の仰せのままに。紅茶、飲むかい?」

「――……飲む」


 様子を覗っていた女性店員さんへ、少年が合図。

 ――穏やかな初夏の午後を、三人は何だかんだ一緒に過ごすのだった。

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