第6話 新聞報道

【リンスター公爵家側特使、アトラス侯国主要港の使用権を強硬に主張】

【侯国軍幹部『我々は一敗北を喫したが、未だ領内占領を許しておらず、戦力は残っている』】

【小麦相場で不正の北部大商家多数。混乱継続か】

【戦争で儲けた金貨は何処へ】

【連合北部各港、リンスター公爵家海軍による海上封鎖、断続的に続く。侯国連合艦隊は近日中に革新的な作戦実施を予告】

、事態を憂慮。直接交渉へ乗り出すか】


 僕は現実に耐え切れなくなり新聞をテーブルに置いた。

 窓越しに空を見上げる。あー良い天気だなぁ。

 カップを手に取り、残り少ない珈琲を飲むと、アトラが僕を見上げ、飴玉を差し出してくれた。口に含むとほんのりと甘い。

 頭を優しく撫でる。


「ありがとう。アトラは優しい子だね」

「♪」

「……ねぇ」

「リディヤは僕に黙って髪を乱暴に切る子だからなぁ」

「そ、それは……だ、だって……だってぇぇ」


 少しからかうと、腐れ縁はすぐさま瞳に涙を溜める。まだまだ、回復途上のようだ。リボンを着けた前髪に触れ、頭をぽん。

 店員さんを呼んで、珈琲のお代わりと、お勧めの焼き菓子も頼む。

 アトラを撫でながら、それを羨ましそうに見ている腐れ縁へ相談。聞かれると少々まずいので、僕等の周囲にだけ消音魔法を多重発動。


「……リディヤ、何処まで知ってるんだい?」

「……さっきも言ったでしょ。私は知らない」

「……本当に?」

「……ほ、本当」

「うん。僕の目を見てもう一度言ってみようか。さ、何処まで知ってるのかな?」

「…………いじわる。下僕のくせに」


 渋々といった様子で僕をリディヤが見た。

 両手で頬杖をつきつつ、知っていることを話し始める。


「殆ど知らないのは本当。少なくとも、私は交渉内容を直接聞いてもいないわ。前線にいたし。…………誰かさんのせいでね!」

「あ~……それについては、ごめん。で、でも」

「でも、も何もないから。……アトラから全部聞いているんだからねっ!」

「!? アトラ!?!!」

「? ! !! !!!」


 膝上の幼女は僕を見ると『ちゃんと話した! 褒めて、褒めて♪』と獣耳と尻尾をぴょこぴょこ。

 ……くっ。も、もう、この子とそこまで。

 一手で攻守を逆転させたリディヤは、むすり。


「…………二度としないで。絶対に。危ないことをするなら、私も一緒に連れてって。一人で危ないことして、私がいないところで傷つかないでっ」

「……善処するよ」

「かわいくないぃぃぃぃ。そこは『はい、分かりました。我が御嬢様』でしょぉぉぉぉぉぉ」

「御嬢様を守る為なら、また同じことをするよ、きっと」

「っ!!!」


 あっさりと本心を伝えると、リディヤは両手を胸に押し付け目を見開き硬直。見る見る内に真っ赤になっていく。

 アトラは頬笑み、楽しそうに歌っている。

 腐れ縁が言葉を絞り出す。


「そ、そうやって、い、言えば、わ、私が折れる、と思っているんでしょ? ざ、残念でした。あ、あんたがそういう性格なのを、わ、私は誰よりも知ってるんだからねっ。黒竜の時だって、悪魔の時だって、あんたは、何時も何時も何時もっっっ」

「君だって、僕がそうなったら」

「助ける。絶対に助ける」


 迷いない断言。そこに、他の何かは一切介在していない。

 この子は僕が例え、世界を敵に回したとしても、笑って隣を歩いてくれる。

 丁度、珈琲と焼き菓子が来た。

 有翼獅子に象られたクッキーを腐れ縁に食べさせ、アトラにも食べさせる。


「話を戻すよ。この記事、どう思う?」


 さっ、とリディヤが新聞に目を通した。

 クッキー手に取り、僕へ差し出してきたので咥える。

 嬉しそうにしながらも、腐れ縁が淡々と論評。 

 

「……フェリシアの案を叩き台にして、御祖父様が素案を作成。エマ達を使って、侯国北部世論を誘導しているんじゃないの? 多分、本交渉時に、他の隠し玉を幾つか呑ませる腹ね。隠し玉、というより『猛毒がついた短剣』だろうけど。で、目の前で吞んで見せない限りは許さない。御祖父様は、お優しい方よ。ただ」

「ああ、うん。『リンスター』だしね。『堕ちたグリフォンは叩き続ける。二度と反抗しないように。そして、死ぬまで働け』かな?」

「御祖母様が、水都への特使だったらしいわ。で、みたいよ」

「…………」


 珈琲を飲む。心なしか苦い。砂糖とミルクを足し、調整。

 アトラが興味深そうに見ていたので、一口だけ飲ませてみると「!」途端に顔を顰め、僕のお腹をぽかぽか。まだ、この子には早かったか。

 珈琲をリディヤへ回す。

 かの『緋天』、四半世紀前までは、字義通りに手を出すなんて……きっと知らなかったのだろうけど、何て無茶を。

 王立学校、大学校時代、幾度か教えを請うたけれど、とんでもない人だった。

 僕が挑め、と言われたら即座に降伏。寝返る。第二次南方戦役において、ほぼで一国を降伏させたのは、嘘でもなんでもなく、真実なのだ。

 だけどまぁ、自分を『餌』にするような御方じゃ……はた、と気づく。

 

 リンスターは、『家族』に手を出した者を決して許さない。


 腐れ縁はニヤニヤ、ニマニマ。

 悔しいので、もう一枚クッキーを食べさせる。


「…………で、どうしようか?」

「遊ばせておけばいいじゃない。御祖父様も御祖母様も怖い方よ。王国内の掃除は、御父様と御母様の担当なんでしょうね」

「……幾ら何でも、やり過ぎだよ。これなんか、露骨だ」


 新聞の隅に小さく書かれている『本題』を指で叩く。

 『優秀な、極めて優秀な人材求む。見られるは広い『世界』。人種、年齢、性別問わず』

 ふっ、と溜め息を吐く。


「あの子は――……フェリシアは、これを機会に、連合北部で燻り、世に出られていない優秀な人材を根こそぎ攫う気だよ? 港、空路云々は隠れ蓑じゃないかな? で、最優秀な人材を奪われた北部五侯国は」

「晴れてリンスターの経済植民地となる。しかも、批判は連合首脳部へ向かうように世論を誘導して。ま、悪くないわね」

「…………」


 困った。リンスター公爵家は本気だ。本気で、侯国連合を切り崩そうとしている。しかも、大胆にもフェリシアを抜擢、絶大な権限を付与。好きに才覚を発揮させているから質が悪い。このままいけば、ほぼ実現するだろう。

 でもなぁ……膝上で、すやすや眠り始めた幼女を見やる。

 この子に優しくしてもらった分は返さないといけない、かな?

 懐からノートを取り出し、私案を書き始める。

 

 ――腐れ縁は「……バーカ」と呟きつつも、そんな僕を嬉しそうに眺めていた。

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