水色屋根のカフェにて

「…………」「…………」


 建物の外に出ると、紅髪の公女殿下と金髪の王女殿下が腕組みをし、背中を向けて頬を大きく膨らましていた。折角、綺麗なドレス姿なのになぁ。

 僕は二人に声をかける。


「魔法はどういう感じだった?」

「……一言目がそれなわけ?」「……心配してくれてもいいと思うわ」

「残念だけど……今日一日の件で、僕は君達よりもこの黒猫さん――アンコさんとシフォンへの信頼度を大きく上げたんだよね」


 右肩の黒猫さんと足下で尻尾を嬉しそうに振っているシフォンを優しく撫でる。

 二人の少女は、ますます頬を膨らまし、僕へジト目を向け、お互いの視線をぶつけあう。


「……あんたのせいだからね」

「は、半分は、あ、貴女のせいじゃないっ! ア、アレンもよっ!! お、女の子に、い、意地悪するのは、ダメだと思うのだけれど?」

「あ~……はいはい。もう、今日は喧嘩しないように。もしもするのなら、僕はアンコさんとシフォンとだけ、お茶へ行きます」

「「…………」」


 少女達は顔を見合わせ、暫し葛藤。

 渋々といった様子で頷いた。


「……下僕のくせに可愛くないっ! 減点よ、減点っ!」

「うん。そうだね。減点を受けるような僕は、リンスターの御屋敷を出ないといけないね。元々、入学式まで、っていう話だったし」

「なっ!?!! そそそ、そんなこと……そ、そこまで、その、い、言ってないし……」

「今まで、リンスターの御屋敷にいたのね……。あ、な、なら、今度は」

「王宮には行きませんので、悪しからず」

「……やっぱり、意地悪だわ」


 紅髪の公女殿下があたふた、慌てた後、しゅんとする。

 金髪の王女殿下は口にしようとしたとんでも提案を止められ、むくれる。

 僕は肩を竦め、溜め息。額を押さえる。


「……二人共、自分達の立場を理解してほしいです。貴女方は本年度の王立学校首席と次席で、公女殿下と王女殿下なんですよ? 御自覚を持って行動を!」

「……そのことについては後でじっくりと話をするわ……。ほら、さっさと、行くわよっ! …………それと、いい加減、な、名前で呼びなさいよっ! さ、さっき、呼んだでしょう?」

「はいはい」

「はい、は、一回、よっ!!!」

「おっと」


 超高速の手刀の三連撃を躱し、手を取る。

 ……こんな華奢なのに、あんな凄い斬撃を放つんだよなぁ。

 身体強化魔法は最早、異次元の域。

 なのに魔法はほぼ使えない。不思議だ。

 しげしげ、と手を眺めていると、恥ずかしそうな声がした。


「…………ね、ねぇ? その……そ、そういう風に見るの、や、止めなさいよ……」

「あ、ごめん」

「あ…………」


 慌ててリディヤの手を離すと、寂しそうな呟き。

 そして、自分の手と僕の手を見つめ、何かを要求する視線。

 普段の凛とした表情ではなく、少しだけ甘え混じり。年齢よりも幼く見える。

 ……仕方ない子だなぁ。

 右手を差し出すと


「! ……か、勘違いしないでよねっ! こ、これは、あんたが差し出したからであって、べ、別に私が手を繋ぎたかったわけじゃないんだからっ!!」

「そうだねー」

「…………」


 恐る恐る、と言った様子でリディヤが僕の手を握った。

 すると、ふわっ、と相好を崩し、そのまま笑う。

 咳払いの音。


「――こほんっ!」


 僕達が視線を向けると、王女殿下が微笑していた。

 視線は主に、僕へ。


「……二人して、私のことを忘れていたんじゃない?」

「……まさかまさか」

「……ふ~ん」


 王女殿下が疑惑に満ちた表情で僕をねめつける。

 リディヤは花のような笑顔を浮かべたまま、身体を揺らしている。

 ……どうして、こんな状況になったのやら。

 僕は今日何度目になるか分からない溜め息を吐き、告げる。


「さ、取り合えず、移動しよう。リサ様とアンナさんには報せておくよ」


※※※


 王立学校を出た僕達は、以前、入ったことがある水色屋根のカフェへやって来た。

 外の空いている席へ座り、メニューを見ながら少女達へ尋ねる


「何がいいかな?」

「あんたと同じのでいい~」「あ……そ、その……わ、私も同じで……」

「了解」


 依然として上機嫌なリディヤ。周囲をきょろきょろと見渡し、落ち着かず、時折「わぁ、わぁぁ……王都のカフェだぁ」と呟いては、興奮している王女殿下。実際に入店したことがなかったのだろう。この子は本物の王女様なのだ。

 男性――確か店長さんが注文を取りにきた。


「ご注文は?」

「えっと……南方と東方、それに北方産の紅茶と、それぞれのケーキを。あと」


 僕は手でカフェの外を指し示す。

 そこには一見、誰もいないように見える。


「――あそこにいる、方々にも温かい西方産の紅茶とケーキを。人数は四名です。一旦、こっちへ持って来てもらえますか?」

「! ア、アレン?」

「かしこまりました」


 王女殿下が驚き立ち上がったのも気にせず、店長さんが店内へ戻っていく。

 僕はようやく小さくなり、椅子の上でアンコさんに遊んでもらっているシフォンを撫でながら、微笑む。


「王女殿下の護衛の人かな? 綺麗な認識阻害魔法だね。行き先は告げたんじゃ?」

「う……い、言ったら、反対されるかなって……。そ、それよりも、ノアの魔法を見破ったの!? わ、私ですら分からなかったのに……貴方って、いったい何者……?」

「ふん! ふふんっ! 気づくのが遅いのよっ! その時点で、あんたの負けは確定的ねっ!! だから、とっとと、帰りなさいっ!! か・え・れっ!!!」


 今まで静かだったリディヤが、復活。

 ここぞとばかりに王女殿下を煽る。

 僕は、手を伸ばし頭をほんの軽くぽかり。


「!」

「こーら。声が大きいよ。お店だよ? ここ」

「な、殴ったわねっ!? ご、御主人様の頭をっ!」

「撫でた方が良かった?」

「当たり前で――……ち、違うのよ」

「…………」


 無言で紅髪の公女殿下の頭を撫でる。

 すると、頬を真っ赤にしながらも自分でも頭を動かし、身体は右へ左へ。

 話を逸らされた王女殿下は何とも言えない表情。

 次いで椅子を動かして、リディヤの隣へ。

 そして、僕を、じーっ、と見た。……な、撫でません。撫でないからね?

 ――この後、紅茶とケーキが届くまで、交互に頭を撫でさせられた。

 僕は何をしているんだろうか……。

 妹の声が聞こえてくる。 


『お兄ちゃんは、どうして、そうなんですかっ! お兄ちゃんは妹を撫でるものなんですっ!! これは、ゆるしがたいたいざいですっ!!!』


 ……カレン、元気にしてるかなぁ。

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