第26話 死神
「レナウン」
「なんです。ほら、とっとと突撃を……」
「寝るな。……来たみてぇだな」
「ええ」
魔法で構築した分厚い石壁に背をつけつつ、前方を見やる。
三日前まで散々、叩いた貴族軍が後退していく。朝っぱらから、飛竜に引かせた飛船が飛んでやがるな、と思ったが……。
大樹前を死守して、今日で十三日。
代わる代わる押し寄せていた叛徒共の動きが止まり、ただこちらを遠巻きに囲むだけになって、三日。
どうやら――軍旗が翻った。
薄紫の鎧を身に纏い、一糸乱れぬ様子で騎士団が前進してくる。
戦列が割れ、老騎士が現れた。
「近衛騎士団団長と話をしたい! オルグレン公爵が臣、ハーグ・ハークレイである!!」
「近衛騎士団団長、オーウェン・オルブライトだ。何か用かい? 爺さん。三日遅かったな。十分、休ませてもらった。悪いが『紫備え』程度にゃ負けねぇよ」
「貴様っ!!」
「クローディア、黙っておれ」
狙撃を警戒して石壁の中から煽ると、戦列内の女騎士が激高、老ハークレイ卿に一喝され、隣にいる騎士に押し留められる。
……練度は悪くねぇが実戦経験が不足だわな。
「剣を交わす前に、伝えておかねばならぬことがある」
「?」
「我等は、王宮にて貴殿等の同輩と戦った」
「「!」」
「若き騎士達よ、見事。よくぞ、近衛をあれ程の精兵へと鍛え上げた。勝敗は時の運とはいえ、近衛騎士団の戦いぶりは、騎士の鏡と讃えられよう」
「……そうかよ。が」
石壁の上に飛び乗り、大剣を構える。
一斉に槍衾がこちらを狙う。
「あんたらは俺達の副長を殺した。ここであったが、ってやつだ」
「ふ」
「……何がおかしいんだ?」
「リチャード・リンスター公子殿下は落ちられた。生きておいでであろう」
「!?」「リチャードが!?」
呆然とする。
あいつの糞真面目な性格上、どう考えても逃げる筈は――「いけません! 出ては、お嬢さん!」後ろから、若い見習い騎士の悲鳴。
ちっ、聞かれてたか。
「……貴方は、王都から来られたんですね?」
その動きを察知出来たのは、俺と老ハークレイ卿だけだったろう。それ程までの超高速機動。
野戦陣地と槍衾間に、数えきれない程の紫電が飛び散る。……ったく。
「カレンの嬢ちゃん、下がってろって言ったろうが」
「答えてください。貴方は王都から来られたんですか?」
「そうだ、と言ったら?」
「教えてください。貴方は――アレン、という青年と戦われませんでしたか?」
「……彼の者、正しく勇士の中の勇士! よもや、この歳で、あれ程の勇士と刃を合わせられようとは。武人の本懐であった」
「…………『あった』…………?」
紫電が荒れ狂い、殺気が空間を支配する。こ、こいつは。
『紫備え』の槍衾が揺れる。老騎士が片腕を前にだした。
「待たれよ。死んではおられぬ」
「!!!!!!! ほ、本当、ですか?」
「アレン殿は……剣と長杖折れ、魔力の一滴まで使い果たしつつも、最後の最後まで、近衛の騎士を逃そうと我等に立ち向かい、最後は立ったまま気絶された。そのような勇士を討てようか。王都にて手当を受けさせている」
「おやぁ? おかしいですね? 私が入手した情報とは異なるのですが?」
場にそぐわねぇ明るい問いかけ。
――老騎士の真正面に、メイドが立っていた。
はぁぁぁ? ど、どうして、こんな場所に、あのおば
「オーウェン様♪ 奥様へ」
「おっと、待ってくれ。……リチャードの機密情報でどうだい?」
「話が分かる方は好きでございます♪ さて」
メイド服のスカートの裾を指で摘まみ、会釈。
老騎士は戸惑い、『紫備え』も動揺。
「ハーグ・ハークレイ卿とお見受けいたします。私、リンスター家がメイド長、アンナと申します」
「……リンスター、だと?」
「先程のお話。是非とも詳しく! アレン様は捕虜になられた後、東方へ移送された、と王都でお聞きしたのですが」
周囲がざわめく。いやまぁ分かるわ。
男騎士が叫ぶ。
「! 馬鹿な。南方から王都。更には東都へ移動した、というのか!?」
「乙女に不可能はございません♪」
…………乙女って。
あんた、リチャードのおしめを「オーウェン様♪」い、いけねぇ! 死亡理由が、嫁による精神的拷問とか、笑えねぇって!
メイドがその場で、小首を傾げ困り顔で呟く。
「ん~困りましたねぇ。早くお助けしないと、リディヤ御嬢様も、フェリシア御嬢様もやり過ぎてしまわれるので、灰が残る余地も? ただでさえ、鐘も鳴っておりますし、半日で幾つか侯国が。ハワード家も容赦という言葉自体が存在しておりませんし。何しろ、ティナ御嬢様は、アレン様も御認めになる『天才』なので――いけません、カレン御嬢様」
姿が掻き消え、ぺたん、と座り込んだ狼族の嬢ちゃんの両手を握り、地面との間に、どうやったのかハンカチを引いた。
……ほんと、どういう原理「乙女の秘密でございます♪」。
リチャード、お前、すげぇわ。餓鬼の頃からだろ? いや、ほんとすげぇわ。
「アンナさん」
「お気を強くお持ちくださいませ。アレン様は、この程度の羽虫達にどうこう出来る御方ではありません! まだまだ、私共に御嬢様方の愛らしいお姿を提供していただかなくてはっ!」
「……妹である私の許可無しに」
「ちらり」
「!!!!! そそそそ、それは」
「どうぞ♪」
「……し、仕方ないですね」
「先程から、我等を愚弄しおって……!!! 『紫備え』構え!!!」
女騎士が怒鳴り、槍衾が一斉にメイドを照準した。
あ~……狼の嬢ちゃんも立ち上がる。右手に雷の長十字槍が顕現。
メイドが、老騎士へ勧告する。
「降伏なされば、楽かと存じますが」
「……出来ぬよ」
「そうですか。残念でございます。では、仕方ありませんね」
困り顔のメイドがほんの少し手を傾けた。老騎士が槍を振るう。激し過ぎる金属音。後方で構えられていた大盾が切断され、騎士達は訳も分からず、悲鳴を量産。相変わらず、えげつねぇ。初見殺し過ぎるわな。
――閃光が走り、戦列が切り裂かれ、雷が地面を穿ち、剣、槍、大盾が空中を舞う。軽やかな拍手。
「カレン御嬢様、御見事でございます。ですが、アレン様がおられぬのに、遠くまで行かれるのは危のうございます。ハークレイ卿も流石でございます。初見で私の技を防がれたのは、先代『剣姫』リサ・リンスター様。当代『剣姫』リディヤ・リンスター御嬢様。『勇者』様くらいでございます。アレン様は解明までされて……私、辱められてしまいました。よよよ。――激しく消耗されていても、アレン様相手に無傷、とはいかなかったようでございますね」
「……この技、帝国の」
老騎士は、脇腹を押さえ片膝をついていた。血が滲んでいる。メイドの技か?
――いや、違うな。回復魔法が効かねぇ、魔法、か。
嬢ちゃんが陣地へ舞い戻る。
おっかねぇリチャードの元先生様はにこやかな笑みを崩さない。
「ああ、言っておりませんでしたね。私、前職は帝国にて暗殺部隊の最高位『死神』を拝命しておりました。先々代の『勇者』様からもお褒めに預かったことがあるのですよ? 正直、リサ様暗殺任務の時と、あの時ばかりは、本気で死ぬかと思いましたが! 出来れば即刻、アレン様の居場所を教えてくださいますと、助かります。これ、本心でございますよ? 王都及び東都が、炎と氷と風で消え去る前にお早く! ――この世には、奇妙な、いえ、アレン様ならばこその縁もございますれば」
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