第25話 戦況認識
「――つまり、我等は勝ちつつある、ということだな?」
「そういうことです。グラント兄上」
王都及び王国中央部制圧の任に当たり、先程、飛竜にて東都へ帰還したばかりの弟――グレッグ・オルグレンの顔は、自信に満ち溢れていた。
弟が指揮棒を振るい、机上に広げた王国地図を指し示す。
「義挙から、今日で十日。多少の遅れはありましたが、我が軍は王都及び王国中央地帯の主要都市を押さえることに成功しました。王宮での攻防戦に『紫備え』を投入する羽目に陥ったのは予想外でしたが……他主要都市での、損耗は予定より遥かに低く、ほぼ無傷で済んでおります。やはり、既存の安定している制度を崩壊させかねない、昨今の王家の姿勢に、懸念を持っているものは多かったのです! 兵達も、当初こそ動揺もありましたが、今では落ち着いております。何しろ、我等は連戦連勝ですからなっ! そして」
指揮棒が、南と北、そして西を叩く。
顔を上げ、私へ向かいニヤリ、と笑った。
「――最大の懸念材料だった、リンスターとハワードについては、吉報が届いております」
「ほぉ。もしや、我等に賛同すると?」
「いえ、流石にそこまでは……、ですが、昨日、国境線沿いにて、両家はほぼ同時に侯国及び帝国と交戦へ到った模様です。詳細な情報は未だ入ってきていませんが――第一報では、両家共、大敗を喫し守りを固めていると」
「ほぉぉぉ。それは、確かに吉報だ」
「リンスター、ハワード共に、魔王戦争時代のカビが生えた武勲を事あるごとにひけらかし『常勝不敗』である、と喧伝していましたが、化けの皮が剥がれましたな! 兄上、これは好機ですぞ! 早急に王都へ!!」
「うむ!」
「――お待ちを。グラント兄上、グレッグ兄上。」
平坦な声が室内に広がった。
視線を向けると、痩せた魔法士姿の末弟、グレゴリー・オルグレンが考え込んでいた。
自分の提案を邪魔された、グレッグが不機嫌そうに問う。
「……何だ? 何か、見落としがあるというのか?」
「はい。三点程」
青白い指が王国西方へ叩く。
グレッグの顔が不快そうに歪んだ。
「一点目。我等は『玉』を捕らえ損ねました。西方には、ルブフェーラ公爵軍とその一党。そして、王国騎士団主力が健在です」
「……そんなことは分かっているっ。だが、西方の部隊は動かん。魔王戦争以降のこの二百年、ルブフェーラ公爵軍も王国騎士団主力も、動いたことはないのだ!」
「はい。その通りです。下手に動き防衛能力が低下すれば」
再度、指が地図上を動き、西方国境線沿いの大河を叩いた。
――人類にとって、忘れえぬ最終決戦の地。『血河』。
「魔王の東征が再開する可能性もある。それ故に、西方は動かず、を本計画では前提条件にしていました」
「ならば!」
「ですが、それは『玉』を捕らえるか、殺すか、した場合です。情報によれば、西方へ落ちた、と。で、あるならば、血河沿いの公爵軍は動かぬでしょうが、王国騎士団は動く可能性があります」
「……だが、全騎士団ではあるまい。一部ならば、進軍してきたとて、どうにでもなる!」
グレッグが苛立たしそうに、指揮棒で地図を打つ。
確かに……前王と、王族を捕らえることが出来なかったのは、錯誤。
末弟を、視線で促す。
「二点目です。先程、グレッグ兄上は、リンスターとハワードが大敗した、と仰いました」
「……それがどうした。言っておくが、事実だ。どちらも同地から逃げて来た、複数の飛竜便とグリフェン便から得た最新情報だ」
「――……早過ぎる、と思いませんか?」
「? どういうことだ??」
「現在、各公爵家は、連絡を寸断されている状況。無論、両家とも必死に情報収集をしているとは思いますが……交戦、大敗、防衛、余りにも盤面の展開が早い」
「ふ、ふん。何だ、そんなことか。グレゴリー、流石にそれは考え過ぎだ。相手は、侯国連合と帝国なのだぞ? 兵力差を考えてみよ。軽く十倍はあろう。第一、戦支度すらままなるまい。如何な、極致魔法と秘伝があり、リンスターに複数いる異名持ち達がいようとも、数は全てを解決する! 考え過ぎるのは貴様の悪い癖だ」
「…………はい。申し訳ありません」
末弟はグレッグへ素直に頭を下げた。
確かに展開が早過ぎる。
……が。我等は、今、王国の未来を大きく正しい方向へ動かそうとしている最中。知らず知らず、考え過ぎているのだろう。
王国の南と北が動かぬのならば。
「グレゴリー、三点目は何だ?」
「はい。……未だ、東都の制圧が終わっていないことです」
「? 兄上、どういうことです?? 東都にいたのは、精々四百足らずの近衛と、傲慢にも東都の一区画を我が物顔で占有していた獣達だけであった筈。如何な、近衛精鋭といえど、十日間も耐えられる筈が」
「…………オーウェン・オルブライド、だったか。敵ながら恐るべき男だ。家柄がもう少しまともならば、我が郎党に欲しかった程にな」
「兄上、大樹の引き渡しは、聖霊騎士団との約定。いきなり、裏切られることは、よもや、ないとは思いますが……」
「うむ。グレッグ。王都が片付いたのならば『紫備え』を東都へ戻しても構わぬな? 近衛を殲滅し、大樹を聖霊騎士団へ引き渡す。何故、あんな物を欲しがるかは正直、分からぬが……。援軍には違いない。たとえ、狂信者共であってもな。東都を片付けた後、予定通り、北と南を各個に撃破する!」
「……構いませんが。ハークレイは危険な男ですぞ?」
「はっ! 奴は古き者よ。私が既に公爵家の証である『
立てかけてある、戦斧を見つつ自信を持って言い放つ。
――そうだ、私は。既にオルグレン公爵家を継承した。
私こそが、オルグレン公爵なのだ
『馬鹿な真似はやめよ、グラント。我がオルグレン家は、王家と獣人達を決して裏切ってはならぬのだ。そのようなことをすれば……我が家は、恩知らず、恥知らずと滅びた後も、そしりを受け続けよう。だいたい、極致魔法も秘伝も使えぬ者が、リンスターとハワードを敵に回すだと? …………お前は、この地を炎と氷で沈めるつもりなのか?』
……愚かな老父だ。
精々見ているがいい。この王国が私の、グラント・オルグレンの手に落ちるところをな。王座には、廃人同然のジェラルドを着かせれば事足りるのだからな。
グレゴリーが、指を引いた。軽く頭を下げる。
「では、グラント兄上、グレッグ兄上。私は、私の仕事へと戻ります。グレッグ兄上、例の者、ありがとうございました。助かりました」
「……どうということはないが。いったい何に使うのだ? あのような、下賤の輩を」
「決まっているじゃありませんか」
ゾクリ、と背筋が震えた。な、何だ? グレッグも顔を引き攣らせている。
――末弟は酷薄な笑みを浮かべ、こう告げた。
「獣の使い道など一つしかありますまい? 実験ですよ。実験」
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