第24話 英雄

「お願いします。其処を退いてください。私は行かないといけないんです――王都へ半瞬でも早く。もう、待っていられないんです」

「……それは、出来ません。外は叛徒に囲まれています。音が聞こえるでしょう? 今もまた交戦中なのです。貴女のような子を、戦わせては近衛の名折れ。どうか、今は」

「……近衛の名なんて知りません。知ったことではありません。王都には兄が……この世界でたった一人しかいない、私の兄がいたんです。私は誰よりも知っているんです。兄は無理をします。自分一人ならどうとでもなるのに、きっと、きっと、今頃は……もう一度言います。其処を退いてください」

「…………出来ません」

「そうですか。なら」


 私の感情に合わせて魔力が活性化。大樹の第一階層全体に、凄まじい紫電。人々は何かを言いたそうに、私を見ていますが、構ってなどいられません。


『『剣姫の頭脳』及び近衛騎士団勇戦するも……王宮陥落』


 辛うじて届いたその報せを聞いた時、「嗚呼、やっぱり」と思いました。私の兄さんはそういう人。きっと、王都にいる知っている人達を見捨てられなかったのです。……兄さんは馬鹿ですから。

 

 誰よりも優しく、甘く、強く、勇敢で、最後の最後まで諦めない。

 

 これだけなら、まるで、子供の頃読んだ絵本に出てくる『英雄』みたい。

 ……でも、きっと、あの人はそれを認めないでしょう。


『カレン、余り虐めないでおくれよ。僕は自分に出来ることをしているだけさ。父さんと母さんにも小さい頃によく言われただろう? 「自分に出来ることを相手にしてあげなさい」って。それに、きっとカレンだってそうする。だって、僕の世界でたった一人しかいない自慢の妹なんだから』

 

 ……馬鹿です。兄さんは馬鹿です。ほんとに、ほんとに大馬鹿です。

 そんなの当たり前じゃないですか?

 私は、あの時から――山の中で一人迷子になり怪我をして泣いていた私を、当時まともに魔法を使えなかった貴方が、自分だって身体中に怪我してるのに、迎えに来て『カレン、大丈夫かい?』と手を取ってくれた時から……ずっとずっとずっと貴方の背中だけを見てきたんですよ?

 貴方に追いつきたくて、貴方が家に残したノートと、王都から送ってくれるたくさんの本を擦り切れる程、読み込んで読み込んで、王立学校に入学した後も……ただただ、貴方に追いつきたくて、追いついて、今度は私が困っている貴方の手を取って『妹は情けない兄を助けるものなんです』って言ってあげる為に。

 

 そう決意して、頑張って、頑張って、頑張って……ようやく、遠かった貴方の背中に手が届きそうな位置まで来れたのに。

 

 ……こんな結末、私は断固として拒否します。

 運命? 知ったことではありません。そんなもの、即ゴミ箱行きです。

 私は諦めません。諦めてなんかやりません。たとえ、幾千、幾万が相手だろうともです。今度は、私が、兄さんを救う番なんです!!!!!!

 

 短剣を引き抜き、軽く空中に投げ、紫電を集束。

 ――右手に雷の長槍が顕現。

 それを見て青褪めながらも、入口前に立つ若い近衛騎士は退こうとしません。


「警告はしました。謝罪もしません。全てが終わった後で罰は受けます」

「……カレン、駄目よ」

「! 母さん」


 しわがれた声が私の耳朶を打ちました。

 魔法を解き振り向きます。そこにいたのは、母のエリンでした。ふらついています。普段は元気いっぱいで若々しく、年齢不詳な人なのですが……慌てて駆け寄り、手を取ります。ゾッと、するほどの冷たさ。


「ああ……カレンは温かいわねぇ」

「母さん、寝ていてください。父さんが心配されます」 

「心配なのは、貴女よ、カレン。今だって、若い騎士様を困らせて」

「……母さん、私は強くなったんです。だから、兄さんを」

「カレン」


 母さんが私に抱き着いてきました。ただでさえ小さな身体は、この数日で更に小さくなってしまいました。静かな声が聞こえてきます。身体は震え続けています。


「…………あの子はね、赤ん坊の頃から、手がかからない子だったの。最初の数日なんて、泣いてもくれなくて、病気なんじゃ、と思って、ナタンと慌てて病院へ行ったら、何も異常もなくて。だけど、私を見て、ずっと、ずっと笑顔で……笑顔で……大きくなっても、毎日、笑って、私達に色々な話をしてくれて……それが、私達にとってどんなに嬉しいことだったか。王都に行ってからも、手紙を欠かさず送ってきてくれてね。ふふ、今だから話すけど、貴女が王立学校に受かった時の手紙なんて、飛び上がらんばかりだったのよ?」

「……母さん」

「あの子の名前はね、魔王戦争の時に活躍された凄い英雄の名前をもらったの。…………でもね、でも。私は、私とナタンは、あの子に、英雄なんかになってほしいと思ったことは、一度だって、ただの一度だってなかったのよ? どんな場所でも、笑顔を絶やさず、誰にだって優しく、少しだけ意地悪、いると何故か、ぽっ、と灯りがともるようだった、っていう彼の昔話が大好きで、そういう子になってほしい、と願ってつけたの。『アレン』と」

「母、さん……もう……」

「…………あの子は、私達が願った通りの子に育ってくれた。あの子と貴女は私とナタンの自慢であり、誇り。それは揺らがない。そして、私とナタンは、あの子を拾ったのを、後悔したことなんてない。むしろ、あの日、あの子に出会えたことを、ずっと感謝してきた。感謝し続けて来た。だって、そうでしょう? あの子は、アレンは……世界でたった一人しかない、大事で愛しい、私達の息子なのよ? 血の繋がり? それがなんだって言うの?? あの子は、あの子は、私達の……」

「母さん!」


 涙で視界が滲み、膝が崩れます。魔力を維持するのなんて、到底無理です。

 駄目です。こんなの駄目です。私はしっかりしないと、駄目、なん、ですから。

 母さんだけでなく、周囲からもすすり泣きが聞こえてきます。

 ――静かな慟哭。



「あの戦争で……『流星』は、最後にはみんなを守って、燃え尽きてしまった。最期の最後まで笑顔だったそうよ。その結果、人は辛うじて勝利をおさめた。灯りをともしたのよ。希望のね。……人族は認めたがらないけれど。でも、でもね? ……私は、私達は、あの子に、そうなってほしかったわけじゃない。わけじゃないのよっ! 笑顔を浮かべて、元気で、時々意地悪で、そして…………偶には帰ってきてくれて、私達へ嬉しそうに色々な話をしてくれれば、それで、ただそれだけで良かった。『英雄』ではなく、私とナタンに、笑顔を見せて、話をしてくれれば、それだけで……私達は生きていけたのよ……」 

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