第23話 近衛の本分

 振り下ろされる無数の長槍。

 懲りない連中だ。通じねぇんだよ、その程度の攻撃じゃなぁ。大剣を横薙ぎし、重騎士を吹き飛ばし、叛徒共の戦列に大穴を開ける。そこへ飛び込み、十数名の騎士を蹴散らす。

 呻き声。怒声。悲鳴に近い命令。


「うがっ!」「何だ。何なんだ! こいつはっ!!」「戦列を崩すなっ!!」「魔法だ! 魔法を集中せよっ!!! 距離を取れっ!!!!」「後方の大樹を巻き込みますっ!! 司令部の命令ではっ」「構わんっ! あの化け物を――オーウェン・オルブライトを殺すことを優先するっ!!!」


 敵指揮官の冷酷な命令で、空気が変化し戦列が後退。殺気が色濃くなり、槍の穂先には無数の攻撃魔法。

 おーおー。容赦がねぇなぁ。こっちは俺一人だってのに。

 肩に愛剣を置き首を鳴らす。後方には東都を守護せし大樹。

 そこの入り口へと続く階段前の通りには軍旗が翻り、俺達の鍛え上げた近衛騎士団が布陣している。ここまで、果てのない防衛戦をしてきたにも関わらず軍旗に陰りは全く見えない。

 

 ふん――悪くねぇ。


 近衛騎士団は決して大きな組織じゃねぇ。

 僅か六個中隊。人員数で六百名足らずでしかねぇところに、リチャードと第二中隊、それに負傷者は王都へ下がらせてた結果、一週間前の変事勃発段階で俺が掌握出来ていたのは、四百足らず。

 それで、俺がいるとはいえ、名高いオルグレン公爵軍と、とにかく硬くて七面倒臭い東の聖霊騎士団を含む約20000相手に、ここまで粘れている。

 ……こいつは、悪くねぇ。悪くねぇよ。


「笑ってる……笑ってるぞ、あいつ」「ひ、怯むなっ! 撃て撃てっ!!」「休みなく撃ち続ければ、如何な『王国最強騎士』たる近衛騎士団団長といえど、倒れるっ!!」「一斉射撃だ!! 全火力を集めよっ!!!」


 正解だ。幾ら、俺でも死ぬ時は死ぬ。この一週間、ほぼ寝てねぇし。

 リチャードの奴は『大丈夫。君は殺しても死なない』なんて、ひでぇことをいいやがるし、もう一人の性格ねじ曲がり副長なんて『いいから、とっとと逝け。ああ間違った、行け』なんていいやがる。ったく。本当にひっでぇ奴等だ。  

 

 ……だけどまぁ。


 大剣を構えなおし、魔力を活性化。

 地面が揺れ、叛徒共の軍旗が倒れる。


「リチャードの馬鹿が、近衛の副長が、俺の親友が……俺が剣を預けた男が、王都で命を懸けたってのに、団長である俺が懸けないってのは、ねぇよなぁ。ましてそれが――近衛騎士団!!!!!!!!」


『我等、護国の剣なり! 我等、護国の盾なり!! 我等、弱き者を助ける騎士たらんっ!!!』


 後方より、凄まじい大声。

 先頭にいる副長兼参謀レナウン・ボルと視線が交錯。肩を竦め、長杖を構えてみせる。けっ。すかしやがって。分かってんだよ。お前だって本当はこう思ってんだろ?

 

 ――悪くない、ってな。

 

 大剣を強く強く、握りしめる。

 単なる力を振るうだけの馬鹿だったこの俺を、零落していた貧乏男爵に過ぎないこの俺を、近衛騎士団団長なんて重職が務められる器じゃ到底ないこの俺を「面白いじゃないか。今が最弱ならば、僕等の手で最強にすればいい。君なら出来るさ」と、引き上げてくれた赤髪のお人好し――リチャード・リンスター。

 

 俺は知ってたんだぜ? 

 

 お前が、普段はあんなでも、結局のところ糞真面目で、いざ、有事の際は近衛の本分を全うしちまうことは、な。

 大方、王都にいただろうアレンと一緒に、派手にやったんだろうが?

 ……勝手な奴だ。本当に、本当に勝手な奴だ。

 散々、俺やレナウンに無理難題を押し付けておいて、自分だけ……華々しくしやがって。ああ、いいさ。なら、俺達だってやってやらーな。お前がいなくてもな。

 

 ――大樹の中には、変事の日、突如、叛徒共に大襲撃をかけられ、逃げ遅れた千を超える獣人達が籠城している。


 理由は『獣人達は、長年に渡り不当に大樹を占有し続け、他の人族に多大なる悪影響を与えた。加えて、オルグレン家に謀反の疑い大。全てを捨て、大樹を明け渡せば、命は取らない』。

 ……馬鹿もここまでくると、病気かっての。

 大樹は、魔王戦争どころかその前の大陸大戦時代から、獣人達が管理してきた。要は……欲する何かがあるんだろう。

 聖霊騎士団が、来てやがるのもその為か? けっ。まさか、オルグレンがここまで腐ってやがるとは。まぁ、ジェラルドに支援をしてやがったくらいだからな。  『炎麟』は別だったみてぇだが。俺達の報告が届く前に、計画を早めたってとこだろう。

 老公は大方、監禁か最悪暗殺でもされたんだろうが……泣くぜ。あの忠義一筋の爺さん。

 謀反ってのも理由付けとしては厳しい。魔王戦争時代ならいざ知らず、今の獣人達の大半に大した戦闘力はねぇ。

 謀反をする武力を持った者は遥か西方の魔王領で皆、英雄になっちまった。

 かの『流星』も含めて。

 まぁ、今でも、とんでもなくおっかねぇ狼族の嬢ちゃんはいるが。

 

『つまり……全員殲滅すればいいんですよね? 分かりました。そうしますから、退いてください。……私は、王都へ行かないといけないんです。半瞬でも早く』


 ぞくり、と身体を震わす。

 あの怒りを通り越して、冷静に短剣を淡々と研いでやがる嬢ちゃんの相手をするくらいなら、目の前に紡がれている魔法をどうにかする方がまぁ楽だわな。

 後方を見ずに叫ぶ。


「レナウン!」

「何です! ほら、とっとと、逝ってくださいっ! 突撃です、突撃! それしか、脳がない――失礼。脳まで筋肉でしたね。無理なこと言いました。とにかく、突撃ですっ!!」

「ひ、ひっでぇなぁ。――分かってるな? 大樹には一発も当てさせるな」

「……分かってます。分かってますともっ!! 皆、いいですね? 今日でもう七日。もう数日耐え抜けば、増援が来ます! 必ず来ます!! それまで、市民の皆さんに、怪我の一つでも負わしたら、我等が近衛副長、リチャード・リンスターに合わせる顔がないと思いなさい!!!!」

『応っ!!!!!!』


 嗚呼――本当に、悪くねぇ。


 戦列奥の敵指揮官が、信じ難いモノを見るかのように、表情を強張らせながら、剣を振り下ろす。

 殺到してくる無数の魔法を吹き飛ばし、たたただ、前進し、叫ぶ。



「近衛騎士団団長、オーウェン・オルブライトだっ! 近衛の本分、果たさせてもらうっ!!!!」

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