第22話 勇者

「確かにそう。所詮、カップの中の争いに過ぎない。私が剣を振るう必要性は皆無だから、勝手にすればいい。数だけいても、帝国軍は羊の群れ。統率者も羊。狼に率いられた、わんこの群れには敵わないと思うけど」


 こちらの問いかけに、少女は素っ気なく首肯し、椅子にちょこん、と腰かけた。

 ……こうして見ると、ティナとほぼ同じ背丈か。年齢は十七になる筈だが、幼く見える。

 以前、会った時と一切、外見に変化は――いや。前は短かった髪が、長く伸びている。先代『勇者』も、先々代も、髪は短かったと記憶しているが。

 帝国大使が、泡を喰い叫ぶ。


「ア、アリス殿! それでは困ります!! この場に来られた意味をお考えくださいっ!! 貴女とて、皇帝陛下の臣である以上、帝国の為に最大限の努力――あがっ……」


 バタバタ、と優男と警護兵達が腰を抜かし、地べたに這いつくばる。

 少女の一瞥に耐え切れなかったのだ。冷たい囁き。

 

「私は皇帝の臣じゃない。『帝国』という土地にただいるだけ。今日、この場に来たのは、単に屋根代の支払い。私がいれば、狼はこの場で貴方達を噛み殺したりはしない。それ以上、それ以下でもない。あと、皇帝に『新たな『氷雪狼』の使い手が現れたという情報がある。そこに何かしら、貴女様が関わらざるを得ない要素があるかもしれぬだろう?』と言われた。も近頃、騒がしい。その確認はする。もう一つ」

「っ!!!」


 白光が部屋の中を走り、音を立てて天井の照明が砕け、床に落ちる前に消失。

 相変わらず凄まじい魔力だ。とても人のとは思えぬ。

 今や、大陸で唯一かつての英雄の称号を受け継いでいるだけのことはある。

 戦場で我が曽祖父が一度だけ交戦した後、一族に『あれと戦ってはならぬ。あれは、竜、悪魔を超えるモノだ』と言い遺したのも頷けるわな。炭と化した、右腕を見つつ、満足気に笑っておられたそうだが。

 そして、聖霊、ではなく、精霊、か……。

 少女が淡々と続ける。


「私は、蛆虫に名前を呼ぶ許可をした覚えはない。領土なんてないし、欠片も興味はないけれど、一応、私はアリス・アルヴァーン。蛆虫の論理でも、どちらが上かは分かる筈。言葉遣いがなってない。不敬で死ぬ?」

「!!!!!」 

「私も、大公と呼んだ方が良いかね?」

「名前以外なら何でもいい。それよりも、皇帝が言っていたことは事実?」

「事実だ。我が末娘は『氷雪狼』の使い手となった。しかし、勇者殿が懸念するような事実はないし、まだ十三。戦場へ出るには若過ぎる。私個人としても、出す気はない。たとえ、あの子が大人になろうともな。帝国の皇帝陛下がわざわざ懸念するような事柄ではあるまいよ」 

「??? 不思議なことを言う。私は七つで竜と上級魔族を殺した。十三なら、戦場に十分立てる。貴方の末娘は魔法を使えない、とも聞いていた。それが、いきなり使えるようになったのは何故?」

「……凄まじい戦歴よの」


 あっさりと御伽噺の英雄ですら艱難辛苦の後、辛うじて成し遂げる、竜殺しと上級魔族殺しを告白され苦笑する。とにかく人の常識の外にいるのだ、この少女は。

 ……『氷鶴』の件は、グラハムの防諜対策が功を奏しているようだ。ここで告げるわけにはいかない。何処に、少女を動かす導線があるかも分からぬのだから。

 手を軽く振り、告げる。


「どうもこうもない。末の娘は、弛まず努力をしていた。その結果だ。付けた家庭教師の力も大きいがね」 

「本当に?」

「嘘を述べる理由もない。第一、勇者殿からすれば、極致魔法とて、他の魔法とそれ程、変わりはあるまい?」

「買い被りが過ぎる。極致魔法は少し面倒」

「少し、か。我が王国でも使い手が限られるのだがな」

「大陸全体で見れば、一か国に四家もいる方が異常だと思う」

「当然であろう? 何しろ、西方には――『魔王』がいるのだ」

「……狼は賢くて嫌い。あーいえば、こういう」

「悪い友人に囲まれておるからな」 

「…………きっと、嫌な人。取りあえず、私は、聞きたいことを聞いた。後は、カップの中で争えばいい。屋根代は払ったと思う。精霊が騒がしいのは気になるけど。んしょ」


 少女は椅子から降りた。

 どうやら、本当にこれだけを尋ねにきたらしい。

 地べたに這いつくばり、呆然としている帝国大使へ告げる。 


「もう良いかね? 戦の準備もあるのでな」

「馬鹿な……馬鹿なっ……馬鹿なっっ!! い、一公爵が、列強の一角である、我が国とこうも容易く開戦を決意する、だと!? 兵力差がどれほど、あると思っているのだっ!!!! た、たとえ、南方方面軍を退けたとしても、他の軍もいるっ!! どういう、頭をしているっ!!? 貴殿には恐怖、というものがないのかっ!!!!!」

「恐怖?」


 これまた、面白いことをいう御仁だ。

 自然と笑いが零れ、部屋の中に声が反響する。


「な、何がおかしいっ! 狂ったかっ!?」

「いや、何。うむ、確かに恐ろしいことだ、と思ってな。――恩義ある者に、恩義を返せず、死なせるのは恐ろしい。本当に本当に恐ろしいことだ。故に、何度でも言おう。我等は急いでいるのだよ。邪魔をしないでいただきたいのだ、帝国大使ヒューリック・チェイサー殿」

「っぐっ! ……後悔しても」

「後悔などせん。では、勇者殿。お会い出来て、光栄であったよ。また、何処かで。出来れば戦場では会いたくないものだ」

「ん。私にも狼を虐める趣味はない。……貴方がそれ程まで気にかける相手、少し興味がある」

「ほぉ」


 まじまじ、と一切崩れない少女の顔を見る。

 人に興味か。いざ、魔王軍の東征が再開されれば、人類側にとって正しく『鬼札』となるだろうが、同時に、恐怖も撒き散らすだろう者が。

 こちらの想いには気付かず、少女が続ける。


「正直、貴方の言う『恐怖』は余り理解出来ない。私が怖い、と思ったのは今までで一度きりしかないし」

「名高き黒竜戦のことかね? もしくは、その前に行われた『剣姫』との決闘」

「――違う」


 少女は大きく頭を振った。

 そして――初めて表情を崩し、美しく微笑んだ。



「私は紅い泣き虫毛虫なんか全然怖くない。次会った時、間違いなく私が圧勝する。私が怖いと思ったのは……死戦場で私を救い、このろくでもない世界でたった一人怒ってくれて、私の為に泣いてくれた、あの人にもう二度と会えないかもしれない、こと。たった一つ、それだけ。でも、大丈夫。問題ない。紅い泣き虫毛虫は、私みたいに強くないから、あの人を――アレンを、離したりしない。離して真っ暗な路を歩いて行ける程、強くないから。ただ、万が一離してしまったら、あの子は、私の――世界の敵になるかもしれない」

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