第21話 帝国大使

「これはこれは、ワルター・ハワード公爵。本日は、わざわざ当領事館へお越しいただき、誠にありがとうございます」

「……子供の遣いではないのだ……手短に願う」

「無論、そうしたいところではあります。が……それは、閣下次第ですな」


 椅子に座る縮れた茶髪の優男――帝国大使ヒューリック・チェイサーは目を細めた。自身の優位を確信しているのだろう。言葉の端々に、嘲りが混じる。


「……私はこれでも多忙の身。用件をうかがおう」 

「そうでしょうなぁ。何しろ、貴国の王都は、真に道理を弁えておられるオルグレン殿が押さえられ、国王陛下と王族の方々は行方知らず、と聞き及んでおります。各公爵家との連絡もままならぬとか? いやいや、私は、偶々、帝都へ召還されていて無事でしたが、恐ろしい話ですな」

「…………」


『王都にて変事あり』


 その一報を受け、各方面との連絡が途絶え今日で一週間。

 王都方面へ強行偵察部隊を進発させ、ようやく集めさせた情報を、領事館に籠っていた男が知っている、か。

 ……なるほど。

 どうやら、教授の見立ては当たっているようだ。

 

『僕とあの性悪エルフ、君やリカルドといった公爵達、近衛騎士団本隊とオーウェンの全員が王都に不在――そんな瞬間は早々ない。かと言って、忠義一筋の老オルグレン公はこんな馬鹿げたことをしやしない。つまり、オルグレンの馬鹿息子共の仕業だ。本来の計画は、ジェラルドと呼応してのものだったんだろうが……おそらく、侯国連合、帝国とも話はついているんじゃないかな。西は魔王軍を刺激するから、派手には動けないからね。王都へ『紫備え』が投入されているのなら、下手すると、東の聖霊騎士団も噛んでいるかもしれない』 


 まったく。困ったものだ。

 帝国大使へ尋ねる。


「単刀直入に問おう。帝国は何は欲するのだね?」

「何、簡単なことです――国境線をリニエ川まで下げていただきたい」 

「…………出来ぬ、と言ったら?」

「私は理解いたします。ええ! それはそうでしょうとも! ガロア地区は、貴家にとって、輝かしき勝利の地! そして、嗚呼!! 我が故国にとっては、苦い敗北の地……だからこそ、その地を何時までも王国に握られているのを、皇帝陛下は望まれておられぬのです。そう言えば、これは小耳に挟んだのですが――」

 

 大きな声を出しつつ、優男が大仰に両手を掲げ、目を瞑り首を振る。

 そして、蛇のような視線でこちらを見つつ、世間話でもするかのような口調で続けた。


「我が帝国南方方面軍が、貴家国境付近にて大演習を行う、とか。無論、そこに他意はございません。所詮、演習は演習です。が――若手の騎士の中には血気にはやる者達もいるとか、いないとか。はは、困った者ですなぁ」

「…………」


 帝国軍が国境沿いに集結していることは既に把握している。

 ――目的は、間違いなく王国混乱に乗じた領地簒奪。

 グラハムと教授の状況判断、そしてティナによる物資集積情報の分析では、とてもガロア地区だけを目標にした物資量ではないとのことだった……。

 目の前の優男を、ギロリ、と睨みつける。

 

「恐ろしい、恐ろしい。名高き『北方の狼』様から、そのように睨まれてしまいますと、一介の大使である私如き、声も出なくなってしまいます。が、貴家だけで我が南方方面軍二十万と相対するは、いささか。貴家の兵数はどれほどですかね? 一万? 総動員しても二万までは届きますまい」

「…………話については了解した」

「おお! 流石はワルター・ハワード公爵閣下! 話が通じて何より。では、早速、この書類にサインをいただきたい。既に、皇帝陛下の裁可は」

「――帝国大使殿は、何やら考え違いをされておられるようだ」

「? 考え違い、ですと?」


 椅子から立ち上がり、優男を見下ろす。

 ……まったく困った者だ。

 どうやら、この男、そして――現帝国皇帝も理解していない。


「貴殿の前にいるのを誰だと思っているのだ? 我が名はワルター・ハワード。戦わずして領土を明け渡すなど、そもそも考えたこともない。帝国皇帝にはこう御伝言されたい。『来りて取れ』」

「!? ……ふふ、ふふふ。そのような態度を取ってよろしいのですか? 我が帝国軍とて、貴家の実情は分析しているのですよ? ガロアを奪われた百年前ならいざ知らず、現在の貴家に、我が故国と増援無しにやり合うなど、到底不可能!」

「『ハワードの忌み子』」

「? 誰です、それは。公爵、今、我々が話をしているのは」

「つい最近まで、私の末の娘は、王国の貴族達からそう呼ばれていた。何しろ、魔法が使えなかったのだ。貴国でもそうであろうが、魔法を使えぬ貴族は蔑みの対象となりやすい。公爵家に列なる者であるならば、尚更だ」

「だから、何の話をして、っ!?!」


 此方が発した殺気を受け、大使が椅子から転げ落ちる。

 音を立てて警護兵が入室。剣の柄に手をかける。


「だが、我が領内の者達は、皆、例外なくあの子を愛してくれた。『我等が愛しき小さな御嬢様』と。そして、言葉には出さずとも、末娘を救ってくれたのがだと知っていた。……知っていたのだ。此度、起こった王都の変事において、国王陛下と王族の皆様方を守り、我が身を顧みず、最後の最後まで勇戦した一人の青年はだね、ハワードにとって、そのような人物であったのだよ、帝国大使殿。故に今、我々は先を急いでいる。とても急いでいる。恩義を果たさずして何がハワードか!! ……にも関わらず、貴国は邪魔をする、という。ならば、噛み千切って捨てる他あるまいて。……ハワードを舐めるなよっ、小僧!!!!!!!」

「っっっっ!!!!!」


 室内に吹雪が巻き起こる。

 帝国大使は顔面蒼白になり、護衛兵達もガタガタ、と震えている。実戦経験が足りておらんわな。

 さて――首を鳴らしつつ、問う。


「よもや、貴殿まで、このような馬鹿げた事に、関わってはおるまいな?」 

「私はこの場にいればいい、と言われただけ。領土なんかに興味はない。冷たい。雪や氷は嫌い。止めて」

「これは失礼した」


 吹雪を消し、音も気配も魔力すらなく、部屋へ入って来た長い白金髪で、人形の如き美貌と折れそうな程に華奢な身体をし、腰に何の飾りっ気もない片手剣を提げている美少女へ軽く頭を下げる。

 ――彼女の前では、俗世の地位など意味をなさぬからだ。 



「久しいな。『勇者』アリス・アルヴァーン殿。いったい、何用かね? ここには、貴殿が斬るような、世界に大きな影響与えうるモノ、はいないと思うが?」

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