第20話 恫喝
「――で? 話とはそれだけかな?」
「なっ! ふ、ふふ。リンスター公爵もお人が悪いですなぁ」
「貴国は現在、何やら揉めておられる、とか。此度の提案、それ程悪いものではないと思いますが」
テーブル越しに二人の男が、私へ向け勝ち誇った視線を向けてくる。
右側の男は、一見、商人風。髪はほとんどなく年齢は五十代。眼鏡をせわしなく、動かしている。我がリンスター家と国境を接する侯国連合の一国、ベイゼル侯国の使者だ。
左側の男はスーツ姿の如何にも役人面。こちらはアトラス侯国の使者だ、こちらを品定めしている瞳は、やはり勝利を確信している。
――なるほど。
オルグレン家を中心とする守旧派の叛乱、事前に連合とも協議済み、か。そして、おそらく帝国とも。
よもや、オルグレン老公が……いや、あのご老人はそれ程、愚かではあるまいて。つまり、息子達の仕業。困ったものだ。
椅子へ背中を預ける。使者達が畳みかけてくる。
「無論、我等は戦争を欲してなどいませぬ。が」
「かつての嘆かわしい紛争により、一方的に奪われた状態となっている旧侯国領の問題解決は我々の宿願。何時までも、この問題を放置しておくわけにもいかぬのですよ」
「公爵の御英断に期待すること大であります。もし、受け入れていただけぬ場合」
「大変残念ではありますが、我等もそれ相応の行動をせざるを得ませんなぁ。時に、心ある方々が王都を、とか? 援軍は来ますまい」
「この場にて、ご回答いただきたい」
「……なるほど」
本当に困ったものだ。
――『鐘』の音が聞こえてきた。
ふむ。珍しく意気消沈していた我が妻は決断したようだ。
ならば、是非もなし。
「鐘の音?」
「公爵、これは、いったい?」
「……どうもこうもあるまいよ。単に、煉獄の門が開くだけのこと」
『!?』
「貴殿等の提案について、回答しよう。答えは――否。断じて否だ」
「なっ!? ば、馬鹿!」「リンスターは連合と戦争を欲するのかっ!!」
「何を戯けたことを。貴殿等、何か勘違いしておられるのではないか?」
両肘をつき、青褪めていく使者二人を眺める。
最後にリンスターの鐘――公爵領総動員令がかかったのは、もう三十年以上前のこと。
御義母様が単騎にて、侯国連合軍を破られた第三次連合戦争以来だから、知らぬ者もいよう。歴史を知らぬ者を使者に立てるとは……愚か者につける薬や魔法はないものだ。
「――我等はリンスター。魔王戦争において、北方のハワード、『流星』率いる獣人旅団と共に、魔王領が首都ドラクルに迫り、魔王の心胆を凍り付かせた家柄ぞ。どうして、連合との戦を恐れようか。叛徒共相手も同様。公爵家は王国の柱石。王家と王国、そして民を守護する為に存在しているのだ。そして」
自然と笑みが浮かんでくる。女系の家、と外から言われようと、この私とて、リンスター。戦となれば、血は騒ぐ。
「此度の件、王都にて我が長子と、将来、我が義理の息子になるやもしれぬ者が、巻き込まれた。物を知らぬ使者殿達へリンスターの家訓を一つ。『身内に手を出されたならば、その者共を殲滅せよ』だ」
『っ!?!』
「先程の鐘の音が何かも御教えしよう。我が家は、平時において、そこまで常備兵力を保持していない。が」
身体を震わせ、今にも椅子から転げ落ちそうになっている両使者。
おやおや、煉獄はこれからだというのに。
「――鐘を鳴った以上は止まらぬ。あれは総動員令を告げるものだ。二日以内に貴殿等の国へ侵攻を開始出来る」
「お、お待ち、お待ちをっ!」
「わ、我等との戦争、貴家に利は!」
「あろうが、なかろうが、鐘は鳴った。ただ、それだけのことだ。……リンスターを甘く見るなよ。此度は、水都まで止まらぬかもな。十一の侯国と水都、その悉くを炎の海に沈めてくれよう」
『っっっ!!!!』
今にも、死にそうな程、顔を蒼くした使者達は、口をぱくぱくと動かし、必死に酸素を得ようとする。
――これだけで終わりの筈ないというのに。
「ああ、もう一つお教えしよう。王都にて、叛徒共相手に勇戦し、陛下を救ったは、我が長子と近衛騎士団、そして――我が娘『剣姫』の想い人だ」
「あ、が、そ、そんな」「う、嘘だっ!」
「娘は報を受け、大変衝撃を受けている。我が妻『血塗れ姫』も、その者を息子同然に可愛がっていた。我が義母『緋天』も同様だ。貴殿等の立場に、敵ながら同情を禁じえんよ。大方、オルグレンの馬鹿息子共から甘い言葉を投げかけられ、飛びついたのだろうが……はっきり言おう。貴殿等は知らずに竜の逆鱗に触れた。しかも、複数のだ」
「ここここ公爵」「ご、御再考、御再考をっ!!」
「次会う時は、戦場。私も準備をせねばならぬので、これにて失礼する。――我等の出陣は二日後の早朝となるだろう」
『!!! ま、待』
最後まで聞かず、扉を閉める。さて、どうなるか。
連合はよくも悪くも、大商人が力を持つ国。儲けになるどころか、国そのものが幾つか消えるとなれば、何かしら動きはしよう。
何しろ、『緋天』とリサに、それぞれ侯国を滅ぼされているのだ。その冷厳たる事実を憶えている者達もいる筈。
戦を忌避するものではないが……今、叩くはオルグレン。そして、それに組する者達。てっきり、王宮魔法士筆頭ゲルハルド・ガードナーも加わっていると思ったが、教授の勘が外れようとはな。
音もなく、メイドが現れた。
「旦那様、お仕度を」
「……アンナか。リサが『鐘』を鳴らすのを決断した、ということは」
「リチャード坊ちゃまは御無事です。陛下並びに王族の皆様方と西へ落ちられた、とのこと」
「……アレンは」
「行方は。が、生きておられます。あの御方は優しい嘘吐きでございますが――リディヤ御嬢様、リィネ御嬢様を想っておられます。死ぬ筈がございません」
「根拠は」
「乙女の勘でございます!」
メイド長が力強く宣言した。
ふむ。教授よりは当たるやもしれぬ。
「分かった。東都近辺を当たれ。王都にはいまい」
「ほぉ。それは何か根拠がおありで?」
「勘だ」
「……旦那様の勘、でございますか?」
「え、ええぃ、五月蠅い。で、他には?」
「一点、進言がございます。奥様には同意を。一人、臨時に兵站部へ配属させていただきたく」
悪い顔をしている。とても悪い顔をしている。
こういう時は関わらぬのが、代々のリンスター家男子に受け継がれてきた鉄則。
重々しく首肯。
「――許可する。好きにせよ」
「ありがとうございます」
「……アンナよ、あえて聞く。何をする気なのだ?」
「勿論、戦争でございますよ。ただし――金貨その他諸々を用いての★ 私、此度の一件、それなりに怒っているのです。嗚呼! リディヤ御嬢様……お労しや……。ですので、容赦は致しませぬ。連合が止まらぬと、王都及び東都へ進発出来ませんし、早急に悲鳴をあげていただきましょう。屠る前の豚の如く」
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