第27話 古き誓い
「……陛下、やはり、我等は動けませぬ。無論、我がルブフェーラとて、王家の大翼の一翼。全兵力を東へ向け、叛徒共を殲滅したい。ですが」
「レオ、分かっておる。その忠義、忘れはせん」
「……申し訳ありません」
薄翠色の美しい髪をした貴公子然として若い男性――王国四大公爵の一角にして、魔王領と接する西方地域を治めるレオ・ルブフェーラ公爵殿下は、椅子に座ったまま深々と頭を垂れた。
耳はやや細長く、圧倒的な美貌と女性かと思う程の細い手足。
ルブフェーラ公爵家の始祖は、エルフだった、という話はこの顔を見ると容易に信じられるわね。百歳を超えているようには見えないわ。
……だけど、大事なのはそんなことじゃない。
王都を脱出し西方にまで逃れれて来たのは、そんな一言を聞く為じゃないのだかから。
憂い顔の御父様を見る。
「御父様、で、あれば、王国騎士団で王都を!」
「……シェリル、無理を言うものでもない。西方に集中させている十二個騎士団の内、八個は血河の長城。動かすならば残り四個騎士団だが、これらは魔王軍の侵攻が開始された場合の戦略予備。動かしてしまえば、ルブフェーラ公爵家と、それに列なる家々に多大な負担をかけよう。そうなれば、西方の民はどう思うか……ウェインライトは自らの家を守る為に、西を捨てたと思う者も出ることは必定。この二百年で我が家と公爵家が築き上げた、エルフ・ドワーフ・巨人族との信頼関係が崩壊しかねぬ。時間が必要だ」
「では、どうなさるというのですかっ!」
「――わ、私は、陛下と公爵のお考えを支持します」
「ジョン、兄上?」
普段、こういう場では口を挟んでこない、私の兄――王国第一王子であるジョンが意見を表明した。その隣の席には、王宮魔法士筆頭ゲルハルド・ガードナー。
ただたどしく言葉を紡ぐ。
「き、北と、南の状況も分からない中で、い、徒に兵を動かせば、ま、負ける可能性もある。こ、ここは状況を、見極めるべきだ」
「……ロッド卿はどうお考えなのですか?」
腕を組み虚空を睨んでいる白いローブを着込んでいるエルフの男性――『大魔導』の異名を持ち、魔王戦争にも従軍した歴戦の勇士へ質問を投げかける。
私を見ず、口を開きかけ――その時だった。
大きな音を立てて、会議室の重厚な扉が叩かれた。公爵の一喝。
「何事か! 陛下の御前であるぞっ!!」
「――レオ、私です」
「! これは……扉を御開けせよ!」
「「はっ!」」
静かな、けれど力強い女性の声。公爵の命により扉の両脇に控えていた兵が扉を開けた。
背筋がピンと伸びた薄翠色の長い髪をした軍装姿の美女と、疲労困憊な様子の獣人の男性が入って来た。年齢は五十代だろう。
獣人の身体は薄汚れ、所々には血。尋常な様子ではない。
ジョン兄上が身体を震わし、ゲルハルドは目を少しだけ不快そうに細めた。公爵の大声。
「御祖母様。そのような汚れた者を」
「陛下、お久しぶりでございます。レティシア・ルブフェーラ、御前に」
「……うむ。久しいな、レティよ。して、その者は――狼族の者ではないか?」
「はっ。東都より脱出せし使者でございます。先程到着いたしました」
レティシア・ルブフェーラ!!?
ルブフェーラ公爵家史上最強の使い手と謳われ、魔王戦争にも従軍し、赫々たる戦果を挙げたとされる先々代の公爵。
随分前に隠居されていると聞いたけど……。
苛立った様子で公爵が問う。
「……東都より、脱出しここまで来たは見事。なれど、兵は」
「ルブフェーラ公爵殿下に、我が族長オウギよりの伝言がございます」
一歩、踏み出した男は懐から、ボロボロの黒い布を取り出した。
……血?
そして、もう一歩進み、布を頭上高く掲げ、枯れた声で叫ぶ。
「『古き誓いを!』」
「!!!!!!!! ま、まさか……御祖母様?」
「ふふ、ふふふ、ふふふふ……死なずにいるものですね。よもや、よもや……この誓いを果たさずして、老兵は死ねず!」
美女の瞳には大粒の涙が溜まり、頬を伝っている。
よろよろ、と椅子から立ち上がり、公爵が獣人に近づいていく。
そして
「「!」」
王国四大公爵であるレオ・ルブフェーラが、一獣人に恭しく片膝をつき、頭を垂れていた。
静かな、けれど激情を隠してきれていない声が発せられる。
「――……畏まった。ルブフェーラは古き誓いを果たさん」
「なっ! こ、公爵。そ、それは、まずいと……」
「陛下、西方は騎士団にお任せいたします」
「……レオよ。その布、もしや」
「はい」
拳で胸を叩き、戦意を漲らせた公爵が首肯。
立ち上がり、使者を椅子へ座らす。
「――我等、西方の民は魔王戦争最終盤の折、戦功を焦るがあまり、オルグレンと共に抜け駆けを行い……人類側を敗亡の手前まで追い込みました。それを決死の戦闘で救ったは、リンスターとハワード。そして『勇者』。ですが、最も活躍したのは『流星』率いる獣人旅団。血河のほとりを死守し、全軍が撤退する時間を稼ぎ出し全滅した彼等こそ、英雄!!! ……我等、西方の民は、彼等の活躍を寝物語として覚えます。そして、最後には歯噛みをし、泣きながら固く誓うのです。『時がきたならば、必ず……貴方方の恩義に報いる』と」
「『古き誓い』とは?」
「獣人旅団団長『流星』が、当時のルブフェーラ、オルグレン両公爵と交わした誓約。ルブフェーラ公は獣人旅団の血で染まった軍旗の一部を取り『この布を渡された際は、必ず助ける』と誓われた。オルグレンは、王女殿下も知っての通りだ。東都に獣人の居留地があろう。使者殿、オウギは何を望むと? 東都の解放かね?」
ロッド卿が解説しつつ、指を鳴らした。
使者の傷が塞がり生気が戻る。男は首を大きく振った。
「いいえ」
「ほぉ。では?」
「……俺達の家族の一人が、オルグレンの奴等に捕まって東北の島に連れ去られたみたいなんだ。族長は大樹からそのことを聞いた……そいつを助けてほしい。どうか、どうか!!!」
「う、嘘だ! た、たった一人を救う為に、重要な交渉材料になる物を」
「……ジョン、控えよ。その者の名は」
この後、口にするだろう名前を私はきっと知っている。
『僕は英雄にはなれないよ。リディヤや『勇者』様とは違うんだから。傍で見届けるくらいが精々だ』
馬鹿ね。本当に馬鹿。
貴方はもう
「そいつの名はアレン。獣耳もねぇし、尻尾もねぇ……人族だ。だが、だが……間違いなく狼族の、獣人族の家族なんだ。どうか、あいつを救ってやってくれっ!」
※※※
その晩。、血河沿いの長城大尖塔から、対岸へ向け翠光が瞬いた。
――魔王軍への発行信号。
二百年もの間、対峙を続ければ多少の交流はあるものなのだ。
この場に、西方に生まれず、かつ信号を読める者がいたのなら、目を見開いただろう。
『我等、これより『流星』との誓約を果たしに赴かん。攻めたくば、ご随意に』
ルブフェーラの軍旗が闇の中ではためいている。そこにあるは天を突かんばかりの戦意。
すぐに返信はなかった。
魔王軍の城塞に灯りがついていき、膨大な魔力反応を観測。
――やがて、対峙する要塞塔の先端から血光が瞬いた。
『それ、快事なり。後日、詳細を報されたし。無事、誓約を果たされんことを』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます