第25話 撤退戦
使徒の宣告を受け、僕は即座に決断した。
地に落ちた竜の腐肉から這い出て来る眷属の小竜目掛け、全力の『火焔鳥』を放ち、紅蓮の炎を呼び起こす。アディソン閣下は愛息の死を突き付けられ、床に両手をつけ倒れ込んでいる。……もう、戦えまい。
次々と魔法を紡ぎながら、僕はみんなへ叫んだ。
「アーサー、僕と
「おおっ!」「心得た」「アレンさんっ、私もっ!」「アレン先輩っ!」
長い紅髪を振り乱し、年上メイドさんとギルが真剣な表情で訴えてきた。
僕は片目を瞑り、軽く肩を竦める。
「如何な、『剣聖』様でも援護なければ、都市からの脱出は無理です。リリーさんとギル、それにティナとエリーが一緒じゃなければ」
「ですが!」「先生!」
リリーさんは納得せず、ティナは僕に駆け寄り左手を掴んだ。
――魔力が繋がる。
公女殿下の右手の甲に『氷鶴』の紋章が浮かび上がり明滅。
ティナが涙ぐむ。
「せめて…せめて、私の魔力も使ってください」
「……ありがとう。エリー! ティナを!」
「はいっ! アレン先生、どうか、どうか……御無事でっ」
こういう局面では頼りになる天使様はティナを抱きかかえ、すぐさま後退した。
アーサーが双剣を構えながら、普段と変わらぬ口調で告げる。
「リドリー、合流場所は」
「分かっている。……アーサー」
「うむ?」
『剣聖』様が酷く真面目な顔になった。
身体強化魔法が次々とを発動していく。
「……死ぬなよ。貴様が死んだら、私の菓子道の理解者が減ってしまうからな」
「はっ! 私を誰だと思っている? ララノアの『七天』ぞ? だが――感謝する、
「アンコさん、みんなをっ!」
黒猫姿の使い魔様が一鳴き。
僕とアーサー、そして左肩のアンコさんを除いたみんなが影に飲み込まれた。アンコさんの短距離転移魔法だ
「先生っ!」
最後にティナの叫びが耳朶を打ち――炎が屋敷を何も聞こえなくなった。
魔力からして、屋敷の外には出れたようだ。リドリー様とリリーさんがいれば、ギル、ティナ、エリーを無事に脱出させるのはそこまで難しくないだろう。
炎の前で下手糞な口笛を吹いている英雄様へ話しかける。
「……随分、楽しそうですね」
「うむっ! 何しろ、相手はマガイモノとはいえ『竜』! 世界最強種だ!! 男子として生を受けたからには、一度戦ってみたいと思っていたっ! 習った魔法式の修練もしたかったからなっ!!」
「……ハハハ」
僕は乾いた笑いを零す。
この英雄様、まるで恐怖心を抱いていないっ!
……あいつを、ゼルを思い出すな。
アーサーが双剣に魔力を込めながら、からかってくる。
「なに、私とお前がいるのだっ! ここで死ぬわけにはいかぬから、倒すのは難しくとも、皆が撤退する時間を稼ぐことは容易かろう。そうではないか? ウェインライトの新しき英雄『剣姫の頭脳』殿?」
「英雄なんて柄じゃないですよ――……来るようですね」
「そのようだ」
炎が吹き散らされ、小竜が二頭襲い掛かって来た。
受肉しているとはいえ至る所に骨が見えている。完成体ではないのだ。
――アーサーの姿が掻き消えた。
「うぬ? 脆いなっ!」
強大な魔法障壁を紙のように斬った英雄様は、不満そうに零した。
二頭の小竜の首がゆっくりと床に落ち、灰となり消える。
腐竜の頭の上にいる使徒イブシヌルが顔を顰めた。周囲には十数頭の小竜が舞っている。
「……不遜な。僅か二人で聖竜を抑えるつもりか?」
「『聖竜』にはとても見えませんが」
「黙れ、『欠陥品』っ! 貴様に、聖女様の御心が理解出来ようか。まぁ……良い。取り合えず死んでおけ」
使徒はそう言うと、短剣を僕へ突き付けた。
気味の悪い鳴き声を発しながら小竜が急降下してくる。
アーサーは泰然。そして、僕へニヤリ。お前なら、どう対処するのだ?
……まったく、そういう所までゼルと同じかっ!
苦笑しながら、僕は魔杖を大きく振った。
雪花が踊り――地面から無数の蒼き氷柱が発生。
全ての小竜を貫き、縫い留めた。
使徒が哄笑する。
「はっ! 忌むべき『氷』とはいえ、聖竜の眷属にそのような魔法が通ずる――なっ!?」
氷柱がその色を変化あせ、蒼から純白へ変わっていく。
『蘇生』の残滓を受け継いでいる筈の小竜達は苦鳴をあげ、身体を動かし、雪花の中に消えていく。
アーサーが笑みを深くした。
「ほぉ……浄化魔法か。やるなっ!」
「僕の教え子用なんですけどね」
王都で僕達の帰りを待っているだろう、ステラの顔が浮かぶ。まだ、微調整が必要だけど十分使えそうだな。
アーサーが双剣の魔力を増大させた。
僕を見て、微笑。
「面白いモノを見せてもらった。その礼はせねばなるまいっ! 行くぞ、呪われし竜よっ! 我が剣は、かつて世界を救いし剣なりっ!!!!!」
ララノアの英雄が地を蹴った。
小竜を消失させられ唖然としていた使徒の顔に憤怒が見える。
「私をっ! 聖女様の使徒を舐めるなっ!」
腐竜が大口を開け、黒灰の息吹を放出。
けれど――僕は落ち着いていた。ゼルと同じ瞳をしているこの人ならば、どうにかするだろう、と確信して。
アーサーが双剣を無造作に薙いだ。
「せいっ!!!!!!」
「っ!?」
大閃光が走った。
アーサーの双撃は息吹を切り裂き、腐竜の巨大な羽を切断!
驚愕している使徒ごと、地面へと叩き落とした。
崩れかけの壁の上に立ったアーサーが僕へ笑み。今の一撃が屋敷に止めをさしたのだろう、揺れが激しくなり崩壊が始まっている。
「良しっ! アレン、今の内に退くとしようっ!! 全力で戦えば、倒せなくはないが……」
「ええ。『賢者』本人や他の使徒、イゾルデも出てきたら、撤退は困難です」
「うむっ!」
意見の一致した僕達は、全力で逃走を開始した。
――マガイモノとはいえ、『竜』はあの程度じゃ倒せない。
※※※
「…………逃げられたか」
翼を再生した聖竜の上で私は呟いた。
流石は、聖女様が『本計画における懸念』と評された者達だ。不信者ではあるが、その判断は見事。
魔工都市を見渡すと、至る所から黒煙が立ち昇っていた。
我が至宝である木製の印を握り締める。
『――『欠陥品の鍵』と『七天』をアディソンの屋敷へ。あの二人を自由にさせてはいけません。それさえ、気をつければ、私達の大願へまた一歩進むことが出来るでしょう』
聖女様の御言葉に誤りはない。
これで、アディソンが秘匿している【龍】を我等は……。
「ん?」
眼下の崩れ落ちた屋敷の上に突如、使徒の聖衣を着た少女が現れた。
取り乱した様子で、叫んでいる。
「嗚呼! 嗚呼っ!! 嗚呼っ!!! アーティ様? アーティ様、何処ですかっ!? イゾルデは此処におりますっ!!!!! アーテぃ様ぁぁぁぁぁ!!!!!!」
……同じ使徒にも関わらず愚かな娘だ。
アーティは、光輝ある殉教を遂げたというのに。
だが……ふむ、それもまた一興か。
私は、座興を思いつき、ゆっくりと聖竜を降下させた。
人から吸血鬼になった者は、その想いが強ければ強い程、魔力を増大させるという。
ならば、あの哀れな娘に教えてやるとしよう。
――アーティを殺した者は『欠陥品の鍵』だと。
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