第5話 南都散策 上
王国南方の中核都市、南都はとても多くの色彩に溢れている。
屋根や壁の色は統一性はなく、行き交う人々が着ている服も極めて多種多様。
新旧の建物が入り混じり、古い通りの上には綱が張り巡らされ、空中ですら通り道になっている。
北都や僕の故郷である東都ではまず見られない光景。
辛うじて、王都の下町くらいかな? まぁ、あそこは南方島嶼諸国出身の人が多いけど。
僕は興味深そうにお店や屋台、人々を眺めている、帽子を被り乳白色のワンピース姿の御嬢様へ話かける。勿論、日傘を差している。
「面白いでしょう? 僕が初めて来た時も、今のステラ御嬢様みたいに周囲をきょろきょろしていたものです」
「! そ、そんな……わ、私、きょろきょろ、なんて……。あ、あと、御嬢様って呼ばないでください」
「いいえ。今日の僕は、ステラ御嬢様の執事ですので。昨晩、二人きりで、ともお願いされましたしね。さぁ、参りましょう――御手を握っても?」
「……う~。ア、アレンさ――……ア、アレンは、い、意地悪、です…………」
僕が差し出した左手を、ステラは。おずおず、と握ってきた。
指を滑り込ませ、きちんと繋ぐ。
「!」
「はぐれるといけませんから」
「……う~」
極々軽く、僕の左腕をぽかり。可愛らしい。
――どうして、僕がステラと此処にいるのか、というと。
※※※
リサさん、レティシア様との話し合いを終えた僕が部屋へ戻ると、みんなが集まっていた。リディヤとティナだけは立っていて、他の子達は椅子やベッドに座っている。何故か、リリーさんと、リリーさん大好きっ子なニコさんの姿まであり。
『っ!!!!!!』
入った途端、僕を見た少女達が息を飲む。
何処となく落ち着かない空気。
……ああ、この執事服のせいか。
あえて何も言わず、僕はリディヤへ目配せ。『……君達は何をしていたのさ?』
紅髪の公女殿下は前髪をいじりながら『……何も』。嘘だ。絶対に嘘だ。
かと言って、口を割るとも思えないので、一旦棚上げとし、話しかける。
「お待たせしました。僕はこれから南都へ行って来ようと思うんですが……」
「はいっ! 先生、私と行きましょうっ!!」
「あぅあぅ。テ、ティナ御嬢様は、水都で一緒、でした。ア、アレン先生。わ、私が一緒に、行きたい、でしゅ。あぅぅ……」
「兄様、リィネにお任せください」
年少組のティナ、エリー、リィネが真っ先に反応。
声が大きかったのか、カレンの膝に小さな頭を乗せ寝ていたアトラとリアが目を開け、ふにゃ、となりながら、僕を見て笑う。
「「♪」」
カレンはそれを見て、獣耳をぴこぴこ。とても嬉しそうに頭を撫でる。
僕は年少の三人へ告げる。
「ティナ、リィネは夏季休暇に僕が出した課題――魔法制御の向上と、『火焔鳥』の二羽同時発動、まだ完全に達成していないのでは?」
「「うっ!」」
「エリー、妹二人の面倒を見るのはお姉ちゃんの務めです。そうしたら、御褒美をあげます」
「! ご、御褒美……は、はひっ! わ、私、頑張りますっ!!」
「よろしい」
次いで、二つ結びのままの眼鏡少女へ軽く手を振る。
すると、フェリシアは頬を少し膨らまし文句。
「……一緒にお仕事、してくださらないんですか?」
「残念ながら、朝で粗方終えてしまったでしょう? ……それに、南方戦役中、随分と無理無茶な仕事の仕方をした、とエマさん達から聞いています」
「!? ち、違います。し、してません」
「ほほぉー。此処に、『フェリシア御嬢様観察帳』なるものがあってですね」
「!?!!!」
「なになに……『本日で徹夜三日目。その間、入浴もされ』」
「あーあーあー!!!!!!」
フェリシアが大声を出し、両耳を塞ぎ、ベッドに飛び込み、いやいや。
アトラとリアがそれを真似し、跳躍。フェリシアの両隣で転がる。
僕は肩を竦め、通告。
「フェリシアは今日一日、完全休暇とします。全力で自堕落に過ごしてください。仕事は禁止です」
「そ、そんなぁ……な、なら、ア、アレンさんに着いて行きます」
「――僕を盾にしながら各所で交渉をする姿が見えます。ダメです。仕事しない、と誓えるなら良いですよ? もしくは、一人で男の人と交渉するか」
「う!」
上半身を起こしたフェリシアが、胸を撃たれた振りをして、再び倒れる。幼女二人も真似っ子。
なお、フェリシアの揺れる胸を見つめるティナ、リィネ、そしてカレンの瞳に光はない。
「カレン、アトラとリアの世話をお願い出来るかな?」
「了解しました、兄さん。……でも、明日は」
「一緒に出掛けるかい?」
「――はい」
「なら、カレンとは明日だね」
「ありがとうございます」
『っ!?』
カレンはベッドに腰かけながら、機嫌良さそうに獣耳と尻尾を動かしている。
幼女二人も跳ねて、戻り、獣耳と尻尾を動かす。――良い光景だなぁ。
最後に腕組みをしている紅髪の公女殿下と、微笑みつつも少しだけ上目遣いで。期待している薄蒼髪の公女殿下へ微笑みかける。
「リディヤ」
「当然、私と行くのよね? ね?? ねっ???」
「リサさんからの伝言。『私と一緒に各家への挨拶回りに行くわよ。今日だけは我慢なさい』。だって、さ」
「なっ!? だ、だったら、あんたも一緒に来なさいよぉ」
「ハハハ、御戯れを。僕は一般平民ですよ、リディヤ・リンスター公女殿下」
「誰が、そんな、戯言を、信じる、のよっ!」
一瞬で距離を詰めてきた、腐れ縁の手刀五連撃を、ひょいひょい、っと躱し、手首を優しく掴む。
耳元で囁く。
「(――……今晩は一緒に飲もうよ?)」
「(……………ひきょうものぉ。うん)」
手首を放し、紅髪公女殿下の頭をぽん。
最後に残った公女殿下へ向き直る。
「ステラ、僕と一緒に南都へ買い物へ行って」
「ちょっと待ったぁ、ですぅ~!!!!」
手を高々と掲げたのは、リリーさんだった。
珍しく少しだけ本気で拗ねている目つき。
「……アレンさん、どうして、私にはぁ、何も言わないんですかぁ! い、幾ら、私がお姉ちゃんでも、そういうことされると傷つきますぅ! 執事さんとメイドさんが並んで歩く――わ、私だって、そうしたいですぅぅ!!」
「…………リリーさん、水都での報告書、提出されましたか?」
「…………」
「…………」
お互いに沈黙。
紅髪なメイドさんは目を露骨に逸らした。
「ま、まだですけど……だ、だからと言ってぇ」
「ニコさん、リリーさんの身体の数値は」
「分かる。また、胸が大きく」
「ニ、ニコ!? な、何を言ってるんですかぁ!」
「ならば――ステラ」
「はい。リリーさん」
ステラがニコさんの口を押えているリリーさんへ、話しかける。
――それは、勝利を確信している者の笑み。
「以前、お約束した通り、メイド服を差し上げようと思います」
「!!!!!!!! う、嘘……」
「嘘ではありません。ニコさん、と仰いましたね。後程、リリーさんの詳細な数値を私の家へ――ハワード公爵家メイド長、シェリー・ウォーカー宛へ送っていただけますか?」
「分かった」
ニコさんが頷く。
リリーさんは呆然。
直後、スカートの少し摘まんであげ、優雅に頭を下げた。
「委細、承知しました。行ってらっしゃいませ、ステラ御嬢様。アレン様――ひゃっほぅっっっ!!!!! ですぅぅぅ~!!!!!」
飛び上がり、空中で五回転。
……まぁハワード公爵家のメイド服なんだけど。
僕は改めて、公女殿下へ話しかける。
「ステラ」
「――はい」
聖女の微笑み。
白の魔力光が飛ぶ。
……朝、リアが『聖女』と言っていたことは気になる。
けれど、今は――この子との約束が優先。
何気なく、口にする。
「それじゃ、僕は着替え」
『駄目!!!!!』
「…………はい」
どさくさに紛れて、執事服を脱ごうとした僕の提案は却下された。ニコさんまで同調した、だと?
アトラ、リアが「アレン♪」「カッコいい♪」。
……僕の負けのようだ。
嬉しそうに微笑むステラの手を取る。
「僕達二人で南都へ行ってきます。何か、欲しい物があったら言ってくださいね?」
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