第6話 南都散策 中

 ステラと一緒に、南都の大通りを歩いて行く。

 リンスターの統治よろしき、で道路はきちんと舗装され、ゴミ一つとして落ちておらず、活気に満ち満ちている。

 ステラ、顔をほころばし聞いてきた。


「アレンさ――アレン。それで、何を買うんですか?」

「呼びにくいのでしたら普段通りで大丈夫ですよ。ステラ御嬢様」

「も、もう! か、からかわないでください」

「すいません。ステラが相変わらず可愛らしいのでつい」

「……知りませんっ」


 そう言いながらも、僕の手を、ぎゅっ、と握り、頬を染める。

 くすくす、笑いながら説明。


「大学校の後輩達にお土産を買おうかな、と。水都では頑張ってくれたので」

「…………それだけ、ですか?」

「ええ」

「………………本当に?」

「あとは、そうですねぇ」


 少しの不満と、少しの期待とを浮かべ、ステラが僕へ上目遣い。

 これ以上、からかい過ぎると拗ねてしまいそうだ。

 何でもないように、告げる。


「ステラ、知っていますか? 南都は宝飾品がとても有名なんです。後で寄ってみましょうか」

「……え?」

「嫌ですか?」

「い、嫌じゃないですっ!」


 ステラが叫び、僕へ詰め寄る。

 必然、距離が近づき――あたかも、僕の腕の中に飛び込んだかのような体勢に。

 僕は日傘を持っていない右手の人差し指で優しく額を押す。

 薄蒼髪の公女殿下は、額を両手で押さえる。


「あぅ……」

「落ちついてください。やっぱり、ステラは可愛いので少しだけ意地悪をしてしまいました」

「うぅ~……か、可愛い、と言えば、全てが許されるわけでは、ありません!」

「では、どうすれば、許していただけますか?」

「――……一緒に」

「はい」

「だ、だから……その……き、昨日の夜の…………アレン様ぁ?」


 からかわれた、と気づいた生徒会長様が僕へ拗ねた視線をぶつけてくる。

 この子は、普段、とてもしっかりしている。

 だからこそ、こういう時に見せてくれる百面相が楽しい。ティナとエリーのお姉ちゃんなのが、よく分かる、

 帽子の上から頭を、ぽんぽん。


「一緒に、花を入れるブローチを選びましょう」

「――……それだけじゃ、許しませんっ!」

「ふむ。なら、美味しい氷菓子もつけましょう」

「…………足りません」

「仕方ないですねぇ……う~ん、なら」

「…………ブローチ以外」

「?」

「ブローチ以外に、何か選んでください。――私の為だけに」


 強い視線。

 けれど、その中には強い緊張と期待と不安。同時に――甘え。

 僕は仰々しく片手を挙げる。


「承りました、ステラ御嬢様の仰せのままに」


※※※


 大通りを外れ、僕達は脇の路地へ。

 これが王都の下町だと、少々ガラの悪い人達に絡まれたりもするのだけれども……ここは南都。

 そんなことをしたら、中々、怖いことになる。

 リンスター公爵家というお家は大らか。なれども同時に苛烈。

 勿論、南都にも所謂裏稼業な人達はいる。

 でも……リンスターはそういう人達の存在を必要悪として認めても、堅気に理由なく手を出すことを許容しない。

 出したら……あれで、リンスターのメイドさん達は不正規戦も大の得意なのだ。次の日の太陽はまず拝めないだろう。

 なので、僕達が路地を歩いても平気、というわけだ。

 ……まぁ、きっと北都も同じだと思うけど。

 ステラが見上げてくる。


「アレン様? どうかされましたか??」

「いえ――ステラが美味しそうに氷菓子を舐めていたのを思い出しただけです。帰りにも買いましょうか?」

「か、買いませんっ!」

「そうですか、それは残念」


 芝居がかって、軽く頭を下げる。

 長い薄蒼髪の公女殿下は、唇を尖らせる。


「も、もう! ……アレン様は、本当に意地悪です……」

「拗ねるステラ御嬢様はとてもお可愛いらしいので、つい」

「つ、ついじゃありませんっ! もう、もうっ!! きゃっ」

「おっと」


 手を離し、両手を少しだけ握りしめ、ぽかぽか、してきたステラが、何かに躓いて転びそうになった。

 見やると、前方の坂上から幾つもの果実が転がって来ていた。

 公女殿下を左手で受け止め腕の中にすっぽりと収め、数十個の果実に浮遊魔法を発動。


「あ~あああ!!! そこの人、よ、避けてくださいっ!!!!」


 更に坂の上から悲鳴。

 丸い獣耳で、肩程の白茶髪の獣人――おそらくは鼬族の少女が蒼褪めながら、その場で跳びはねつつ大声で注意喚起。尻尾は逆立っている。


「おお?」


 ぎっしりと果実が入った幾つもの籠が載った荷車が凄い勢いで突っ込んでくる。

 どうやら、引っ張っていた馬との連結が外れたようだ。

 ……躱してもいいんだけど。

 ちらり、と後方を見ると、住民達の幾人かは衝撃で硬直。仕方ないなぁ。

 僕はもう一度、浮遊魔法を発動。

 荷車を浮かして止め、前方の平地へ。

 ついでに、氷の蔦で固定。

 転びそうになりながら、坂を駆け下りてきた鼬族の少女へ注意をしようとし――……


「おや? 貴女は……」

「だだだだ、大丈夫ですかっ!?」

「ええ――大丈夫ですよ」

「よ、良かったぁ……」


 心底、ホッとした表情になった小柄な少女は次の瞬間、地面に頭がつくんじゃないか、と言う位に、腰を折り謝ってきた。


「すいません、すいませんっ! ほ、本当にすいませんっ!! お、お馬さんとの綱が切れてしまって…………ゆ、許してください、とは言いません。き、きちんと、ば、罰は受けます……! だ、だけど、そ、その果実だけは、は、運ばせてくださいっ! お願いしますっ!!」

「何処へ運ぶ物なんですか?」


 浮かべておいた果実を荷車の籠へ落としながら聞く。「! ……ま、魔法士さん? こ、こんな魔法なんて見たことない……」。少女は瞳を大きくしびっくりしている。

 僕は、地面に転がっている果実も浮かしていく。


「え、えと……リ、リンスター公爵家へ、です……。でも……」


 少女が、頭を下げながら身体を震わす。

 幾つかは、地面に落ちてしまい少しばかり傷んでしまっている。このまま食べるのは難しいだろう。

 僕は腕の中で動かず、胸に顔を埋めている公女殿下へ話しかける。


「ステラ、ペンとメモ帳を出していいですか?」

「…………はい。どうぞ」


 僕の内ポケットから、さっと、とペンとメモ帳を取り出し僕へ渡し、胸に再び埋まる。「……えへへ……」。困った生徒会長様だ。

 僕はメモ帳を空中に浮かし、固定。

 ペンを魔法で動かし、ささっと書いて、二頁分を破り、少女の手へ。


「! …………え?」

「顔を上げてください。それをリンスター公爵家の……そうですね、まずは一枚目をリリーさんという方に渡してください。その後に、眼鏡をかけている女の子――……は、自堕落していないとおかしいので、仕方ないですね。ええ、これは仕方ありません。決して他意はありません」

「?????」


 状況を飲み込めていない素直そうな少女。

 確か年齢は僕より二つ下の十六歳だった筈。

 ――今朝、見た人材の一覧表を思い出す。

 そこには経歴と顔絵――目の前にいる少女のそれが描かれていた。


 名前は確か『ユッタ』。

 

 ふふふ……これは天の配剤なのだろう。

 ならば、それに乗ることを……僕は一片たりとも、躊躇わないっ!

 なに、多少早まっただけのこと。

 いやぁ……楽しみだなぁ。本当に楽しみだなぁ。 

 

「……アレン様……楽しそうですけど、とっても意地悪な御顔です…………でも、別にいいです。もう少しだけ、このままでいさせてくれるなら……何でも……」

 

 御嬢様の許可も得た。

 つまり、何一つとして問題はない、ということ!

 僕は少女へ微笑む。


「ニケ・ニッティ、という人を訪ねてください。きっと、良くしてくれます。ええ、間違いなく。顔は少々怖くて、眉間に皺も寄せるでしょうが、気にしないでください。いいですね? リリーさんとニケです。ああ――僕の名前はアレンです。どうか、よろしく」 

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