第4話 内緒話
「――みんないるわね? リリー、ニコ」
「はいぃ~」「はい」
兄様が、母様とレティシア様と執務室へ行かれた後、姉様の号令で、私達は昨日、自分達が寝た部屋に集まっていました。
今、この部屋にいるのは、姉様、ステラさん、カレンさん、フェリシアさん。私とティナとエリー。
アトラとリアは、カレンさんの膝上に小さな頭を乗せて、おねむ中です。
そして、リリーと耳が隠れる程度の薄水髪少女――リンスター家メイド隊第五席のニコしかいません。
リリーとニコが対探知・盗聴魔法を最大発動。
……信じられない位に厳重です。
ベッドや椅子に腰かけている私達を、紅のドレス姿の姉様が見渡されます。
「まず、初めに言っておくわ。今から話す内容を聞いたら――貴女達はもう後戻りは出来ない。即断なさい。部屋を出て行っても軽蔑はしない」
「リディヤさん、それはアレン様に関わることでしょうか?」
ステラさんが姉様に臆されず質問されます。
私達の視線が集中。
「そうよ」
「分かりました。それだけで十分過ぎます」
「勿体ぶらず、話してください。ここまでの魔法を使う……誰にも聞かれたくない内容なのでしょう?」
カレンさんが後を引き取ります。
フェリシアさんも顔を上げられ、頷かれました。
私の隣の首席様が立ち上がります。
「当然です! 先生のことなら、何でも、知りたいですっ!!」
「……小っちゃいの、あんたは出て行ってもいいのよ?」
「何でですかっ!? い、幾ら、先生に、水都で祝ってもらったからってぇぇぇ!!! し、勝負はこれからです。私は負けませんっ!!!!」
「ふふ♪ そうねー♪」
「ぐぬぬぬ……」
姉様が余裕の表情で、ティナをあしらいます。
……水都で、兄様にお祝いされた後、良い意味でとても余裕を感じるようになりました。リアも顕現させられるようになったみたいですし。
リリーとニコへ視線を向けられます。
「リリー、ニコ、仕事は終わったわ。外して」
「え? 嫌ですけどぉ?」「と、リリーが言っているので、いる」
「…………リリー?」
「私はぁ~恋愛とかよく分からないですけどぉ……アレン様は大好きですからぁ」
ふわぁ、と優しい顔をしてリリーが告げます。
……ほんの少しだけ、胸がささくれ立ちます。
明らかに不退転。隣のニコは、リリー大好きっ子なのでこういう場面でも頓着しません。兄様とも面識があるようですし。
姉様は溜め息を吐かれ、首を振られます。
「……物好きが多いわね。全部、私に任せればいいものを」
「と、言いながらぁ~、私達を呼んじゃうリディヤ御嬢様はぁ~お可愛いですぅ~」
「……う、うるさいわよっ! ――水都であったことよ」
『!』
室内の空気が一気に引き締まりました。
大魔法の話?
「大概のことは些事だわ。気にしなくていい。覚えておくのは、『私達の敵』の狙いがあいつだってこと。そして――……」
姉様が言い淀まれました。
珍しく、迷われているようです。
カレンさんが口を開かれました。
「私達が対峙した相手――『吸血鬼』擬きのことですね?」
『!?』
「…………流石、と褒めておくわ。私の義妹だから当然だけど」
「話してください。あの時の貴女の様子は普通じゃなかった。……御自身というよりも、兄さんのことを考えられていましたよね?」
軽口に取り合わず、カレンさんが先を促します。
――水都で、私達が直接、間接的に遭遇したのは、
・魔力を――おそらくは、大魔法『蘇生』の乱造品を動力とする魔導兵。
・人造の『吸血鬼』
・複数名の人を犠牲にして合成された『悪魔』
・そして――『悪魔』と魔法士達の命と、竜の遺骨、ニコロ・ニッティの血と彼自身を用いて召喚された『骨竜』
一つ一つが、世界を揺るがしかねない大問題だと思います。
なのに……これらを『些事』と、姉様が断言する?
憂いを帯びた顔で、姉様が近くの椅子へ座られました。
「『魔導兵』は斬ればいい。『悪魔』は刻めばいい。『骨竜』は燃やした後、粉砕すれば事足りる。ああ、あいつがいるのなら助けるわよ? いない場合は、知ったことじゃないけど」
「――それは、アレン様の負担が大きいから、ですか?」
「そうよ。あいつは私の為なら無茶をするわ。私が泣いて止めてもね」
「こ、この状況で」「あぅあぅ」「あ、姉様、そ、そこは『私達』と!」
「…………リディヤさんの戯言は置いておいて、兄さんが無茶をすることには同意します。基本的に兄さんは、御自身で全てをやろうとされますし」
「? そう?? 私といる時は、6:4くらいだけど。アレンさんが6ね」
『…………』
カレンさんの隣で、クッションを抱えられているメイド服姿のフェリシアさんが小首を傾げられます。
対して、私達は沈黙。…………兄様がそうなのは。
うんうん、とリリーも頷きます。
「そうですねぇ~。あ、でも、意地悪をされる時は、容赦なく。1:9ですよぉ? アレンさんは酷い人です! 幾ら、好きな女の子に意地悪したくなっちゃうからってぇ~あんまりだと思いますぅ♪ その後でぇ~お紅茶、淹れてくれますけどぉ☆」
『………………』
フェリシアさんとニコを除く私達はジト目で自称メイドを見ます。
……この従姉はぁぁぁ!
「リリーは凄い。とっても凄い。好き」とニコがリリーに抱き着いています。
ステラさんが姉様へ目配せをされました。
「とにかく、あいつはすぐに無茶をするわ。これはまだ確定じゃない。けど――あの馬鹿共は『最悪』に手を出した可能性がある」
「……墓を暴いた」
カレンさんが、ぽつり、と呟かれました。
空気が更に重くなります。
姉様が額に手を当てられ――苦悩の表情。
「今、アンナとロミーへ、調査を依頼しているわ。……ない、と思っている。あの場所をわざわざ暴くなんて、まずあり得ない。あいつが墓を守る為に、それだけの為に作った結界魔法を使い、教授とアンコが封じている。破るのは至難」
「けれど、リディヤさんは心配されている――それを、アレンさんが知ったら、と。どなたのお墓なのですか?」
ステラさんが静かに問われます。
けれど、心がざわつかれいるのでしょう。白蒼の雪華が飛び散っています。
姉様は目を閉じられ、名前を吐き出されます。
「――……私にとっては最強最悪の敵で、あいつの友だった男の墓よ。名は、ゼルベルト・レニエ。人にして人に非ず。吸血鬼にして吸血鬼に非ず。自らの本懐を遂げる為、元は人の身だったにも関わらず二百余年を生きて……あいつの前で死んでいったバカな男。貴女達は知っているかしら? 吸血鬼は死体が残らない。残るのは灰だけ。でも――あの男は違った。死体は残ったのよ。何しろ、半分だけ吸血鬼みたいな存在だったのだから」
『!?!!!』
半分だけ吸血鬼で――……兄様の御友人?
頭の中が疑問でいっぱいになります。
姉様はますます憂いを深められた顔で、零されました。
「…………仮に、あの狂った愚者共がレニエの墓を暴き、死体を利用していたら……そして、それをあいつが知ったら…………私だけで止める勇気はないわ……。あいつは、他者から受けた恩義を絶対に死んでも忘れない。まして、レニエから受けたものは。全ては王都へ戻ってからの話だけど――……万が一そうなった場合、貴女達にも手伝ってもらう。だって、そうしなければ」
――国の幾つかが滅びかねない。
姉様の言葉に、部屋が凍り付きました。
誰も口を開くことが出来ません。
だって、だって、兄様がそんな風になられるなんて、想像することも……。
ティナが立ち上がり、ない胸を叩きます。
「どんとこい、です! 先生は私が御守りしますっ!! 弱虫リディヤさんだけじゃ不安で仕方ありませんからっ!!! ね? エリー??」
「は、はひっ! お、お助けしますっ! リ、リィネ御嬢様も!!」
「……仕方ないですね。ティナとエリー、それに兄様絡みだと弱気な姉様だけでは、とても」
「…………あんた達?」
ギロリ、と姉様が睨んできますが、怖くありません! ……いえ、怖いですが、大丈夫です!!
カレンさんとステラさんが目を合わせられ、肩を竦められます。
「何も問題ありません。妹は兄を守るもの。それが世界の常識です」
「カレンにアレンさんはあげないけど、守ることには同感するわ」
「……ステラ。元々、兄さんは私の兄さんです」
「何れは、カレンが私の義妹になるかもしれないわよ?」
「ぞ、増殖しないでくださいっ!」
「…………あいつは、私のよ?」
またまた姉様が恫喝されますが、カレンさんとステラさんは動じられません。これが、王立学校生徒会長と副生徒会長の度量!
最後にフェリシアさんとリリーは欠伸を――しました。
「ふわぁ~」「ねむねむですぅ」
『…………!』
「皆さん、考え過ぎです。もしも、そうなったら素直にこう言えばいいと思います。『止めてください。もしもやるなら、私も一緒にやります』って」
「御嬢様達はぁ~アレンさんに、と~っても、大事に大事にされていますぅ~。な・の・でぇ――……大丈夫ですよ。昔だったらそうなったかもしれませんが、あの方も成長されているんです。急がないと、置いて行かれてしまいますよ?」
『………………』
この二人……強敵に過ぎますっ!
一度、潰して――リリーに抱き着いているニコが反応。「話、終わった。こっちへ来る」。
どうやら、内緒話の時間は終わりのようです。
ここから、真の戦いが始まります。
――そう!
誰が、兄様と南都へお買い物へ行くか、ですっ!!
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