第3話 現状報告
「ふっはっはっはっ! 良い、良いぞっ! リサ、やはり、この
「レティ、逆に聞くのだけれども、貴女は『流星』殿をその程度、で売り渡すのかしら? ……ふぅ~ん」
「うなっ!? そ、そんなことありえんっ!!」
「なら、そういう馬鹿なことは二度と言わないことね。――アレン、良く似合っているわ。此方にいる間はその執事服を着てちょうだい。立場は……そうね、私付の執事、といったところかしら? 本邸に執事は置かないのだけれども、貴方は別だわ」
「…………はい」
姿見の自分を確認し、僕は、がくり、と項垂れる。
――どうにかステラをなだめ、起きてきた子達全員の髪を整え、朝食を終えた直後、僕はリサさんに一人呼び出された。
状況説明だろうなぁ、と思い、何も考えずに部屋へ行くと……そこで待っていたのは、ニヤニヤしているアンナさん、ロミーさん、そして『意地悪の報いを受けさせる時。来たれり! ですぅ~★』と目を爛々と輝かせ、鼻息荒いリリーさんだった。
そして、そんな三人の後ろに見えたのは――明らかに上質な執事服。
無論――全力で逃走を試みたものの、そこは、地の利を持つメイドさん三人衆。
最後にはリリーさんが持ち出した映像宝珠――僕が寝ているリディヤの髪を優しく撫でている――を持ち出され、屈辱に震えながら降伏。
結果、もう二度と着るまい、と誓っていた執事服に袖を通す羽目に陥ってしまった。
……おのれ、自称メイドさんめ! このことを僕は決して忘れないっ!!
リサさんが、手を振る。
「さ、立っていないで座ってちょうだい。話を聞きたいわ」
「はい」
気持ちを切り替え、椅子に着席。
――改めて考えてみると凄い状況だ。
紅髪で豪奢なドレス姿の美女はリサ・リンスター様。
翡翠髪で動きやすい恰好のエルフはレティシア・ルブフェーラ様。
どちらも、大陸に名を轟かせる、最高峰の剣士、槍士にして魔法士。
僕も奇怪な人生を送っているものだ。
アンナさんが、紅茶を注いでくれる。会釈し――そして、リサさんに頭を深々と下げる。
「…………侯国連合との講和をぶち壊しにし、また、勝手な条件を提示して申し訳ありませんでした。また、リディヤ、リィネを危険に曝したこと、お詫びの言葉もありません」
「アレン、悪い癖よ。貴方はリンスターの全権委任者だったのだから、気にすることはないわ。長期的に見れば私達は巨利を得た。リディヤとリィネのこともそうよ。貴方だけを危険に曝し、あの子達が傍観していたのならば――私は自らを恥じたでしょう。貴方は今回もよくやったわ。王国にいる他の誰であっても、これ以上のことは出来なかった。私は貴方を誇りに思います」
「……ありがとうございます」
耳が赤くなることを自覚。
あまり、人から褒められるのは慣れていないのだ。
気を取り直し、話すべきことを告げる。
「水都での一件、既に報告書を提出させていただきましたが……聖霊教乃至は聖霊騎士団は、既に大魔法『蘇生』『光盾』の乱造量産品を実戦配備しつつあります。また、その魔法式を埋め込んだ騎士や魔法士複数を用い、人造の吸血鬼、悪魔への変異式。更には……竜の遺骨と、魔法の才を持つ者を触媒に使うことで、人造の『竜』すらも用いてきました。『この魔法の才を持つ者』には、当然、王国四大公爵家の方々も含まれると考えます。奴等は『血』と言っていました。表だって王国内で動くとは考え難いですが、警戒は必要と考えます。その目的は不明です」
「ニコロ・ニッティ、という子を保護したのも、それが理由ね?」
「はい。彼には才があります。しかも、一度、『竜』を起動させました。要保護対象かと」
保護すると同時に、あの子には強くなってもらわないといけないだろう。
……後輩魔女っ子が進路で迷子になっているようだし、丁度良い。頑張ってもらうとしよう。抗議は受けない。ケーキは奢る。
レティシア様が、小首を傾げる。
「『竜』の遺骨なぞ、この大陸にも数える程しかあるまい。しかも、その殆どは極致魔法を扱う各家所有だ」
「はい。ですが……王国の各公爵家程、各家の状況が良い、とは思えません。全体を見れば魔法は衰退しているからです。既に幾つかの家は極致魔法の使い手が絶えた、とも聞いています。此度、ニッティ家を得たことで、水属性極致魔法『
「それは私達の仕事ね」
「うむ! アレンよ――水竜とも遭遇したそうだな?」
「遭遇はしました。が、特段何も。戦闘もしていません」
「ふふ……アレン、やはり、ルブフェーラへ来ぬか? おぬし、あの馬鹿狼とそっくりぞっ! ――良いのだ。優しい嘘を吐き、自らの大切な存在を守る。うむ、悪くない。やはり、良き
レティシア様が、心底嬉しそうに僕へ微笑む。
……この人には勝てる気がしない。
リサさんが、紅茶を優雅な動作で飲まれる。
「水都から、申し出があったわ。『水都大聖堂の跡地一帯を割譲したい』とね」
「!」「ほぉ」
割譲って……。
リサさんが僕を見て、頷く。
「ええ、そうよ。貴方とリディヤによ。おめでとう。他国内に領土を持つなんて、王国の数ある家々でも貴方達だけ。それ相応の身分が必要になるわね♪ 貴方、今回の件で、水都で随分と名前を知られたわね」
「…………まさか」
脳裏に、書類の山に埋もれながらも、嬉々として仕事をしているニケ・ニッティの顔が浮かび上がる。
不敵な笑み。
『……私だけに苦労はさせん。血反吐を定期的に吐く程度の苦労はしてもらおうか? 精々、崇め奉られることだ。『剣姫の頭脳』殿?』
…………ほぉ。
やってくれるじゃないか、未来の北部侯王殿が。
僕は動揺を見せずに返答。
「あそこは神域。人の持つ地ではないかと」
「そうね。けれど、世の中には建前が必要なのも分かるでしょう?」
「…………」
レティシア様に目配せ。
助けてください!
「む! ――リサよ」
「レティ、味方になってくれたのなら、今度、一日アレンを貸してあげるわ。カッコいい息子を連れ回して、色々な御店を巡るの。とても楽しいわよ?」
「……そういうことだ。潔く諦めよ! そして、私に付き合えっ!!」
「くっ! み、身分に関しては保留、ということで。もう一つ――リディヤのことです」
「……ええ」「一段、上がったようだな」
空気が張り詰めたものに変化。
僕は御二人の視線を受け止める。
「今回の事件で、僕はリディヤ、ティナ、カレンと魔力を繋ぎ、大魔法の力を用いて骨竜を浄化。また、水竜によって神域と化した場所で、彼女を祝福しました。それが引き金になったのかもしれません。もう、リディヤ・リンスター公女殿下は大丈夫です。二度と――……『忌み子』へと墜ちることはないでしょう。御安心ください」
リサさんの瞳が広がり、落ち着く。
レティシア様が賛嘆。
「…………聡い子。やはり、知っていたのね」
「……見事だ。本来の意味を知る者は王国内でごく僅か。しかも、口伝であるというのに。自らの知恵と経験だけで真実に辿り着いたか」
――『忌み子』――
それは、王国内のみならず、大陸西方においては、一般的に『魔法が使えない。もしくは、魔法が極端に不得手』な人物への蔑称。
……けれど。それは欺瞞。
胸に鋭い痛みが走る。『泣くな、バカ者。私は本懐を遂げたのだ。笑って見送れ。さらばだ。幼きなれど誰よりも優しき友よ。……貴様の道行を見届けられぬこと、許せよ』
「僕とリディヤは、王立学校時代に四翼の悪魔と戦い――僥倖と友の助けもあり、それを討伐しました。その際、気付いたんです。『忌み子』の果て……その生き残りが『悪魔』だと。リディヤには言っていません」
「…………そう。アレン」
「はい」
リサさんがその場に立ち上がり、僕へ向けて、深々と頭を下げた。
――テーブルに涙が落ちていく。
「…………感謝を。それだけ、それだけのことしか……言えないわ。私の、私達の愛しい娘を救ってくれて、ありがとう。本当に、本当にありがとう。何十、何百、何千何万だって言うわ。リサ・リンスターはこのことを、死ぬまで――いいえ。死んでも忘れない」
「……僕は何もしていません。仮に僕がリディヤを救った、と評されるとしたら」
首を大きく振る。
――幼き日、僕を飽くことなく抱きしめてくれた温かい人と、頭を撫でて大事なことを教えてくれた人。
そして、僕に『自らの大事な者を守る為ならば、時にその命を賭せ』と、その身を持って教えてくれた、友を思い出す。
「――その栄誉は、慈愛深き我が父と母、そして我が亡き友ゼルベルト・レニエにこそ与えられるものでしょう。僕は、あの三人に教えてもらったことをしたに過ぎないんですから」
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