第18話 報せ

「……事情は理解しました。だけど、納得はしてませんからっ!」


 カレンに事情を説明しながら、長い廊下を歩く。

 僕は1年しか王立学校に通わなかったけれど、何十回は来たような。

 しかもほぼ全てリディヤ絡みでの呼び出しで……う、頭が……。


「……兄さん、聞いてるですか?」

「え? あ、ああ、うん」

「……聞いていませんでしたね?」

「はは、ごめん」

「まったく! いいですか? 兄さんはとってもカッコよくて、とっても頭も良くて、とっても魔法も凄くて、何よりとっても優しいんですからねっ!!」

「う、うん?」

「それでも、普段はお洒落に気を遣ってないから、気付く女の子は少ないんですけど……」


 カレンが腰に両手を当ててこちらに向き直る。

 眼は赤く染まっていて、頬も上気している。

 ……だけど、尻尾はご機嫌だ。怒ってる? 喜んでる??


「そんなにお洒落な格好したら、目立つじゃないですかっ! あと、いきなり見たら心臓に悪いんですっ! 今度からは私に許可を取ってからにして下さいっ!!」

「……今凄く褒められたのかな?」

「ち、違います! 私は客観的な事実を述べただけで……」

「そっか。カレンが嫌ならすぐ着替え」

「駄目です」

「ええ……」

「駄目です。今日はそのままでいて下さい。女の子が多い所に行くのは厳禁で」

「ぜ、善処します」


 うちの妹は厳しいのだ。

 取り合えずこのままでいいのかな?

 さぁ、お嬢様達に合流しないと。


「――カレン? まだ、学内にいたの?」


 後ろから女の子の声が響いた。

 振り向くと、綺麗な長髪で華奢、そして見るからに真面目そうな美少女。

 さっき在校生代表で挨拶をした子だ。

 つまり――


「ステラ……」

「もう、入学式終わった途端、駆け出すから何事かと――えっ?」

 

 横を見るとカレンは苦虫を噛み潰した表情。

 それに対して、近づいて来たステラと呼ばれた少女は、こちらに気付いたのだろう。何故か、呆気に取られている。

 ……こんな格好だしなぁ。

 カレンの友人みたいだし、ここは兄としてきちんと挨拶を。


「初めまして。カレンがお世話になっています。兄のアレンです」

「え、ええ、えええ!?」


 突然、叫び声があがった。

 驚くポイントあったかなぁ?

 困ってカレンを見ると――あからさまな溜め息。な、何?


「……ステラ、落ち着いて」

「カ、カレン! ど、どういうこと?? あ、貴女にお兄さんがいるのは知ってたけど……ア、アレン様だったなんてっ。わ、私、聞いてにゃい――」


 今、噛んだ。

 ちょっと可愛い――やっぱりだね。雰囲気が似てる。

 だけど……アレン様?


「えっと……ステラ様」

「は、はいっ!」

「そんなに緊張なさらないで下さい。それと僕のことは、アレン、と呼び捨てで。先程の、素晴らしかったです」

「あ、ありがとうございます。呼び捨ては……で、出来ませんっ! アレン様にはが大変お世話になっていると聞いています。それに、その……」

「ステラ、話さなかったのは謝るわ。だけど、ここで話すのは止めましょう? 兄さん、殿下達をお待たせしているのでは?」

「うん。だけど――折角だからカレンもおいで。紹介もしたいし、リサ様も会いたがっていたからね。ステラ様もこの後、何もなければ――」

「ないですっ! もう、何もないですっ!」


 満面の笑みを浮かべ嬉しそうなステラ様。

 ティナが喜ぶ時と同じで、髪がぴこぴこ動いている。

 それに対して――カレン、何で頭を抱えてるのさ?


「はぁ……まったく、兄さんはっ! 後でお説教ですっ!!」


 ……解せぬ。



※※※



「アレン、こっちよ」


 リサさんが、片手にカップを掲げながら声をかけてきた。

 座っている、ティナ達も手を振ってくれる。

 テーブルの上には様々なお菓子も置かれている。お茶を楽しんでいたらしい。

 近づき、頭を軽く下げる。


「遅くなりました」

「いいわよ。どうせ、学園長が愚痴を聞いてほしかっただけでしょう?」

「リサ様、お久しぶりです」

「カレン?」

「う……リサさん」

「久しぶり。相変わらず可愛らしいわねぇ――アレン、うちのリディヤと交換しなさいよ」

「駄目です」

「あら? まぁいいわ。カレンも私の娘同然だしね。それと――ステラ」

「は、はいっ!」


 ガチガチに緊張しているステラ様。

 普通はこうなるよね。

 リンスター家を牛耳っているのがリサさんなのは有名な話なのだ。


「挨拶、良かったわよ。少し泣いちゃったわ」

「あ、ありがとうございます」

「お姉様――どうして、先生と御一緒だったんですか?」


 ティナが詰問口調でステラ様に尋ねる。

 あれ? この二人は仲良しな筈なんだけどな……手紙のやり取りは欠かさないって聞いたけど。

 さっきの挨拶でも互いに『尊敬してる』って言い合っていたのに。


「そ、それは……」

「僕の妹と御友人だったみたいなんですよ」

「初めまして――兄が何時もお世話になっています。カレンです。リィネ、久しぶり」

「ティナ・ハワードです。先生のお陰で私は今ここにいます」

「エ、エリーです。私も同じです」

「お久しぶりです、カレンさん」


 和やかな挨拶交換――ではない、奇妙な緊張感。

 それを見ているリサさんと、横に立っているアンナさんは苦笑。

 ……何ですか?

 

 その時だった、メイドさんがアンナさんへ耳打ち。苦笑が大きくなる。

 

 ああ……嫌な予感。

 伝言ゲームのように、アンナさんがリサさんへ伝え――僕を見て、一言。


「アレン、王宮から報せよ。馬鹿長女リディヤが暴れているらしいわ。止めてきなさい」


 ……ほらね? 僕の予感は当たるんです。

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