第19話 剣姫

「すまないね――こんな所まで来てもらって」


 王宮内にある近衛騎士団の修練場で僕等を待っていたのは、赤髪で、見るからに『騎士』と言った様子の美男子――リディヤとリィネの兄、次期リンスター公爵のリチャード・リンスターだった。

 今は近衛騎士団に二人いる副団長様。

 8歳差あるものの、親しくさせてもらっている。

 ……被害者仲間であり――言わば同志なのだ。

 誰に対して? それは想像してほしい。


「お久しぶりです。リチャード様」

「アレン、僕と君の仲じゃないか、何時も通りで」

「ええ、リチャード。本来なら、この子達を紹介したいところですが……」


 着いて来たティナとエリーに視線を向ける。

 二人とも硬直中――ステラ様もだな。

 それに比べてリィネとカレンは、準備よろしく設営された椅子で優雅にお茶を飲んでいる。

 その横でアンナさんが撮影中。先に帰ったリサさんへ後で見せるのだろう。

 リンスター家のメイドさん達は仕事が早い……慣れだなぁ。

 意を決して修練場に目をやる。

 

 ……何処の草刈り場……誰一人として無事に返す気はないの?

 

 一旦目を逸らす。

 現実逃避は時として人を救う、と思う。


「時間もないようですし……どうすれば? 珍しく本気で怒ってますよ?」

は時間の問題だ。その前に止めないと……僕の首が危うい。勿論、比喩表現ではなく」

「……ですが、リチャード……」

「何だい?」

「僕を盾にしようとするのは止めて下さい」


 さっきから後ろに立ち、わざとに入らないようにしている。

 そんな事しなくても強いんですから、相手をすれば――何ですか? 


「アレン……僕は人だ。……怒っている時のあの子とまともに相対しようとするのは愚か者の所業じゃないかな?」

「……ならば何故、僕をそこに行かせようと?」

「ははは、君ならば大丈夫だと確信しているからさ。きっと見ただけで機嫌は良くなるだろう……多少の流血はやむを得ない」

「不穏な単語を言うのは止めて下さい」


 そうこうしている内に、人数が減っていく――風前の灯火だ。

 

 ……仕方ないなぁ……

 

 リチャードをぐいっと前に出し、盾とする――抵抗は無駄。

 苦行は二人で分かち合うべきだと僕は思います。


「ア、アレン、止めてくれっ! ぼ、僕には可愛い許嫁がいるんだ。こ、こんなところで死ぬ訳には……!」

「大丈夫……ちょっと焦げるだけです」

「あ、あれを喰らって笑ってすますのは母上と君ぐらいだっ!」

「冗談が上手いですね。リサさんと僕とじゃ差がありすぎて比較も出来ませんよ」

「…………本気で言ってるのだから恐れ入る」


 何故か、リチャードがぐったり。

 はて? 

 片手を伸ばし硬直している、ティナとエリーの頭をそれぞれ撫で撫で。


「「!」」

「後ろで見ていて下さい。ステラ様も連れて行って下さいね」

「せ、先生……!」

「ア、アレン先生……!」

「大丈夫ですよ。リチャードもいますし。近衛の副団長様なんですよ?」

「……今、アレンが意地悪だと言う、リディヤの気持ちが分かったよ……」


 いじけているリチャードを押しつつ、修練場を囲っている壁まで辿り着く。そこら中の壁が大きく破損している。

 

 ……いやぁ悲惨な光景だなぁ。


 見たところ、近衛騎士団の若手・中堅どころ? らしき騎士達が、呻き声をあげつつ壁沿いに倒れ、多くが武具まで砕かれている

 立っているのはもう数える程――あ、薙ぎ払われた。

 次々と壁に激突。苦鳴の再生産。

 ……王都で売ってる、ボードゲームだったら全滅、で終了だね。


「終わったわよ? 大口叩いた割には全く手応えがなかったんだけど、これで本当に近衛なの? こんな奴等が――」

 

 視線に気づいたのだろう。そう冷たい声で言いながらゆっくりと


 ――が振り向いた。


 間髪入れず、火焔鳥が飛んでくる。リチャードの口から悲鳴。

 やれやれ……。

 壁を乗り越え、腕を振り火焔鳥を四散させる――相変わらず死ねる威力。


「……だから、いきなり火焔鳥はどうかと思う」

「な、なんであんたが此処に――愚兄っっ!!」

「ふふ……生き残る為ならば最善を尽くす、それが僕、リチャード・リンスターの生き方だからねっ!」


 それを後方へ逃げつつ言わなければ賛同するんですが。

 リディヤに向き直る。


「何があったのさ? 晴れの日に殺伐としてまぁ……」 

「う、うるさいわねっ! その……色々よ」

「そういえば魔法の跡が……なるほど――リチャード」

「何だいっ?」


 十分に距離を取った副団長様が叫び返してくる。

 ……いっそ、清々しいな、あそこまでやると。


「誰かが――を持ちかけましたね?」

「その通りだよっ! しかも、その新米君達はあろうことか君の悪口を――」

「……それ以上言ったら明日の朝日は拝めないと思いなさい?」

「僕は何も知らないっ!」

「――リディヤ」

「な、何よ?」

「ありがとう」

「べ、別にあんたの為じゃ……」


 真っ赤になって俯いてる。こういう時はきちんと可愛いのだけれど。

 それにしても……リディヤ相手に剣限定で勝負を挑むとは……。

 火焔鳥は確かに強力な魔法――だけど、我が腐れ縁の異名は『剣姫』。

 魔法よりも弱いと思う方がどうかしている。


「さ、帰るよ。十分、暴れたろ?」

「……やだ」

「やだって」

「全然、暴れ足りない。だから」


 今日、何度目かの嫌な予感。しかも特大の。

 リディヤがを投げてきた。

 受け取り、嘆息。

 この後に言われる台詞は容易に予想出来る。

 死神の笑みってこんな感じかな……。



「――あんたが偶には付き合いなさい」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る