第20話 現状把握

 アレンを生贄――可愛い妹へプレゼントした僕は満足感に溢れていた。


「我ながら良い事をしたね」

「リチャード兄様……どうして、何時もそうなんですか……取り合えず座って下さい」

「リチャード様、失礼ですが擁護も難しゅうございます。奥様が知られたら……」

 

 リィネとアンナが冷たい視線を向けてくる。

 そ、そんな目で見ることないじゃないか。

 相手はあの『剣姫』なんだよ? 僕じゃ相手にもならない。

 我が妹ながら、あの子は本当に凄いんだからね。

 椅子へ座ろうとする――リィネどうして、首を振ってるんだい?


「誰が椅子に座っていい、と言いましたか? そこに正座してください」

「リ、リィネ……ぼ、僕にも立場ってものがね……」

「正座して下さい」

「い、いや、だからね……」

「正座」

「……はい」


 くっ――いつの間にか、リィネまで、リディヤのようになっているなんて……時の流れは残酷だね。

 ああ、カレン――そんな蔑んだ目で見ないでおくれ。

 これはやむにやまれぬ緊急措置。そう、自分の命を守る為に行った正当な行為なんだよ!

 今、目の前で繰り広げられてる光景を見れば容易に分かるだろう?

 彼でも無傷は難しいだろうけど、僕よりは数等マシな筈さ。


「……リチャードさん、うちの兄を勝手にリディヤさんへ渡さないで下さいますか? 渡すなら事前に私へ許可を取って下さい。しかも――今日は、折角あんなカッコいい恰好なのに……崩れちゃうじゃないですかっ!」

「そうです! アレン兄様が着飾って下さることなんか滅多にないんですよっ! その貴重な機会を――この間から我が儘を言ったせいで、きっと当分は着て下さらないのにっ!」

「えっーと……そっちの心配なのかい?」


 どうやら、僕の感覚と彼女達のそれは違うらしい。

 ……普通はアレンが怪我をしないかの心配をすると思うけど?


「? 何を言ってるんですか。リチャード兄様は余り見てないかもしれませんけど、リディヤ姉様がアレン兄様に人前でのは日常茶飯事です。今回は照れ隠しみたいですけど」

「いっそ、一度くらい怪我でもしてくれれば兄さんもあの人に愛想を尽かすのに……まぁあり得ないですけどね。ほら、見てください」


 そう、カレンが指差したのは――無数の基本攻撃魔法(と、言っても見る限り全属性が展開されているように見えるけど……)を掻い潜り、アレンへ肉薄するリディヤの姿。

 数合、切り結び、再度基本攻撃魔法を展開――距離を取る。

 いや、うん。切り結んでいる事自体が凄いんだけどね。うちの若手は全員、剣を合わせることすら出来なかったから。

 ……あんなに剣も使えたのか。魔法だけかと思っていたよ。 

 見ているとアレンは一定距離を保つと同時に、攻撃方向を限定しようと腐心しているようだ。

 そういえば……何故、リディヤは火焔鳥を使っていないんだろう?


「リディヤさんは身体強化魔法のみで攻撃魔法禁止。兄さんは初歩攻撃魔法のみ、という条件なんですよ――その意味、分かりますか?」

「……あれは二人にとってあくまで意思疎通の手段なのかな?」

「そうです。本気じゃないんですよ、二人とも」

「多分ですけど――アレン兄様はリディヤ姉様をつもりだと思います。実際、終わるとご機嫌ですし」

「リィネ、それ正解。まったく! 兄さんはちょっとリディヤさんに甘過ぎるのよ。その分、私やリィネに回してくれても良いと思わない?」

「……黙秘権を行使します。アレン兄様には十二分に優しくしてもらっていますから」

「ふ~ん。ま、いいわ。そういう事にしといてあげる。それで――そこの三人、いい加減、座ったら?」

 

 カレンが、椅子にもかけず修練場を見ているティナ嬢、エリー嬢、ステラ嬢に声をかける。三人とも眼前の光景が信じられないみたいだ。

 そう! この子達の反応が普通なんだよ。

 平然としているリィネ、カレン、アンナがおかし――いえ、何でもありません。

 ティナ嬢がこちらを振り向き、声を絞り出す。


「……質問して良いですか?」

「何かしら?」

「アレン先生は――どこまで凄いんですか?」

「さぁ? 兄さんの本気なんて私も見た事はないし、リィネは?」

「私もです。多分、知ってるのはリディヤ姉様か母様だけでは? アンナ、貴女は?」

「そうでございますねぇ――少なくとも戦場で遭遇したら私は逃げます」


 ……僕はアレンを恐ろしく過小評価していたのかもしれない。

 確かにリディヤは彼を気に入っているし、様々な噂を耳にもした。

 ただ――その多くは我が妹を中心にして語られているもの。彼を正当に評価しているものは少ない。

 見知っている僕ですら、今の今までそうだったのだから、知らない人なら尚更だろう。

 衝撃を受けている彼女達へカレンが試すように告げる。


「怖気づいた? まだ引き返せるわよ? むしろ、そうしてくれると嬉しいんだけど」

「だ、誰がっ!」

「そ、そうですっ!」

「ステラも――あの二人が、『剣姫』と『剣姫の頭脳』よ。教えなかったのは謝るわ。だけど理由も分かるでしょ?」

「……ええ。私がショックを受けると思ったのね」

「そ。あの二人に本気で近付きたいなら――憧れてるだけじゃ足りないのよ、絶望的にね」


 何やら、色々な事情が交錯しているらしい。

 今回の一件で、それぞれの立ち位置を確認出来た、ってところかな?

 アレンも大変だね。


 ……ところで、足が痺れてきたんだけどそろそろ許してくれないかい?

 駄目? 

 ハイ、分かりました。御嬢様方の仰せのままに。

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