第30話 ペンと紙。時折、金貨
皆さん、御機嫌よう。リンスター家メイド隊第四席にして、『フェリシア御嬢様を応援する会』会長のエマです。
今、私は南都、リンスター公爵家の御屋敷に設けられた大会議室――総動員令の為、領内及び公爵家に列なる各貴族達も含めた、後方兵站業務を行っています。
侯国連合の身の程知らず共と開戦して、早五日目。
現在までの戦況は、当然のことですが、我が方圧倒的優勢で推移しています。
公爵家に遅れながらも続々と動員されつつある二侯爵、四伯爵家の軍の過半は侯国連合方面にではなく、王都方面へ進出を果たしつつある程です。
そして……それらの兵站業務を一手に担う私達は――絶賛、修羅場中。
「列車の混乱は解消されたの!? 生鮮品が駅で腐るわっ!! そんなことになったら、リンスターの名に傷がつくっ!!」
「各家から『是非とも、前線へ!』という懇願が山程来てるぞ。どうにかしてくれっ!!」
「グリフォン便と飛竜便の増便、急いで!」
「いい? たとえ、最前線であっても、三食、温かい食事を食べさせて、三日毎の入浴は死守よ、死守!! ……ハワード家は三食におやつと夜食。それに戦闘前なら、一日毎の入浴なのだから。私達にも出来る。必ず、出来るっ!!!」
……素晴らしいですね。
仕事をしている感じがいたします。
ですが――想定より遥かに、円滑に運用されています。
何しろこの場には――大きな椅子に座り、執務机上の書類を次々と裁かれている眼鏡少女が、私を見て小首を傾げられました。所々、髪の毛が跳ねています。
はぁ……なんて愛らしい……。
「エマさん? 私の顔についてますか??」
「何でもございません! フェリシア御嬢様、御報告です」
「??? あ、は~い」
きょとん、とされながらも、その間、手は全く止まらず。
……今一度、五日目なのです。
今晩は、必ず入浴していただき、ベッドで寝ていただかなくては。乙女としての危機!
きっと、イヤイヤ、されるとは思いますが……ふっふっふっ……私には秘策がございますれば!
素知らぬ顔で報告します。
「二侯国周辺一帯の小麦買占めは終了しました。後は連合東北部の大商人が抱え込んでいる在庫分のみかと。その一部もロミー様が焼かれたそうです。水都と連合東南部は目立った動きを未だ見せていません。ですが、現在、連合内の小麦相場の値段は天井を突破しています。如何されますか?」
「勿論――売ります」
フェリシア御嬢様が手を止められ、きっぱり、と宣言されました。
その凛々しき御姿に、室内にいる同志達が笑みを浮かべます。
リディヤ御嬢様、リィネ御嬢様に対する敬慕と崇敬の念は、一切っ! 変わっておりません。
ですが、ですが、強大を通り越す相手に挑む、御嬢様の御姿を見て、私は、私達は……そこの男性主計士官様、何を見ているのですか? さっさと、手を動かしてください!
まったく。フェリシア御嬢様にお声をかけたいのなら、最低でもアレン様と同等の仕事をしていただかなれば。
満面の笑みで、御嬢様へ敬礼します。
「分かりました! 高値にて」
「いいえ……標準値よりも安値で売りましょう」
「!? フ、フェリシア御嬢様??」
「ただし」
眼鏡を指で少し動かし、私に向かって微笑みかけられました。
……悪い顔です。とてもとても悪い顔です。いけません、鼻血が出そうです。
「値段に差をつけます。ベイゼル侯国にはアトラス侯国より少し安く。そして市場ではなく、前線近くで現物を売ります。掛けではなく、現金決済のみ。勿論、市民の方だけです。その際……大商人の方々の名前が漏れるかもしれませんね」
「! なるほど……そうなれば、連合内部の小麦相場は荒れ、抱えこんでいる大商人は悲鳴をあげ、軍にも動揺が広がり、更には、二侯国間にも不信を惹起いたしましょう」
「――ふむ、面白いねぇ。フォス嬢、後学の為、教えてくれないかな? 此度の戦役、落とし処は如何に?」
隣で、これまた凄まじい速度で書類を決裁されている、先代公爵であられる、リーン様が質問を投げかけられした。
「え、あ、あの……私なんかが出過ぎたことは……」
「君はアレン君が認めた、と聞いている。ならば、その意見は『剣姫の頭脳』が言っているに等しいよ」
「そんな……私なんか……。ベイゼル侯国へ、海に面した三都市を要求します」
御嬢様が立ち上がり、張り出されている戦況図の前まで歩いて行かれ、侯国の交易・軍港・造船、の主要三都市を指で叩かれました。それぞれ、リンスター国境と接している港湾都市です。
これらの三都市を喪った場合、ベイゼル侯国は大きな港湾を喪います。実質的に交易国家としては、死んだも同然となるでしょう。
「アトラス侯国には?」
「――何も要求しません」
「ほぉぉぉ。なるほど、なるほど。水都と他の侯国は、どうするのかね? 我等は勝っている。リサとリディヤは気落ちしていたが……賠償金も取れるだろうし、本腰を入れれば、幾つか侯国を併合も出来ると思うのだが」
「一点だけ、でいいと思います」
「ふむ。それは何かな?」
リアム様とリサ様はこの度、フェリシア御嬢様にアレン様と同じ権限『リンスターの屋台骨が傾かない程度の金貨は使っていい』を付与されています。
小麦の買い占め策もその一環であり、事前の予算内にぴたりと納まっているのですが……安値で売ってしまえば、当家の持ち出しとなってしまいます。
無論! 戦況に与える影響を鑑みれば、十分過ぎる成果なのは言うまでもありません。戦争とは、お金がかかるものなのですから。
フェリシア御嬢様は、あっさりと答えられました。
「ベイゼル侯国内での、グリフォン便及び飛竜便の使用許可です。連合内では、未だ空路の活用は進んでいないので」
「…………なるほど。ふふ……ふふふ……。皆、彼女の名前を憶えておきたまえ! フェリシア・フォス嬢だ。何れ、大陸中の者が知るようになるだろう」
「え、あ、あの? 先代、様?」
何時の間にか、大会議室内の誰しもが手を止め、フェリシア御嬢様と大旦那様の会話に耳をすませていました。
挙動不審な御嬢様、最高です! 御褒美、ありがとうございます。……む、ふらつかれています。
瞬時に私を含め、メイド数名で捕獲します。
「エ、エマさん?」
「駄目でございます。後は私共にお任せを。フェリシア御嬢様は、まずお風呂へ。その後、朝までお休みください」
「ま、まだ、仕事が残って」
「…………アレン様が悲しまれますね」
「! そ、そんな、こと」
「『……フェリシア』と名前を呼ばれて、顔を伏せられる姿、ありありと! その後、私共がお説教されるのです。アレン様のお説教は…………フェリシア御嬢様は、私共がお嫌いなのですね」
「うぅぅ……分かりました……」
効果覿面! 同志達と目配せ。
……共闘はここまでです。誰が、フェリシア御嬢様と一緒にお風呂へ入るかを決めなくてはなりません! 負けられない戦いです!!
大旦那様が苦笑された後、嘆息されます。
「……フォス嬢は、彼が無事である、と信じてるのだね?」
「あの御方は、とっても意地悪な方です。けれど――」
フェリシア御嬢様は柔らかい笑みを浮かべられたまま、口を閉じられました。そこにあるのは確信。
……この御嬢様は、とても強い御方なのです。
大旦那様もまた微笑まれました。
「見事……彼が見込んだだけのことはある。我が妻も今頃、君が言ってくれた内容に少しばかり色をつけて、話していることだろう――水都でね」
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