第42話 王都攻防戦 上

「報告! 王都北方にハワード公爵及び幕下の軍勢を確認!! 公爵旗があることから、ワルター・ハワード公、本人が着陣している模様!!! 映像宝珠となります。失礼っ!」

「報告! 王都南方にリンスター公爵及び幕下の軍勢を確認!! 公爵旗及び、リンスター庶系五家の旗も確認!!! グリフォン多数を有し、これ以上の空中偵察は困難です。映像宝珠はこちらに。失礼っ!」

「報告! 東都の情勢、未だ不明っ!! 未明より、通信が途切れたままとなっていますっ!!! 増援情報はありません。グレッグ公子殿下宛の私信もなしであります。失礼っ!」


 次々と伝令が作戦会議室に駆け込み、情報を――信じ難い情報を持ってくる。否定しようにも映像宝珠は、ハワード、リンスターの旗と軍勢を映し出している。……奴等は実際に存在しているのだ。

 当番兵が私の焦燥とは裏腹に、次々と王都周辺地図に駒を置いていく。


 ――北にハワード。しかも、幕下の貴族達の旗も多数翻っている。我等の誘いに返事すらしなかったというのに!  

 ――南にリンスター。庶系である五家全て動員してくるとは……ま、まるで、魔王戦争と同じ動員体制ではないかっ!


 身体が、わなわな、と震える。

 何故だ。どうして、奴等が動ける。いや……動くにしても早過ぎる。帝国と侯国連合は何をしているのだっ!!

 地図を眺め、打開策を講じる。

 兵力的にはまだ我等が優越している。この兵力差を活かし……突然、息を切らした伝令が作戦会議室に飛び込んできた。

 ただならぬ様子に、司令部に詰めている貴族達が視線を向けた。

 

「ほ、ほ、報告っ!!! 報告っ!!!!」

「五月蠅いっ! 聞こえている!! 言え!」


 思わず怒鳴りつける。

 こういう時こそ、冷静にならなければならない。うむ、そうだ。こういう局面でも、冷静になれる私がいれば、この難局であっても乗り越え


「おおおお、王都西方に――ルルルル、ルブフェーラ公爵軍の存在を確認っ!!!!!!!」


 ――作戦会議室が静まり返った。

 直後、大混乱が惹起される。「馬鹿なっ!?」「西方国境をがら空きにした、というのかっ!!?」「ルブフェーラは、血河ほとりの要塞攻略部隊を持っているぞ」「お、王都に城壁などないっ! 王宮に籠っても、き、巨人相手では……」「リンスターのグリフォンだけでも厄介なのに、飛竜が加われば」統制も何もあったものではない。

 思いっきり、机を叩きつける。


「し、鎮まれっ!!! ま、まだ、その情報が正しいかは分からぬっ!!! 今は、我等が冷静にならなければ」

「映像宝珠です!」

『っぐっ!!!』


 伝令が差しだしてきた映像宝珠を、皆が食い入るように見つめる。

 そこに映し出されたのは――巨人の重鋼兵。エルフの長弓騎兵。ドワーフの爆破工兵。そして、鳥人の飛竜騎士団。はためく公爵旗。

 作戦会議室内が、字義通り凍り付く。


『西方、ルブフェーラ公爵家は絶対に動かない』


 今回の義挙において、最も確実であると考えられていた前提そのものの崩壊。

 親指の爪を思い切り噛む。血が滲んでも噛み続ける。

 普段は傍にいるレーモンは防御態勢の督戦に出向いており、奴が推薦したフォスという商人の姿もない。

 ふん……奴が使え、というから使ってみれば、まるで仕事が出来ぬ男であったな。兵站物資は半分以下しか集まらず、多少、状況が改善したに過ぎなかった。

 貴族の一人がおずおず、と尋ねてきた。


「で、殿下……い、如何いたしましょうか? 兵力的には未だ、優勢ですが、さ、三公爵殿下までもが相手となりますと……か、勝ち目が……」 

「馬鹿なことを言うなっ! 我等は勝たねばならないっ!! 既に、行動を起こしているのだ。勝たねば、勝たねばならないのだっ。……負ければ、我等は全てを」


 轟音。照明が揺れ、一瞬消えた。

 貴族達がざわつき、不安そうに見渡す。

 再度、凄まじい轟音。……先程よりも近い。

 再び、伝令が駆けこんで来た。口を開く前に、怒鳴る。


「今の音は何だっ!」

「おおおおおおお逃げ、お逃げ、くださいっ! 我等では……我等では止められませぬっ!!!!」

「? 何を言っているのだ?? 情報は、正確に、かつ冷静に報告せよっ!」


 叱りつける。

 まったく、困った輩――三度、轟音。何かが吹き飛ばされる音。悲鳴と絶叫。恐怖しかない罵り。明らかに異常事態。

 室内にいる人間が、顔面蒼白な伝令を見る。


「司令部を狙った襲撃ですっ!!! 現在、各部隊が応戦中でありますが……防衛は不可能かと思われますっ!!!! 急ぎ、だ、脱出をっ!!!!!」

『!?!!!』


 皆が目を見開く。

 司令部が置かれているのは王都、オルグレン邸内。

 当然、ここに到るまでには多数の部隊が多数の防衛陣地を構築しており、それを突破するのは、如何な公爵軍と言えど、容易ではない。

 一笑にふす。


「……何を言うかと思えば。大方、我等を脅す為の威力偵察であろうが? 敵の数は!」

「…………人」

「? 聞こえんぞ。はっきりと言え!」


「一人でありますっ!!!!!!!」


 今日、何度目かの沈黙が満ちる。

 ――直後、安堵の笑いが巻き起こった。

 安心が満ちていく。


「一人? 一人に何をそこまで慌てている! 誰だか知らぬが、無謀な攻撃には報いを受けさせよっ!! それとも、オルグレンの騎士たる者達が、その一人に敵わぬとでも」


 大音響。何かが砕ける音。怯えと畏怖混じりの叫び声。明らかに――屋敷内に侵入されている。

 蒼褪めた貴族達が、次々と自らの剣や杖に手をかけた。私も立てかけてある、斧槍に手を伸ばす。

 ――はっきりと分かる。

 大気を震わせ、肌を焼く炎の魔力。何かが、何かがこちらへやって来る。重厚な扉が、音もなく斬られた。


「ひっ!」


 傍にいた貴族が悲鳴をあげ、腰を抜かす。惰弱な徒めっ!!

 扉が倒れていき、部屋に――美しい少女が入って来た。

 短い紅髪。服装は漆黒のドレス。右手には深紅の炎が揺らめく幅広の剣。

 室内を見渡し、小首を傾げた。


「……ねぇ、あいつを何処にやったのか、しってるのはだーれ?」 

「久しいな、リディヤ・リンスター……! あえて、聞く。何しにここまで来たのだ? よもや、私の首を取りに」

「あいつをどこにやったの?」

「……あいつ、だと? 誰のことを――そうか。あいつか。あの『獣擬き』のことだなっ! はっはっはっ。あいつならば、今頃、我が弟によって、実験」


 ――瞬間だった。

 室内にいる人間、全員が床に叩きつけられ、壁、天井、家具類全てが炎に包まれた。身体中に激痛と肉が焦げる臭い。

 誰かが絶叫を発している。……いや、これは私、だ。


「っがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「…………どこにつれて行ったの? すぐに、すぐに、すぐに、いえ」

「ひぃぃぃぃ!!!!!」


 少女が髪を掴んで、私を覗き込んできた。

 その瞳は――……虚無。こちらに対して、一切の興味なく、あるのは情報の問いかけのみ。


「目標、『剣姫』!!!! 放てぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 扉方向から、怒号と共に大盾を構え長槍が突き出され、雷魔法が連射される。

 オルグレン公爵親衛騎士団! 

 襲撃の情報を受け、駆け付けて来たのだろう。

 無数の炎羽が舞い、多数の雷魔法をあっさりと防いだ。

 少女は扉方向へ視線を向ける。

 

「…………あまり、しすぎると、あいつが怒る。イヤ。でも」


 背中から炎の六翼が生じ、魔力は更に強大化。

 ――その炎は、紅から、黒く黒く染まっていく

 少女の形をした者が、漆黒の魔剣を騎士団へ突き付ける。 



「わたしはあいつを迎えにいく。邪魔を――するなっ!!!!!!!!!!!」

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