第23話 本気
『狼族? 人にしか見えぬが……まぁ良い。姿形なぞ、この世においては夢幻に過ぎぬからの。だが、そこの小娘の首を取るには、汝を先に討たねばならぬようだな。さぁ、我を楽しませてみせよっ 小僧!!!!!』
僕の前に立つ、異国の剣持つ男――魔力からして【堕神】は猛りながら、犬歯を剥き出しにして笑った。困ったことに、先程よりも強い。
腕の中で固まっている年上メイドさんをちらり。
長くて綺麗な紅髪はくすみ、先端は灰色に染まってしまっている。昔、二人して南都を冒険した際に贈った花飾りもない。
「リリーさん、大丈夫ですか?」
「………………」
「リリーさん?」
普段、快活なリンスター公爵家メイド隊第三席さんから返答はなく、ぽ~と僕の顔を見つめている。
後方にいたリディヤが前へと進み出て、魔剣『篝狐』を構え、僕をギロリ。長く美しい紅髪が靡く。
「……とっとと離れなさい。此処は戦場よ」
「いや、でもさ」
「そうですっ! リリーさんだけズルい――……こほん。今は、目の前の相手に集中すべきだと思いますっ!!」
感情に呼応して舞う氷華と長く伸びた薄蒼髪を煌めかせ、ティナまで僕を責めて来る。……二人共、随分と余裕だな。一応相手は【堕神】なんだけど。
僕は片目を瞑り――
「アンコさん、アーサー、学校長」
「ん」「応っ!」「人使いが荒いぞっ!」
『ぬっ!』
頼りになる御三方の名前を呼んだ。
すぐさま、学校長の戦術転移魔法が発動。
アンコさんとアーサーの姿が掻き消え、【堕神】を挟むように遷移した。
さしもの怪物も防御を選択し、後退していく。
「アンナさん、今の内にリリーさんを」
「はい~」
「ア、アレンさん、あの…………あぅ」
我に返ったリリーさんがたちまち悲痛な顔になり、何かを言おうとしたので、額を軽く指で打つ。
至近距離から涙が溢れそうな瞳を望み込み、微笑む。
「お説教は後にします。――無事で本当に良かったです」
「…………はぃ。ごめんなさい…………」
力なく返事をし、年上メイドさんは僕の腕の中で身体を震わせた。
同時に手にしている見たことがない魔剣も、灰炎を散らす。……ふむ?
アンナさんへリリーさんを預け、右手を伸ばす。
「? アレンさん??」
「この魔剣、お借りします。少しだけ申し訳なさそうにしているようですし、リリーさんの代わり、ということで」
「な、なら、私が――」
「駄目です」「駄目ね」「駄目ですっ!」
「リリー御嬢様は退場でございます~★」
「!? ア、アンナ!?!!」
僕、リディヤ、ティナから駄目だしを受けると同時に、アンナさんがリリーさんを所謂お姫様抱っこした。
地面に突き刺さった魔剣の柄を手にし、僕は前方をみやる。アンコさんとアーサーが【堕神】と激しく交戦中だが……
『ふっはっはっはっ! どうした、どうしたっ! その程度かっ!!!!!』
「…………」「ちっ! 剣の軌道が読めぬっ!!」
時間が経つにつれ、明らかに身体の動きが向上している。どういう原理かは不明だだけれど、身体が馴れてきた、ということなのだろう。
アンナさんにがっちりと抱えられているリリーさんの頭をぽん。たちまち、動きが停止した。
「此処から先は僕達が。魔剣の銘、教えてもらえますか?」
「……『
「ありがとうございます。アンナさん!」
「お任せください♪ アレン様、リディヤ御嬢様、ティナ御嬢様、御武運を!」
「アレンさん! どうか、どうか――」
気を付けてくださいっ!
頬を真っ赤にしたリリーさんの声が耳朶を打つと、途端にリディヤとティナが距離を詰めて来た。
「……ねぇ」「……先生はリリーさんに甘いと思います」
「そんなことはないと思うよ? ですよね? 教授」
「……アレン、火種を拡散しようとするのは君の悪い癖だと、僕は思うんだ」
アンナさんと入れ替わりで、やや疲れた様子の教授が僕達の傍へ。
前方の戦闘はますます激しさを増し、地形すらも変わっていく。
『灰桜』を地面から抜き、リディヤとティナを視線で宥めながら――恩師と端的に状況認識を共有する。
「相手は何者ですか?」
「遥か昔、極東に覇を唱えた秋津洲皇国。そこを征した『侍』の始祖の一人だ」
「剣技の冴えはリサ様級と見て?」
「間違いない。あれでも『起きていない』」
「……なるほど」
アーサーの眼にも止まらぬ連続斬撃と、至近距離からの七属性攻撃魔法乱れ射ちが、長剣によって易々と防がれる。
死角から襲い掛かるアンコさんの魔弾も氷棘で受け止められた。
「アンコさんは、全力を発揮出来ないんですよね?」
「無理だな。人型になっているのだって、君絡みだからだよ」
「光栄ですね」
【堕神】の一撃を双魔短銃で巧みに受け流し、反撃の魔弾を放つ猫耳幼女の勇姿を見つめ、僕は頷いた。アンコさんには出会った以来、お世話になりっぱなしだ。
魔剣の柄を握り締めると、灰炎が散った。
目を細めて前方を見つめ、教授と最終確認。
「取りあえず――あの【堕神】を討ち、【扉】を閉めないといけません。聖霊教の目論見は分かりませんが、あんな存在達がぞろぞろと出て来られたら一大事です」
「そうだね。準備も完了しているんだろう? 方法は任せるよ。『剣姫の頭脳』の本気、偶には僕にも見せておくれ」
「僕は何時だって本気ですよ。王都へ帰ったら、研究室での査問会、開催しますか?」
「君は原告側じゃなく、被告側だと思うがね。リディヤ嬢、ティナ嬢、そう思わないかい?」
「同意するわ」「同意しますっ!」
教授の問いかけに、不機嫌そうなリディヤとティナは即座に同意した。
恩師は満足そうに頷き――消えた。
そして、アーサーに猛攻を仕掛けていた【堕神】の後上方に転移し、容赦なく蹴りつける。
『!』
咄嗟に防御した異国の剣士が、驚きながら吹き飛ばされ、そこへアンコさんの魔弾が殺到する。見事な連携だ。
僕は恩師達の動きに舌を巻きながら『灰桜』の剣身に触れた。
……査問会を開かれるようなこと、していないと思うんだけけどなぁ。
釈然としないものを感じながら、左手の魔杖『銀華』で地面を打つ。
途端――組み続けていた魔法が顕現していく。
戦後は僕を詰問するらしい、二人の公女殿下へ指示する。
「リディヤ、ティナ、とっとと終わらせよう。正直言って、この魔法は僕の手に余るんだ。魔剣も力を貸してくれるみたいだしね」
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