第24話 【神氷】
二人へそう声をかけると、僕は魔杖『銀華』を前方へ翳した。
「片を付けるのは同意するけど……小っちゃいのとリリーから借りた『灰桜』はいらないわ。あんたの隣に私がいるのよ?」
不敵な笑みの中に、微かな拗ねを滲ませながらリディヤは魔剣『篝狐』を魔杖に重ねた。右手の甲の紋章が同意するかのように瞬き、炎羽が渦を巻く。
「なっ!? こ、この期に及んで、ま、まだ、そんなことを言うんですかっ!? せ、背が低いのは今だけ、今だけですっ!! この髪みたいに、すぐ、伸びてリディヤさんを追い抜きますからっ!!!」
ティナは長い薄蒼髪を浮かび上がらせながらも、長杖を僕達の杖と剣に重ね合わせた。右手の甲の紋章が猛り、清冽な氷華が炎羽に対抗する。
『アトラも頑張る~♪』
僕の胸の中で幼狐がはしゃぎ、荒野全体に紫電を走らせた。
教授、アンコさん、アーサーを相手にしている【堕神】が目を細める。
『ほぉ……中々に面白い真似をしおる。稚拙とはいえ、【始原の
「させると思うかい?」
教授が広大な空間に展開させた十数の小さな黒匣が、一瞬で圧縮。
躱しそこなった【堕神】の左足を抉り取り、体勢を無理矢理崩す。
「武人としては、万全な汝と戦ってみたかったが――そうも言ってられぬのでなっ!!!!!」
『ちっ!』
双剣を振りかざし、突撃したアーサーに対し、足を氷棘で再生させた恐るべき剣士は、舌打ちしながら片刃の長剣を横薙ぎ!
今までなら、躱す他はなかった攻撃だが――
「甘いっ!」
『!?』
アーサーは真正面からそれを斬り払うと、至近距離まで接近した。
双剣が虹彩を発し、鳴動する。七発の極致魔法に匹敵する魔力を、一点に集めて!?
ララノアの英雄が獅子吼。
「我が奥義っ! 『七天』――受けてみるがいいっ!!!!!」
『おのれっ、小僧っ!!!!!』
虚をつかれた【堕神】も長剣の刃を返し、迎撃する。
大気が歪み――二人を中心として巨大な竜巻が発生していく。
咄嗟に魔法障壁を張ろうとするも、
「今の内に準備」
双魔短銃を十字に構え、白服姿の猫耳幼女が僕達の前へ。
周囲一帯を容赦なく粉砕していく暴風から、守ってくれる。
僕は何時ものように御礼を言っておく。
「ありがとうございます、アンコさん」
「気にしないでいい。帰り次第、王都の美味しい店、その全面改訂版を作成してもらう。最優先作業。異論反論は認めないし、弁護権も裁判を受ける権利も与えない」
「……り、了解です」
淡々ととんでもない対価を要求され、慄く。
ぜ、全面改訂版だって……?
研究室の子達を総動員して、後はフェリシアの力も借りないと、とてもじゃないが年内には終わらなさそうだ。
かと言って、激戦の最中だというのに、一切動じず黒い尻尾を揺らしているアンコさんに逆らうつもりはない。今まで何度も助けてもらっているのだから……。
『♪』
心中のアトラが歌い始め――獣耳と尻尾が再び現れる感覚。
途端、リディヤとティナの表情が緩み、リリーさんを連れて結界内に退避したメイド長さんへ、ほぼ同時に視線を向け叫んだ
「アンナ!」「アンナさん!」
「万事、お任せ下さいませ!」
ジタバタしている公女殿下の頭を、無理矢理膝上に乗せたメイド長さんは、すかさず応じ、その手には映像宝珠。
……余裕があることを称賛すべきか。
結界を維持しながら、物欲しそうにしている王女殿下を怒るべきなのか。
ちらちら、と僕を見ながら『とっとと片付けよっ!』と目で要求してきている学校長に諸々を押し付けるべきか。人生は何時何時だって、驚きに満ちている。
「なに――それだけ、君が信頼されている、ということさ。【堕神】の討伐記録を残すのも極めて有意義だ。未だに『一般人』『家庭教師』と名乗る、何処かの誰かさんを引き上げる為には、ね?」
「…………教授」
アンコさんの後方に降り立った恩師が、心底楽しそうにからかってきた。
前方では虹彩と漆黒の氷風とがぶつかり合っている。
働き者な使い魔様が、教授をギロリ。
「仕事しろ」
「しているだろう? 僕がこんなに仕事するなんて、滅多ないことだよ」
「…………はぁ。育て方を誤った。アレンの気持ちが理解出来る」
「光栄です」
嘆息したアンコさんに応じると、炎羽の勢いが強まる。
魔力の繋がりを限界まで深くしている為、容易に感情が伝わってくる。
『あんたが私を育てた? 違うでしょう? 私が、あんたを育てたのっ! 解った? 解ったら、返事っ!!』
『リディヤさん! 今は魔法に集中してくださいっ!! ……あと、私は先生に育てられたいなぁ、って……』
『♪』『アレン! リア、頑張る☆』
『――……私が一番、頑張る』
リディヤ、ティナだけでなく、大精霊達も思い思いに語り、軍用戦略魔法すらも遥かに凌ぐ大規模魔法を展開させていく。
……うん。やっぱり、魔力を深く繋ぐのは今後封印しよう。精神衛生上、非常によろしくない。
これで、リリーさんやシェリルとも繋ぎっぱなしだったら、大変だった。
僕が決意を固めていると、竜巻が少しずつ少しずつ、小さくなり――氷風がその勢いを増し始めた。全身から血を吹き出しているアーサーが見えた。
「アンコさん!」「教授!」「学校長!」
「――ん」「人使いが荒いね」「任せよ!」
双魔短銃から閃光。
愉悦の表情を浮かべた【堕神】の頭部を強襲した。
『ぬっ!?』
「アーサー!」「応っ!」
咄嗟の迎撃。
僕が名前を呼ぶと、ララノアの英雄は分かっていたかのように、出現した黒匣を蹴り後方へと大きく退いた。
直後――【堕神】の四肢と長剣に風の鎖が幾重にも絡まり、動きを阻害する。
僕はリディヤとティナと視線を合わせ、頷き合った。これが最後。
『灰桜』を握り――そっと魔杖へと降ろし、『氷鶴』が教えてくれた魔法の名前を呟く。
「――【
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