第22話 名乗り
そう叫びながら、ゾイさんは【堕神】へ一直線に急降下した。
大剣の切っ先が渦を巻き、形を変えていく。
あれは……
「狼?」
「アーサー殿!」「うむっ!」
教授の呼びかけを受け、ララノアの英雄は急速後退。
アンナも『絃』で氷棘の波を両断し、退避していく。
唯一人、双魔短銃を手にしている猫耳幼女だけはその場で目を細め、天に浮かぶ魔法陣を見つめている。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『ぬぅぅぅぅっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
【堕神】が迎撃で放った氷棘の波を貫き、ゾイさんが突貫。
巨大な『狼』が口を大きく開け、噛み砕かん! と鋭い魔法の牙を突きつける。
対して、片刃の長剣でそれを真正面から受け止めた古の英雄はますます笑みを深めていく。
『先程の小娘や剣士といい、見事っ!!!!! 察するに、貴様等は遥か先の時代の者達であろうに、よくぞ! ここまで! 練り上げたっ!! 褒めてやろうっ!!!』
「五月蠅いっ! 四の五の言わずにとっとと、やられてくださいっ!! そうしたら、私はアレン先輩に褒められるんですからっ!!!!!」
ゾイさんが戯言を一蹴。
ますます魔力を高め、じりじりと押していく。
援護したいし、リリーを助けたいたのだけれど……岩石すら吹き飛ばす暴風で、とてもじゃないが、近づけないっ! せめて、シフォンがいてくれたら……。
【堕神】の後退が停止した。
『――…だが、甘い!』
「ぐっ!」
漆黒の氷棘が再活性し、『狼』を押し込み始めた。
まさか……まだ、本気じゃなかったのっ!?
学校長が苦衷を滲ませる。
「……魂と義体が馴染んできたか。まずいぞ、若造! まだなのか?」
「御老体、急いては事を仕損じます。落ち着いてください」
「そのようなことを言っている場合――」
「弾かれますっ!」
飄々とした教授の口調に憤り、喰ってかかろうとした大魔法士の言葉を遮り、私は結界を強化した。
もう少しで【堕神】の身体に牙を届かせようとしていた『狼』が力尽き、ゾイさん自身の魔力も急速に小さくなっていく。
『はっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「「っ!?」」
古の英雄が叫ぶや、魔力が全方位へ放出され、ゾイさんとアーサー、そして、立っているもやっとな様子のリリーが堪え切れず吹き飛ばされた。
私達の結界も軋み、過半数が破壊。……とんでもない威力ね。
直後、結界内に「きゃっ!」ゾイさんが転がり込んで来た。学校長の転移魔法。戦場で、しかも他者に対してこの精度。神業だ
雪原に佇む【堕神】は片刃の長剣を振るい、左手を幾度か握り締め、首を回した。
『――……ふぅ。ようやく、この脆い身体にも馴染んで来た。此処から先は、我自身の剣技を見せようではないか。まずは』
『!』
左手を軽く握りしめると、雪原から多数の氷獣が顕現し始めた。既知の獣の何れにも似ておらず、背中に無数の氷棘を背負っている。
魔法生物!?
【堕神】は前髪をかき上げ――ボロボロになりながらも、立ち上がり魔剣を構えているリリーを見つめ、ニヤリ。
依然として戦闘力を保持しているアンコさん、アンナ、アーサーへ宣告した。
『小娘からだ。我を楽しめた礼として、我自らが殺してやろう。貴様等は、我が眷属達と遊んでいろ』
「…………」「……ふむ」「そのようなこと、させるものかっ!」
すぐさま距離を詰め、超高速で放たれたアーサーの一撃は数頭の氷獣によって防がれ、逆襲を喰らい、交戦状態になる。
ララノアの『七天』は、次々と氷獣を両断し、再生する前に浄化していくものの……数が多過ぎるっ!
しかも、
「ぬぅっ!」
アーサーが至近距離で発動した各属性上級魔法が乱反射されて、弾き返される。攻撃魔法が効かないっ!?
私は援護で放とうとしていた『光神槍』を慌てて中断。
「厄介でございますね」
「…………」
『絃』によって、襲い掛かってきた氷獣を再生不能まで切り刻みながら、アンナが顔を歪め、アンコさんは無言で数頭の頭を撃ち抜く。
――だが、氷獣の数は増すばかり。
リリーとの距離が離れていく。まずいっ!
【堕神】が雪原を歩き始めた。
私は振り返り、叫ぶ。
「ロッド卿! 転移魔法でリリーを」
「無理だ! 『灰桜』は動かせんっ!!」
間髪入れずの回答。
私は唇を噛み締め、考える。どうすれば? どうしたらいい??
その間も【堕神】は進み続けている。リリーはその場から動かず、魔剣を両手で持ち、待ち構えている。……まずい。本当にまずいっ!
私は結界をから飛び出そうとし、
「待とう、シェリル嬢」
「なっ!? 教授、何を言って」「――来られました」
取り乱す私の言葉を遮り、疲れた表情のゾイさんが天を指差した。
見つめる前に、リリーの前へと辿り着いた【堕神】の叫びが響き渡る。
『小娘っ! 名を聞いておこうっ!! 名乗るがいいっ!!!』
「…………貴方なんかに教える名前なんか持っていません。未練だが、何だか知りませんけど……私の宝物を壊しておいて、偉ぶるなっ!!!!!」
『……ふっ。よいよい。ならば』
古の剣士は長剣を頭上に掲げた。
冷たい視線が戦意を一切喪わず、自分を睨みつけているリリーへ冷たく宣告。
『死んでおけ』
長剣が真っすぐに振り下ろされ――雷が駆け抜けた。
死の一撃はリリーを捉えず、虚空を切り、快活な指示が飛ぶ。心臓が、ドクン、と高鳴る。
「アンナさん! 掃討を!!」
「了解でございますぅ~☆」
ボロボロな副公爵家令嬢を右手で抱きかかえ、雪原を閃駆したのは魔法衣姿の青年――『剣姫の頭脳』を異名を持つ、狼族のアレンだった。左手には、宝珠が明滅中の魔杖を持っている。
その間、不可視の刃の嵐が氷獣の群れをバラバラにしていく中、アレンは猫耳幼女の名前を静かに呼んだ。
「アンコさん」
「ん」
たったそれだけの意思疎通。
時空が歪み――炎羽と氷羽が舞い、魔剣と杖を持つ長い紅髪と蒼髪の少女がアレンの前へ姿を現した。リディヤとティナ!
振り落とした長剣を見つめていた【堕神】が目線を起こした。怒りで大気が震えている。
そんな怪物を気にもせず、自らの腕の中で硬直し「…………あぅ」と頬を真っ赤に染め、小さくなっているリリーへ、彼は治癒魔法を発動中。リディヤとティナがジト目を向け、アーサーが苦笑しているのが見えた。
【堕神】がアレンを睨みつけ、問う。
『…………『雷』を纏う呪い。北辺に住まう、獣人共の技か。小僧、何者かっ!』
怒りに呼応して再び氷獣が顕現していき――小さな黒匣に呑み込まれ、消える。
一切の魔力反応すら感じさせず、アーサーの近くへと移動した教授の魔法だ。
治癒魔法の発動を止め、私の王子様兼同期生兼魔法の先生は、普段通りの穏やかな口調で名乗る。
「僕の名はアレン。狼族のナタン、エリンの息子です。貴方の時代にはなかったかもしれませんが、家庭教師をしています。短い間となりますが、お見知りおきを」
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